にゃんズの母

「老猫。桐ちゃん17歳、青(せい)くん14歳」「あたし。お洒落大好き還暦」「母。87歳、方言と訛り×認知症要介護1」 ねこ、お洒落、母の認知症と日々のあれこれについてを綴っています。 泣いて笑って、ケンカして、人生一度きり。前向きに生きるためのブログ。

生きるということ

お墓参りは必ず必要・・・?

あたしの住む地域は、迎え盆から送り盆までの4日間お墓参りが続く。
何故?
母美代さんに訊くと、ご近所の皆様方がそうしてきたから、自分も右習いをしてきたと。

13・14日と、行ってきたが、今日は朝から雨。
昼頃には止むのかなぁ・・・と、思いながら待っていたが、一向に止む気配がない。
ユカが言うには「今日はこれから大雨警報が出てるよ」と。

そんな感じで空を眺めていると、美代さんの携帯に着信。
いつものヨッコさんではなく、美代さんの従妹にあたるミソノさんから。

「うんうん、昨日来た。うんうんそがありがでな。うんうん来てけろや」

えっ?何・・・これから来るって言うの?
ダメでしょ。
コロナの時代で、あたしたち親子は関東から来ているのよ。
関東者がいる家にわざわざ来ないでよ・・・。

美代さんは昨日帰省したと言い、顔見せに来てくれることを有難いと言っていたが、隣の部屋で聴いていたあたしは急いで断りの電話を入れさせた。
ミソノさんも夫に注意を受けたらしく、結局は来ないことに。

そう言えば、帰省する2~3日前にヨッコさんからの電話で「帰省しても弟妹や、ミソノさんの家には行かないように」と言われていたが、そんなことはすっかり忘れていた美代さん。
歩くことがままならないので、来てくれると言われたことが、とにかく嬉しかったようだ。

コロナの怖さを理解できていない。
昨年の7月から8月にかけ市中肺炎で入院したが、そのときの記憶はあると言い、そんなに辛くはなかったと言う。
コロナで入院したら、家族との面会もできずにひたすら白い壁を眺めるだけの生活になるのだと、何度も教え聞かせてきた。
退院の3日くらい前まではベッド上安静だったけど、それも憶えていると言うのか。

昨夜、入浴をさせようとしたが寒いと言い出し、ならば今日の昼に入れようということにしていた。
美代さんをお風呂に入れ、気付くと3時を回っていた。
雨も止んでいたが、何だろう・・・気が載らない?
お墓参りの気分じゃない?
父と夫には申し訳ないが、今日は無しとさせてもらうことに。

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わが家は分家。
父は、兄姉の末っ子で、長姉とは、親子ほどの年齢差がある。
父が亡くなり、本家筋とは絶縁状態になった。
墓地も、父が生前に用意していたもので、ご先祖様と呼ぶ対象は父になるのだろう。
ユカにとってのご先祖様とは誰かと、訊いてみた。
即答で「祖父ちゃん」

この先、年齢的には美代さんが。その後にあたしが入ることになるお墓。
墓守はユカに。
独身のユカの後は、嫁いだサキの役目になるのだろうが、取り敢えずは今生きているあたしの判断でのお墓参りのやり方になる。

ご先祖様は大事だ。
でも、生きている人間が第一になるだろう。
ご近所に習ってきたと言っていた美代さんだが、葬儀のやり方もこじんまりとした家族葬にすることが多いらしい。
わが家もその家族葬にすることを考え、昨年秋には母方の叔父・叔母には話は着けてある。
お墓参りも、あたしの代で変えたとしても、父や夫は文句を言わないだろう・・・勝手にそんな想いでいるが、草葉の陰で父は嘆いているのだろうか。

明日は送り盆。
午前中に墓参りを済ませ、立てたお線香やろうそく・花の片付けがある。
全てをきれいに片付け何もない状態で、お墓を後にすることになる。


三浦春馬さんの死から想うこと

なぜ?

なぜ自ら命を絶つの・・・


夫が亡くなったときに読んだ仏教の本に、

「人は修行のために生まれ、修行が終わったときにお釈迦様の元へ召される」

こういうことが記されていた。

自由奔放に生き「人生に悔いなし」と、言っていた夫。
それでも、心残りはあると言っていた。
「孫の顔が見られなかったこと・・・」と。

華やかに観える芸能界で、順風満帆のように想えていたけれど、それは傍目からであって、本人には計り知れない悩みがあったということなのか。

人は、死を覚悟するときに何を想うのだろう。
夫は、死は怖くはない・・・が、死にゆくときの恐怖があると言っていた。
苦しむのか・・・穏やかに逝けるのか・・・
その、恐怖があると言っていた。

死・・・
人生は一度限り。
死なない人間はいないだろう。
必ず訪れる死なら、なぜ待つことができなかったのだろう。
しかし、それも本人にしか分かり得ないこと。

「冥福を祈る」という言葉がある。
冥土での幸福を祈ると言うことらしい。

自ら命を絶った者は、冥土へ辿り着けるのだろうか。

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三浦春馬さん。
彼を詳しく知ったのは、ドラマ『ブラッディマンデイ』
世に、こんなにも麗しい青年がいたのか・・・
衝撃的でした。

『おんな城主直虎』そして、昨年主演したドラマ『TWO WEEKS』
大人となった彼の演技に、心を奪われていました。


ご冥福をお祈り申し上げます。

優しい嘘?嘘も方便?結局は・・・ウソ・・

11年前、癌で53歳の若さで他界した夫。(2ヶ月後には54歳)
体調の異変には気付いていた。
疲れやすく身体全体が黄色くなっていたが、仕事が忙しく休みを取ることも
できず、気が付くと、白い便が出るようになっていた。

元々軟便気味の夫で、下痢もしょっちゅうだったけれど、この頃はトイレに
駆け込むのもやっとで、時に階段で粗相をしてしまうことも。
白い便が出たことで、もうこれ以上猶予はならぬと病院へ。

検査結果、即入院。
診察室に呼ばれ医師からの説明で、この癌ではこれまでの術後生存率は最長で4年と。
1年生存率、50%
5年生存率、10%

「どうしますか?奥様から告知されますか、それともこちらの方で言いましょうか?」

泣いてはいけない。涙顔は見せられない。
そうは思うものの、話の途中から涙が溢れていた。
どの顔であたしから告知が出来ようか、医師に頼むしかなかった。
検査から戻ってきた夫は、あたしの顔を観て何かを悟ったかもしれない。
しかし、医師はその場での告知はしなかった。

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黄疸が出ていることですぐのオペが出来ず、治まるのを待ってからとの説明。
だが、薬の効果もなく黄疸が引けることもないまま結局はオペではなく、
抗がん剤での治療に変更。
その時、初めて医師から夫へ生存率の説明。
そう、余命宣告ではなく生存率の説明だった。

夫は、驚くこともなく淡々と聞いていた。
病室に戻り「まぁ、仕方がないか・・・」と。
持病を持っていた夫だったので、長生きできるとは思ってはいなかったようだったし、太く短くを心情に生きていた人だった。

あたしは、夫の前では泣かない・泣き顔は見せない。
常に言い聞かせて、病室で過ごしていた。

自分の死期を悟った夫は、死ぬのなら実家の岩手でと転院願いを出した。
全ての手続きが終わり、翌日には岩手へという晩に、

「オレは死ぬとき苦しむのかなぁ」

ポツンと言ってきた。
その問いにあたしが応えた言葉は、

「それは、神様にしか判らないよ。とにかく明日の朝には岩手に出発だから」

その晩に急変し、呼吸も荒々しく意識も薄くなり、ガッと口を開け目を見開いたままこの世去った。
苦しみながらの最期。

今でも後悔している。
なぜあのとき、嘘でも「大丈夫だよあたしがついているし、苦しまずに逝けるよ」などの言葉が出なかったのだろうかと。

夫は死を恐れてはいなかったが、苦しむことだけは嫌だと言っていた。
死ぬときは、スーッと眠るように逝きたいとも言っていた。

あのとき、優しい嘘・嘘も方便で夫を勇気づけていたら、苦しまずに逝ったのだろうか。いや、もう少し生きていてくれたのだろうか。
今となっては後の祭りで、後悔してもどうにもならないし、後悔したところで夫は生き返ることなどない。

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金曜日。
いつものように、寂しいと言い孫娘に電話した美代さん。
ユカに「昨日の雨はすごかったね」と言われ「雨なんか降ってながった」と答えていた。
聞き流せばいいものを、ついつい「雨、降ってたでしょ!」と、隣で言ってしまった。

「そだね、雨なんか降っていなかったね・・・」

と、言えばよかったのかもしれない。

昨日・今日と涼しい古河です。
明日は30度超えになるそうな。

マスク着用も辛くなりますね。
でも、お忘れなきようにお願いします。


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生きることに精一杯になってほしい

今日もお疲れ様です。

昨日に比べとても涼しい古河です。
涼しいは、表現がおかしいのかな・・・
だとすれば、寒い。が正解・・・かな。

起き掛けは、さほどの寒さは感じられなかったけれど、
時間が経つとともに、寒さを感じています。
こたつ布団を片付けたことを、少し後悔。
こういう時のことわざは。

「後悔先に立たず」

事が終わってしまってから、ああすればよかった、
こうすればよかったと悔やんでも、もう取り返しがつかないことをいう。

日東書院、ことわざ辞典より。

ちょっと大げさですよね。
又、出せばいいのですから(笑)

後悔と言えば、タラレバ
あのとき、ああしていタラ、こうしていレバ

人生に全く後悔なし!なんて言い切れる人って、
どのくらいの割合で居るんだろう・・・

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亡き夫は、したいことをして、好きなように生きてきた。
後悔は無し!って言ってたけど、たぶん稀なんだと思う。
もし生きていタラ、コロナ禍の中でどういう風にモチベーションを
保っていたんだろう。

パチンコが大好きで、お給料が入ると必ず遊びに行っていた。
自粛でパチンコ店も休業しているけれど、休業要請が出なければ、
たぶん、間違いなく行っていたはず。

会社勤めの夫のテレワークや自粛で、常に家に居ることへの不満が、
夫婦どちらからも出ているよう。
3度の食事はもちろん、片付け掃除の邪魔になるなど、
妻たちのイライラも増え、その妻のイライラを感じ摂ることもせず、
「俺だって大変なんだぞ」などと平気で言う夫たち。
挙句、家にいてもつまらないからと、パチンコに繰り出す。

夫は優しかったけれど、普段から家庭的なひとではなかった。
買い物時などでは、買い物袋は率先して持ってくれたけれど、
家事については一切手を貸す人ではなかった。
でも、ホレた弱みで、あたしはそれでも文句は言わなかった。
傍に居てくれるだけで、幸せだったから。

生きていタラ
読書が好きだったけれど、図書館も閉鎖になり、
家で、何をしていただろう・・・。
あたしと一緒に、ウォーキングやジョギングをしてくれていただろうか。

人は、生きていタラ、生きてさえいレバ、何とかなる。
生きたくても、誰にも看取られずに苦しみの中で亡くなっている人もいる。

喧嘩、してもいい。
大喧嘩、してもいい。
相手がいるからこそできる喧嘩。
それでも仲直りして、一緒に居てくれる人がいることに感謝してほしい。

人生は一度限り。
後悔しないで生きることは、難しいことだと思う。
あたしも、
亡くなる間際になぜもっと優しい言葉をかけて上げられなかったかと、
後悔している。

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コロナ禍。
終息はおろか収束になるのさえも、いつになるのか判らない。
でも、皆が同じ気持ちで生きることに精一杯になってほしい。

「家にいてほしい」「外では、人との距離を保ってほしい」


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女優 岡江久美子さんの突然の訃報

女優、岡江久美子さんが、新型コロナが原因の肺炎ででお亡くなりになりました。

昨日、何気なくTVのスイッチを入れ「今日もコロナ一色・・・」
そう思っていた矢先に、TVの上面に緊急速報。

「エッ!」
思わず口から漏れたひとこと。
その後は画面にくぎづけ。

岡江さんが乳がんを患っていたことは公表していなかったようだ。
そして、入院していたことも・・・
発熱後わずか3日での急変で意識不明の重体になり、入院後17日での急逝。

今朝の情報番組では、乳がんの抗がん剤治療で免疫力が低下していたのではと。そして、乳がんでの放射線治療は胸の奥の肺への影響もあるとの、専門家の解説がありました。


彼女が40歳の時に始まった、はなまるマーケット。
あたしも一視聴者として、毎朝を楽しみに観ていました。
さばさばとした性格で、テンポの良い司会と、
同じく司会を務める薬丸裕英さんとの掛け合いも、楽しみの一つでした。

はなまるマーケット卒業の1年後に、何かのイベントで真っ赤なドレスに身を包み、孫の成長を楽しみに長生きしたいと語っていた彼女。

63歳。
今年還暦を迎えるあたしとは4歳違い。
あたしも含め、若い・・・とは言えない。
でも、簡単に亡くなるような年齢でもない。
彼女の命を奪ったものは、闘病中の癌ではない。

古河市に近い埼玉県の白岡でも、
50代の男性が、軽症ということで自宅療養中での急変で亡くなっている。

彼女がどういった経路で感染したのかは判らないけれど、
解っていることは、罹ったら誰でも急変し重症化しうるということ。

罹らないための最善策が家にいること。
皆が同じような気持ちでいてくれたなら・・・切に願う。

ご冥福をお祈りいたします。

「家にいよう」「人との距離を保とう」


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プロフィール
こんにちは、にゃんズの母と申します。 2001年、念願の実家脱出に成功。 2009年、最愛?の夫と死別。 以後、気ままな一人暮らし。 2017年、軽度認知症の母との生活が始まり、 介護と思しきバトルの日々でございます。 動物大好き、特に猫。 酒とお洒落を愛する、普通?の「おんな」でございます。
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