にゃんズの母

「老猫、桐ちゃん18歳、青(せい)くん15歳」「あたし、お洒落大好き還暦」「母、88歳。方言と訛り×認知症要介護3で、田んぼの観える特別養護老人ホームに入居」 ねこ、お洒落、母の認知症と日々のあれこれについてを綴っています。 泣いて笑って、ケンカして、人生一度きり。前向きに生きるためのブログ。

生きるということ

誕生日は毎年やって来る 生きることに精一杯で在りたい

2021.5.27(木)

雨ね。
一昨日・昨日と、とっても暖かく(暑い)寒がりなあたしは快適に過ごしていたけれど、今日は日中の最高気温が昨日よりも10度近く低いらしい。
体調管理に気をつけなきゃね。

今日5月27日は、亡き夫の66歳の誕生日。
生きていたら、コロナワクチン接種の高齢者枠の中に入っていた。

病院に行くことを極端に嫌い・・・怖がり、あたしが一緒でないとなかなか行ってもらえなかったけど、ワクチン接種の会場には、一人で行けたのかかしらね(笑)

生きていたら、たぶん古河市にはおらず、実家のある岩手に戻っていたはず。
今朝の情報番組でやっていたけれど、岩手の接種率は47都道府県で22位くらいだったかな。

66歳は、昔と違いまだまだ若いと想う。
どんな66歳になっていただろう。

元々スレンダーな長身で、180㎝・65kg。
でも、ガテン系の仕事をしていたので、けっこう筋肉質な身体だった。
頭髪も黒々とし、お腹ポッコリもなかった。
でも、亡くなったのが53歳だったから、今頃はそれなりに衰えていたかもね。


実家に住んでいる長女に、お仏壇にビールを供えてくれるようにラインした。
最近、ビールにハマりつつある長女だけれど、今夜はお供えしたビールを飲んでくれるかな。


義理息子(次女の夫)から、母の日のプレゼントに頂いたクチナシ。
このところの暑さで開花した。

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昨日、少しだけ開いていたが、今朝は大きく花開いていた。
写真は、次女にもラインした。

花のプレゼントって、何だか嬉しい。
つぼみは沢山ついているので、この先も順次開花してくれるだろう。


夫からは、花のプレゼントをしてもらった記憶はない。
釣った魚に餌は与えないタイプの人だった。
それでも、言葉としてのプレゼントはあった。
本当は、品物が欲しかったけれどね(苦笑)


お酒には弱い人いくせに、それでも大好きで、飲むと陽気になる人だった。
今夜は、あたしもビールを供えよう。
ナッツ類が好きだったので、それも併せてお供えしよう。

あたしは、この世界に未だ未練があるよ。
だから、そっちの世界には当分行かない予定(笑)

66歳、おめでとう。


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毎年訪れる命日 その日にあなたは何を想う・・・?

2021.3.28(日)

毎年訪れる命日。

12年前の今日、夫は天に召された。
享年、53歳。

54歳になる年の3月に亡くなったことで、墓標には55歳没と記されている。
仏教の世界では、数え年で記されるらしい。

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余命宣告をされていたので、死ぬときには故郷の岩手でという気持ちが強く、民間の救急車を手配していたが、運び込まれたのは救急車ではなく霊柩車だった。

夫と一緒に岩手へ行くために、入居したアパートの解約や引越しの手配などが、バタバタと過ぎて行った。
岩手へ出発するために朝から忙しかったが、部屋のことはむすめ達に任せ病室に詰めていた。
準備が全て終わり、明朝には岩手に向かうことを夫に知らせ、今夜はゆっくり休もう。そんな気持ちでいた。

夜、急変した。
担当医からは、いつ亡くなってもおかしくない状態だとは言われていた。
それでも、何とか頑張って死ぬのは岩手で・・・だったが、その想いは絶たれた。

夫は、もしかしたら岩手に行けるということで安心したのだろうか。
それまで頑張って生きてきたが、張り詰めていた糸のようなものが「プツン」と切れてしまったのだろうか。

看護師からの数分の心臓マッサージのあと、担当医はいなく当直医がやってきた。
「これ以上は何もできない」と言われ、最期は「ウッ」という声が漏れ、臨終となった。
様々な管に巻かれるわけでもなく、左手の指にパルスオキシメーターが一つ。
意識が朦朧とする中で、死に対する恐怖心の様なものはなかったと想う。

病気になるなる前から「やりたいことはすべてやった。いつ死んでも後悔はない」こんなことを普通に言っていた人だった。
後悔はないが、未練はあると言っていた。
それは、孫の顔が観られないこと。
こればっかりは、あたしでも手助けはできないこと、むすめ達次第だから。

死期を悟り、死の恐怖はなくても「死ぬときに苦しむのは嫌だ」そんなことも言っていたが、眠るようには逝かなかった。
最後に漏れた「ウッ」は、苦しみの声に聞こえた。

入院期間、約1ヶ月。
死亡時刻、夜11時13分。
死因、胆管細胞がん。

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     落ちていた小枝に残っていた桜です


茨城県民となり、20年の歳月が過ぎた。
この20年のうち、野田市に約2ヶ月間。
岩手の実家に、約6ヶ月間住所を置いていた。

関東に出て、夫と暮らしていた期間は8年。
以後の12年は夫のいない世界で、この中には母美代さんとの同居も含まれる。

死は平等だ。
死なない人間はいないだろう。
あたしも、いつかは夫のいる世界に行くことになる。
でも、あたしは小心者なのだろう。
後悔することが沢山あるし、未練も多い。

いつかはお迎えが来るのだろうが、それはまだまだ先であってほしい。
そして、お迎えが来るまでは、なるべくなら自分の事は自分でできている人生で在りたい。
欲を言えば、夫が言っていた通り苦しまずに逝きたいものだ。


ねぇ、あたしはまだそっちへは行きたくないよ。
だから、そっちの世界で良い人ができているのなら、その女性(ひと)と楽しくしててね。
でも、お願いがあるの。そっちに行った時のあたしの姿は、あなたが知っているあたしではないはずよ。それでも、ちゃんと見つけてほしいの。
そして、できれば「お疲れ様」の一言がほしいな。


この12年間、一日たりとも忘れたことはない。
人は二度死ぬと言う。
一度目はこの世から去ったとき。
そして、二度目は人々の記憶からなくなったとき。

母は、父の死を受け入れていない。
父は、母が亡くなるまで生きているのだろう。

あたしも、自分の生が尽きるその日まで、夫のことは憶えていたいと思う。

今生は一度限り。



十三回忌法要を終え、想うこと 今生を生きる

2021.3.23(火)

十三回忌法要を終えました。

10時半の約束で30分ほど前に着き、自分たちで花・箱菓子・果物を祭壇にお供え。
5分前にご住職の部屋を訪れ、お布施をお渡しし、ご挨拶。

法要にかかった時間は20分ほどで、お経を唱えて頂き、お焼香をして終わり。
卒塔婆を頂いて裏手にある墓地へ。

父と夫が眠るのは、菩提寺の敷地内裏手にある墓地。
昨年のお盆にお墓参りをした時とは、周りの風景が変わっていた。
スギ林に囲まれた墓地になっているが、結構広範囲に杉の木が切り倒され、今まで見えなかった風景が見えたいた。
たぶんだけれど、墓地を広げるんだろうね・・・と、娘たちと会話。

お墓には、先に何方かが来てくれていたようで、花が飾られ線香を立てたあとが。
そして、途中まで喫ったであろうタバコが、線香立てにたてられていた。
夫は、亡くなる2~3日前までタバコを喫っていたが、たてられていたタバコの銘柄は、夫が喫っていた物とは違っていたし、一緒に眠っている父は、タバコは全くやらない人で、そのタバコを何と感じただろう。

コロナ禍の中で、口をつけたであろうタバコに、むすめ達はいい顔をしなかったが、それはあたしとて同じだった。
タバコを喫わせたいと思った人の気持ちは理解できても、できれば持ち帰ってほしかった。

お墓を後にし、お昼を食べようと盛岡市内まで足を運んだ。
何を食べようか3人で迷い、うどんの美味しいお店があると言うので、その店へ。

写真を撮る習慣のないあたしに、長女が「おかぁ、写真ね」と。
運ばれてくる直前まで写真の事を忘れていたあたし・・・「あ、そうだね。ありがと」

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    ピアスと腕輪は、法要の際は外しています


お店の名前は【ミシシッピ饂飩】盛岡市内・月ヶ丘にあります。

コシが強すぎるうどんを好まないあたしだけれど、程よく弾力があり美味しかった。(食べている写真には全く気付かず、いつの間にか撮られていた)

一周忌・三回忌法要の時は、親戚にもお集まり頂いた。
七回忌法要の時は、あたしたち家族と夫の兄姉妹のみ。
今日の十三回忌法要は、コロナ禍でもあるので、あたしとむすめ達の3人だけ。
次は十七回忌法要になるが、さて、やるかやらないか。
父と夫はどうしてほしいだろう。

近かくになったら、考えることにしましょ。


仏事には、宗派や地方によってのしきたりがある。すこし面倒くさい。
父は、しきたり事にはうるさい人だった。
夫も普段は適当な人だったが、やる時にはやる人だった。
あの世で、あたしのしていることを、どの様に観ているのだろう。

ひとつ言えることは、生きているからこそが花。
人生は一度限り。

今生を、悔いなく全うできるように、生きたいものです。


父の命日に想う、母の行く末

2021.2.1(月)

12年前の今日、79歳の誕生日で旅立った父。
本来であれば、十三回忌法要は本日か少し前に済ますべきであったが、私のミスで来月の夫の命日の少し前にと、決まった。

詳しくはこちらから
http://aya1205k.xyz/archives/26018748.html


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父は下戸で、タバコも一切喫わなかった。
その父の酔った姿を見たのは、あたしが保育園年長さんか、小学1年生辺りの頃。
その日は何かの飲み会だったのだろう。
へべれけに酔った父が、部屋の入り口で寝ころんでしまい、

「まや・・・ごめんや~、こったに酔っ払って、ごめんや~」

なぜあたしに謝ったのかは、幼いあたしには理解できなかった。
そして、この記憶は残っていても、今もってその理由は分からない。

酒は百薬の長と言う。
全く飲まないよりは、僅かずつでも飲んだ方が身体には善いと。

飲めない父が、そのことを気にして日本酒(ワンカップ)やビール、二口三口の量をコップに注いでいたことがあった。
何日か続いていたが、飲み慣れていない父にとっては薬ではなく、頭痛や胃の塩梅が悪くなったと言い、長続きはしなかった。

宴会に呼ばれても、つまらないと言うことが多かった。
自分以外の仲間は皆飲める。
会費制のときなどは、お酒が飲めないことで損をしていると言うことがあった。それでも、唄や踊りは好きだったので、場を盛り上げてくれるということで、皆様方には喜ばれるとも言っていた。

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       甘酒は飲めていたようです

完全甘党の父は、食後に必ずと言って良いほどリンゴなどの果物を食べていた。
歯周病のために、50歳そこそこで総入れ歯となったいたが、若い故に歯茎(土台)はしっかりとしていたので、固定された入歯で少しくらい硬い物でも楽に食べられていた。

・・・ねぇじいちゃん、美代さんはじいちゃんのこと生きていると思ってるよ。でね、会いに来てくれないから心配もしてる。夢枕に立って、美代さんを安心させてあげてよ・・・

あの世という所はどれほど済み良い所なのか、戻って来たという方はいらっしゃらないようで。

修行のためにこの世に生まれ落とされるという仏教の教え。
美代さんは、まだまだ修行が足りないのね。
その美代さんの介護をするあたしもまた、修行が足りないのね。

父の誕生日も命日も、すっかり忘れてしまった美代さん。
カレンダーにはマル印をつけ、ジイ・91歳と、記しています。
お仏壇には、草餅と道明寺の詰め合わせをお供えしましたが、果たして気付いてくれるのかしら。

☆;+;。・゚・。;+;☆;+;。・゚・。;+;☆;+;。・゚・。;+;☆;+;。・゚・。;+;☆;+;。・゚・。;+;

じいちゃん、あなたの亡くなり方は、俗にいう「ピンピンコロリ」に近かったね。
ねぇ、美代さんにもその逝き方を教えてあげて。
「もうそろそろ修行は終わり」と思ったら、迎えに来てあげてね。
それまでは、喧嘩しつつ・愚痴三昧でも、なんとかかんとか頑張るから。

あ、でも。
できれば冬や真夏のお迎えは控えて頂戴。
この時期は、葬儀や法要は大変なのよ。
そうね、じいちゃんみたいに美代さんの誕生日とかが理想だね。
わがまま娘でごめんね。

じいちゃん、91歳、おめでとう。


命日を過ぎ、コロナ禍での回忌法要はアリ?

2021.117(日)

愚かなあたしをお笑いくださいませ。

今年は、12年前に亡くなった父と夫の十三回忌になります。
一周忌・三回忌・七回忌と済ませており、昨年の秋辺りに・・・そうだ十三回忌が近いな・・・などと想っていました。
亡くなって12年になることは重々解っていましたが、回忌法要のことをすっかりと忘れていました。
昨夜、布団に入り突然十三回忌の事を思い出し、

「ヤバッ、お寺さんに法要の予約を入れていないわ・・・」


これまでは、2月前くらい前には予定をお伺いしていたのに、今回はものの見事に忘れていました。
今朝、慌てて岩手の菩提寺(わが家は曹洞宗・開祖は道元禅師)に電話をしました。

回忌法要は一般的には命日、若しくはその前に済ますことになっているようです。
参列して下さる方々の事を考え、土日を利用することが多く、わが家もこれまでは日曜日に執り行っていました。

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父は2月1日。夫は3月28日が命日です。
父の命日より前にとなると限られてくるので、今からでは予約は取れないだろうなと思いながらも、一応お伺いを立てましたが、やはり土日(むすめ達の仕事を考えて)は無理とのことでした。

が、ここで住職より提案がございました。
夫の命日に合わせて、間を取って2月や3月でも良いとのことでした。
なんなら、夫の命日の3月28日(日)が宜しいのではないですか、と。

ここで疑問。
父の命日を過ぎても仏法上大丈夫なのか。

「ふたり一緒の法要なので、遅い方に合わせることは特に悪いことではありませんよ」

これまでは、何が何でも父の命日に合わせて来ましたが、今回は土日がいっぱいで、尚且つ雪でお墓も埋もれているので、春になり暖かくなってからでも良いとの、御住職からの提案でした。
そして父の命日には、お位牌を置いている仏壇に、ご飯をお供えしてくださいとアドバイスを頂き、それで善とすることにしました。

七回忌までは、親戚や夫の兄姉妹にも参列して頂いていましたが、コロナ禍でもありますし、家族だけの法要になることを御住職に申し伝え、「それで宜しいですよ」と、仰って頂けました。

問題は、2ヶ月後に美代さんの歩行と認知機能は、どこまで衰退しているかです。
無理な時には、それこそショートステイにお願いし、あたしだけの帰省もアリと想っていますが、まぁ近くなったら考えてみましょ。

※ コロナ禍での他県からの移動ですが、岩手県知事はなるべくなら控えるようにと言っているそうです。それでも、法要には差し支えないという住職の判断でした。

とにかく、感染しない・させないを徹底してまいります。


プロフィール
こんにちは、にゃんズの母と申します。 2001年、念願の実家脱出に成功。 2009年、最愛?の夫と死別。 以後、気ままな一人暮らし。 2017年、軽度認知症の母との生活が始まり、 介護と思しきバトルの日々でございます。 動物大好き、特に猫。 酒とお洒落を愛する、普通?の「おんな」でございます。
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