にゃんズの母

「老猫。桐ちゃん16歳、青(せい)くん13歳」「あたし。お洒落大好きアラ還暦」「母。86歳、方言と訛り×軽度認知症」 ねこ、お洒落、母の認知症と日々のあれこれについてを綴っています。 泣いて笑って、ケンカして、人生一度きり。前向きに生きるためのブログ。

生きるということ

セミの一生、人間の一生

昨日は涼しく、とても過ごしやすかったです。
一転して今日は、予報では30度超えの暑さとな。

セミの鳴き声が、ミーンミーンから、ツクツクボーシに替わってきました。
友人の花ちゃんは、ツクツクボウシの鳴き声を聴くと、夏休みの終わりを感じたものだと言っていました。
ツクツクボウシはセミですか?
セミの世界のこと、イマイチ判らずすみません。

30代半ばの頃、八幡平市「焼け走り国際交流村」で子供会行事がありましたが、その際、セミの脱皮?羽化?を初めて目の当たりにしました。

あれは杉か松だったでしょうか?
木の種類は忘れましたが、一匹のセミの脱皮が始まり子供達含め静かに見守っていました。

時間をかけ少しづつ、普段目にする形を現し、最後にはとても綺麗な半透明ともいえる薄グリーンの羽が殻から抜け、全体像が観えた時は大人も子供も「やったー!」の大歓声。

「きれいだね~」「初めて見たわ~」

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   イメージ写真です。
   記憶の中では、羽はもっと透き通っていました。

そのセミは、後ろ脚で羽を何度か撫で、少し間をおいてすぅ~と木から離れ、青い空へと羽ばたいていきました。

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セミは土の中でとても長い時間を過ごし、地上に出てからはたったの1週間の命と教わって来ました。
その短い1週間で恋をし、自分のDNAをこの世に残し死んでいく。

でも、最近のある方の調査では、地上での一生は1週間ではなく、最長で30日以上生きたセミがいた、との結果が出たそうです。
その長く生きたセミは「ラッキー」と思ったか、それとも「大変だ」と思ったのか、人間のあたしには想像もできませんが、1週間を有意義に生きるのか、はたまた1ヶ月をのんべんだらりと生きるのか、それはそのセミ次第でということでしょうか。

人間の一生はどうなのでしょう。
亡き夫は「悔いはない。やりたいことは何でもやった」と、53歳の若さであの世とやらへ召されました。
亡き父は、79歳の誕生日に朝から夜までの1日を有意義に過ごし、あの世へと旅立ちました。

母美代さん、日に日に記憶が減衰しています。
あたしの言うことも聞いてくれません。
聞いてる・解ったと言いながら一瞬で記憶が飛びます。

その時その時が全て。
何度も繰り返し「今わがった」と言いつつ、次の瞬間には別の事をしています。
それでも、クリアな時の行動は「ホントに認知症なの?」と、思えるようなことをします。

決してのんべんだらりと生きている訳ではない。
その通りだとは思いますが、
「うん、でぎる・やる」は口だけ。
たぶん、その時はやろうと思うのでしょうけれど、
その、やろうと思った時にやらなければ忘れてしまう。

人生100年の時代で、86歳の母美代さん。
まだまだ、これからが長いです。


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お墓参りは強制されるものではなく、故人を偲ぶ心が大事なのでは?

茨城に越してきて、お盆帰省がないのは初めて。
古河で、故人を偲んでいます。

母美代さんも、
「お盆だな・・・」
と言いながら、帰省しないことを納得している様子。

TVのワイドショーでは、この時期には欠かせない特集が組まれることがあります。
夫の実家への訪問の仕方とか、正しいお墓参りの仕方とか。

お墓参りについては地方性があるので、現代お作法の先生が仰るようには、一概には言えないようにも思います。
先生が仰ることは、仏教の各宗派に対して、「これさえしていれば無礼には当たらない」という無難さのように感じました。

わが家のお墓は、生前、父が菩提寺の敷地内に購入していました。
当時、丁度墓地の売り出しのようなことがあり、末っ子で墓地を持たない父が先を考えて購入したという経緯。

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わが家は曹洞宗。
特にこの宗派に拘りがあった訳ではなく、曹洞宗の開祖が道元禅師で、座禅を主とした教えであることなども、たぶん父は知らなかったはずで、たまたま近所にお寺があり、ご近所さん皆がこのお寺を利用していた。だからこのお寺にした。こんな具合。

かく言うあたしとて、父・夫が亡くなってから曹洞宗のことについての勉強をしたのだから、偉そうなことも言えませんが。

実家のお墓参りの風習は、お盆期間中の13日~16日までの4日間は毎日お参りに行きます。
でも、それを行うのは母とあたしだけで、仕事や都合のある者は強制ではなく、家族の誰か一人が参ればよい。
そんな感じで、なぜそうなのかを母に訊いても、「ご近所皆がそうしているから」の答えで、宗派には関係がないようです。

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今年の帰省はないのですが、
実家のお墓の掃除はむすめ達が済ませてくれており、お墓参りについては、たぶん毎日行くことはないでしょう。
長女は病院勤務でお盆休みはなく、次女夫婦も義息子の実家や、毎年恒例の友人家族とのキャンプを計画しているので、迎え盆と送り盆の13日・16日にお参りしてくれればそれで良いと思っています。

あたしの妹夫婦に至っては、ここ何年もお盆帰省をすることはなく、義弟のご両親のお骨をお寺に預けたままで、お墓の建立もいつになるのやら。
義弟の親族間で、建立場所についての意見が一致しないことが理由のようですが、時に羨ましく思ってしまいます。
長男に嫁いでも、墓守することもなく、大阪で自由を謳歌している妹。
まぁ、これも一つの人生なのでしょうね。

4~5日前に父の夢を観ました。
そして今朝方は、夫の夢です。
父も夫も、帰省しないことを怒っているのでしょうか。

・・・だって、しょうがないじゃない!・・・
お仏壇に、半分キレて謝りました(笑)

来月のお彼岸には、余程の事が起きない限り帰省を予定しています。
丁度19日に、入院で延びていたデイケア・リハビリ会議がありますので、少しでも入院前の脚力に戻るメニュー作りをして頂きたいと、リハビリ担当の理学療法士にお願いしようと思っています。

あとは母美代さんのやる気次第・・・なのですが。
帰りたい気持ちは目いっぱいあるようなので、ガンバしてくれるでしょう。

皆様の中にも、諸事情でお墓参りに行けない方もいらっしゃるのではないかと思いますが、生きている者の想いが最優先されると聞いたことがあります。

手を合わせ、そっと故人を偲ぶ。
それでも良いのではないかと、あたしは思います。


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長生きが苦?長生きを望んでいる訳では・・・ない?

母美代さんには妹が3人。
2歳下の気が強いミッコさん。
12歳下のお友達?感覚のヨッコさん。
そして、末っ子16歳下のナッコさん。

一昨日の金曜日でしたか、いつものヨッコさんとの電話で、ナッコさんの話になったそうな。
ナッコさんは乳がんで、片側乳房切除の手術を受けている。
オペ後のお見舞いで、病室で会ったのが20数年前。
それ以来会っていない。

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5年生存率も乗り越え元気で暮らしているのかな・・・と、思っていたのですが、現在は丸々と太って達磨さんのような体型となっていると・・・。

ヨッコさんとナッコさんは年が近いということもあり、ナッコさん夫婦がヨッコさんの家に遊びに行くという間柄。(ヨッコさんは未亡人・免許がない)

達磨さんのような体型のナッコさんが、座っているにも関わらず体制を崩しコロン転んでしまったと。その際、ナッコさんの口から出た甘~い声、
「おとうさん、起こして~」

ナッコさんの夫も、ナッコさんに負けず劣らずの体型らしいのですが、何を言うこともなく起こしてあげたらしく、その様子を観ていたヨッコさんは、夫のいない自分の前でよくもぬけぬけと甘えられるものだと、後ろからふたりを蹴り上げたい気持ちになり、観ていてイライラしたと。(なんか解る、でも甘えられる人がいるんだからいいんじゃない!とも、思う)

叔母・ナッコさんは薬の副作用?からの肥満で普段から動くことも少なく、認知機能の低下もあるようですが、それについてを姉であるヨッコさんが「ああだこうだ「」と言うこともなく、息子がふたりいるのだから・家族の問題なのだからと、自分が口を出すことではない・・・と突き放す気持ちもあったようでした。

数か月前、ヨッコさんからの電話でナッコさんの様子がおかしい・・・と言ってきました。その内容は明らかに認知症の疑いがあり、この先どうするのかな?と思いながらもその時は聞き流していました。

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「オレよりナッコのほうがずっとわげのに、オレよりさぎに死ぬんでねがえが・・・」
(若い、死ぬんじゃないのか)

「かもしれないね・・・。あなたは100歳までは大丈夫そうだから、もしかしたら叔母さんたちの方が早いかもよ」

「やんたやんた。このままわげわがらなぐなって100まで生ぎで何になるのよ」(訳が分からなくなって)

年功序列・・・ではないけれど、年齢でいえば美代さんが先に逝く。
でも、現在(いま)の美代さんを観ていると、足腰は痛いと言いながらも自立歩行はできる。
曜日・日付感覚が薄れ、訳の分からない言い分・頓珍漢連発。それでもデイケア日を楽しみにし、食欲が衰退することもない。

70歳の叔母ナッコさん。
今度のお盆帰省の際、御機嫌伺をした方が善いのかな・・・。
子どもの頃は可愛がってもらったけれど、果たしてあたしのこと憶えているのかしら・・・。

色々なことに整理をつけなければ、そんなことを考える年齢となりました。


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弱い自分が強く生きるために・・・自分を失わないこと

ときどき思うことがある。
53歳で、あの世とやらへ旅立った夫が言っていた定年後の生活について。

元気だった頃の彼は、定年後は実家に戻り畑に寝泊まりできる小屋を建て、柵を設け犬や猫を沢山飼い野菜作りをしながら暮らすのが夢だと言っていた。

60歳で定年を迎えたとして、あたしは55歳。
ギャンブル(パチンコ)好きの彼が落ち着いてくれるのであれば、そんな生活でもいっか・・・なんて思っていた。
彼が亡くなり10年の歳月が過ぎ、あたしは今年59歳になる。

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あたしは虫が苦手。
肥沃の土を作り出すミミズに至っては大が二乗・三乗付くほど大嫌い。
何が嫌いかって、目がない口がない(ないよね?口はあるのか?)前・後ろが判らない。そしてあの微妙な動き!
そんなあたしに野菜作りができるの?

結論。
できません。
でも、夫が生きていタラ、一緒に頑張れたのかしら?
彼は、何でもそつなくこなす人だった。
ただ、長続きしないタイプで、飽きやすかった。そんな彼でも、にゃんズに対する愛情は深く、特に桐に対してはそれこそ猫可愛がり状態。

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犬や大好きな猫に囲まれた暮らしなら、畑仕事・野菜作りにも精を出していたのかしら。
夫が亡くなっていなけレバ、あたしは実家に戻り好々爺ならぬ、好々婆にでもなり、娘や孫との暮らしを、夫と共に楽しんでいたのかしら。

人生て、運命て、人が決めるものではないと思う。
自分の人生なのだから、自分で打破できるように努力は必要だと思う。
でも・・・どうしてもダメなときは、何かを参考にしたり、
誰かを頼ってもいいんじゃない?!

あたしはここ古河での暮らし・美代さんとの暮らしを選択したけど、
この先のことは判らない。

あたしの性格。
負けず嫌いなのに、変な弱さがあり、とことん落ち込む。
でも、そんな時でもしっかりと自分と向き合うこと。
それだけは忘れてはならない。

そう、思うのです。


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故人の誕生日を祝うこと・・・ありでしょうか?

5月27日
今日は、亡き夫の64歳の誕生日

2009年3月に、53歳での旅立ち。
この10年、一日たりとも忘れることはありませんでした。
「人は二度死ぬ」と言います。
一度目は命が消えたとき。
そして、二度目は生きている者たちの記憶から消えたとき。

お酒が大好きな人でした。
ときに、見ず知らずの人からの連絡で、慌てて迎えに行ったことがあり、電話ボックスの前で正体を失くし酔いつぶれている夫を発見したこともありました。
近くにいた方が、見かねて何とか電話番号を聞き出し、掛けてくれたという経緯です。

弱いのに好き。
中毒みたいなものだったのかな・・・。
でも、暴力を振るうということはなく、酔うと機嫌がよくなり生きることへの自論を展開、話疲れると「寝る」の、一言で布団に移動してました。

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53歳での死は早いのか遅いのかは、人それぞれの感じ方だと思うのですが、あたしにとっては少し早かったな・・・です。

想えば、駆け抜けていたような人生でした。
そう、「やりたいことは何でもやった。人生に悔いはない」

ここまで言い切れる人はそんなにはいないと思うのです。
もしかしたら、自分の人生を達観していたのかもしれない・・・。
今にして思えばそんな気もします。


仏壇に缶ビールを供えました。
彼はキリン派。
存命中に飲んでいたのは、専ら発泡酒。質より量の精神?

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今日はキリンの「一番搾り」でお祝いです。
生きていたなら、先の人生はどんなであったでしょうね・・・。

気を利かせて、あたしのお迎えに来るようなことはしないでね。
あたしはまだまだこの世に未練がありますから(笑)
そして、いつの日かそちらへ行ったら、あなたのいなかった人生を、あなたの分まで楽しんだことをお土産話にさせてくださいね。

64歳、おめでとう。


プロフィール
こんにちは、にゃんズの母と申します。 2001年、念願の実家脱出に成功。 2009年、最愛?の夫と死別。 以後、気ままな一人暮らし。 2017年、軽度認知症の母との生活が始まり、 介護と思しきバトルの日々でございます。 動物大好き、特に猫。 酒とお洒落を愛する、普通?の「おんな」でございます。
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