にゃんズの母

「老猫。桐ちゃん16歳、青(せい)くん13歳」「あたし。お洒落大好きアラ還暦」「母。85歳、方言と訛り×軽度認知症」 ねこ、お洒落、母の認知症と日々のあれこれについてを綴っています。 泣いて笑って、ケンカして、人生一度きり。前向きに生きるためのブログ。

母娘関係

ユニセックス(男女兼用)パジャマ、思いの外売っていない。

来月の3連休を利用してむすめ達と怪獣くん(孫)が、
遊びに来る予定です。

怪獣くんの母親である次女の、専門学校時代の友人の結婚式に招待されたようで、お母さん大好き怪獣くんと、その子守りとして長女が付き合わされる形です。

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次女に、ここで着る怪獣くんのパジャマの購入を頼まれていました。
次の出産を考えて、もしかしたら女の子かもしれないからと、男女兼用になるような黄色っぽいものにしてほしいとの注文です。
出産予定など全くないようなのですが、まぁ、本人の希望ですので探してみました。

ユニセックスとは
男女の区別のないこと。特に、服飾で男女両性に向くもの。
(引用:デジタル大辞泉)

サイズは100センチ。
簡単に見つかると思いながら、某しまむらへ。
幼児用の衣服を買うのは次女以来。
いやぁ~、これがなかなか難しいもので、男の子・女の子と別れているものがほとんどで、兼用っぽいものとなると、中々ないのです。

場所を変え、今度は、某西松屋へ。
乳幼児専門店なのだからと、期待をしながら店内へ。
お店の方に、100センチ・ユニセックスのパジャマを探していることを伝えると、少しばかり顔が曇ったのです。
案内されたコーナーに着くと、男の子用・女の子用と綺麗に分かれており、ユニセックスとなると難しいとの応え。
取り敢えず、数は多かったので探してみましたが、マジでない。
それでも諦めきれずなんとか探すと決め、その場で行ったり来たり。
ハンガーに釣り下げられた状態で奥の方に見えたのがこのパジャマです。

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        (フリース素材です)

「黄色っぽいもの」のリクエストですから、首・手首・足首が黄色ですし、柄もグリーン・紫・赤・オレンジと入っていて、イモムシくんが果物を食べようとしている柄です。
これで何とか納得してもらおうと思っていますが、気に入らなければこちらに来てから買いに行けば良い、くらいの気持ちでいます。

子供用の服って観ていて飽きません。小さくていろいろな絵柄が有ってとても楽しく、夢があるなって感じました。
でも、あたしが怪獣くんの為に何かを買ってあげることはありません。なぜなら、親の好みがあるからです。
あたしが子育てしていた時代とはで、デザインやキャラクターも変わってきています、買ってあげても喜んでもらえるかわかりませんし、何よりも現金が一番と言われています。あたしも同意見です。
今回のパジャマに関しては、「おかぁに任せる」と言われているので、少しだけ楽しみながらの買い物になりました(笑)

あたしが子供の頃の衣服はほとんどが父の見立て。オシャレな父から買ってもらった服に異論はありませんでした。
むすめ達の服を選んでいたのはあたしですが、怪獣くんは男の子。やはり勝手が少し違います。
一緒に怪獣くんの買い物に行った際に、「これなんかどう?」と手にした服は全て却下。「おかぁ、センス落ちたね!」ま、こんなものです(笑)

写真をラインしたのですが、返事がきません。
これまた、こんなものです。


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母親を嫌う、ひねくれ娘の哀しみ

親を、母親を大好きと言える方が羨ましい。
あたしのブログは、いつも母を悪く記している。

世の中には、あたし以上に親を嫌い・憎んでいる方もいるだろう。
だからと言って比べるものではないと思う。感じ方はそれぞれだから。


母親を嫌う子ども。同性として嫌う娘。
嫌いでいたい訳ではない。出来るものなら好きでいたい。
事あるごとに冷たい言葉を浴びせ、素っ気ない冷たい態度を取る。


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「おめは、なしてそったにきづぐあだる?」
(なぜ、きつい態度をとる)
母に言われたことがある。

「そお?気のせいじゃない?」
はぐらかしてきた。

なんでこんなにひねくれた人間になってしまったんだろう・・・。
あたしがひねくれたのは、あたしだけのせい?
自問自答しても答えは出ない。
母親のせいにすれば楽だろうが、あたし自信の性格が偏屈だというのが最大の理由に思う。

性格って何歳の頃に確率するの?
いろいろ検索してみると、3歳くらいまでに決まり10歳の頃までの経験で確率するそうな。
3歳までの記憶は・・・なし!
10歳頃までの経験・・・一般的に母親からしてもらうことのことの殆どを父親から受けていた。
(母娘関係 Ⅰ~Ⅲを参照ください)

あたしは、もしかしたら母を虐めているのかもしれない。認知症という得体の知れない病気になったことをいいことに、これまでに、たまりにたまったうっぷん晴らしをしているのかもしれない。
口では虐めている訳ではないと言いながら、気が付けば強い口調になっている。


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介護日記を記されている方の、献身的に尽くされている内容を目にすることがある。
介護施設入居のお母様との添い寝。
一つのアイスクリームをカップまま分け合って食べる。
昔は母の食べ残しを平気で食べられた。今は到底無理。

父が亡くなり、しばらくした頃にTVドラマを観ていた。
恋愛もので、キスシーンが映し出されていた。

「オレはじっちゃど、いぢどもキスしたごどね。じっちゃは歯槽膿漏で、いぎ臭くて、歯ガチャガチャだった。こきたなすねど思った」
(じいちゃんと、一度もキスしたことがない。じいちゃんは歯槽膿漏で息が臭く、歯並びが悪かった。汚いと思っていた)
その父は50歳の頃総入れ歯となり、息が臭いこともなくなり、お煎餅など硬い物をバリバリと食べていた。若い時分に総入れ歯にすると、歯茎が健康なので入歯のガタつきもなくしっかりと吸着するらしい。

息が臭いのでキスを拒んだ母親の想い、今のあたしの想いに似ているように思う。
それは、総入れ歯の母が、口の中に残っている食べカスを何の気なしに手で掴み、そのままボミ箱へポイと棄てる。ティッシュに包んで捨てるようにと、何度言っても右から左。
噛み合わせが悪いせいもあるのだろうが、食べこぼしも目立つ。
母の、デリカシーの無い入歯に対する拒否反応が大きい様に思う。

添い寝・・・親を、愛しい我が子と思えばできるのか?いや、無理だ。
不思議でならない。どうしてそこまでできるのか。
さぞや深い愛情に包まれた親子関係を築かれていたのだろう。


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25年前になるか、母60歳のとき(今のあたしと2歳しか違わない)妹の出産でひと月ほど妹夫婦との同居。家事、特に料理が嫌いな母でも、それなりに一生懸命に世話をしていたらしいが、あるとき婿さんからボソッと

「お義母さんは、デリカシーがない・・・」

のちに、このときのことを思い出し、

「あのどぎ、〇〇に言われだデリカシーて、なんのごどだったのが、さっぱりわがらねがった」

難しく説明しても理解できない母に。

「気遣い。相手に対する思いやりのこと。美代さんは何かにつけて気遣いが足りないよね」

「そだのが・・・」

母には、「気遣い」がどのようなことかが分かっていないように思う。「気遣い」という感情そのものが欠けているのか・・・。
いや、有るとは思う。多分、遣い方が間違っているのだろう。

土曜日。デイケア日。
母とは正反対の性格であるが、「親の恥は子の恥・子の恥は親の恥」親子は一心同体とのことわざもある(以前記しています)母は、どのように過ごしているのか。食べカスをちゃんとティッシュに包んで捨てているのか。

85歳。軽度認知症。
若いときに両親を亡くし、夫である父と遮二無二働き、あたしたち姉妹を育ててくれた母。
若くして親を亡くす子供の気持ちはあたしには解からない。
それこそ、28歳・23歳で父親を亡くしたあたしのむすめ達なら分かるのだろうか。

内蔵に自信がある母。ゆーっくりと進行している母。長生きするだろう。
なら、今からでも遅くはないのか・・・? 優しい娘に変身できるのか?
仮に生死をさ迷うほどの状態となったら、あたしの気持ちにも変化が現れるのか?

先日、母から言われた。

「オレのバカ話を聞き流すくらいの余裕を持て。そうでないとお前が壊れるぞ」

バカ話・・・(昔言葉やちぐはぐな会話)自分が何を言っているのかわかっている。あたしを気遣っている。

美代さん、今あたしが先に逝ったら一番困るのはあなただものね。
理解した上で言ってるんだよね。


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「きゃあっ」の母の声に驚く娘 認知症?いいへ個性です

普通にドアの開閉をする。
「きゃあっ」
洗面所の脇を通る。
「きゃあっ」
用があって名前を呼ぶ。
「きゃあっ」

数えたらきりがありません。
これは認知症とは関係ありません。昔からでした。
調べてみると、病気というのではなく一つの「個性」とありました。


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母から聞いた話です。
結婚前の若い頃、田んぼのあぜ道の草取りをしていたそうです。
脇を通ったオジサンにいきなり声を掛けられた母。

「娘っ子、せい出るな」(頑張ってるな)

その声に「きゃあっ」
オジサンの方が驚いたそうです。

「申し訳ねぇ・・・子どものころがらびっくりするど、声が出でだ。傍通るどぎはゴホンみだぐ声かげでくれ」

母は、そのオジサンにこのように頼んだそうです。
赤の他人が傍を通る際わざわざ声掛けしますか?
それに、あらかじめの「ゴホン」の声に驚いたら結局「きゃあっ」の声が出るのでは・・・。

母のビビりについては何度も記していますが、いい加減にホントにいい加減にしてほしいのです。
今朝も、トイレに行こうとして普通に台所のドアを開けました。

「きゃあっ」

ドアの手前でトイレから出てきた母が、中途半端な状態のズボンを上げていました。
あたしは母が廊下にいたことに気付かずにただドアを開けただけ。
てか、一々これからドア開けるよと言う?
第一、何でトイレでズボンを上げてこないの?

「ねぇ、頼むからその声なんとかならない?毎回毎回きゃあきゃあ言われるこっちの身にもなってよ。
隣近所の人に、あたしがあなたを虐めてるように思われるでしょ。それに、なんでトイレでズボン上げないの?」


「わるなぁ・・・これがらは声出さねようにするがら・・・」

とは言っていますが、このシーン何度も繰り返されています。
出さないようにする。多分無理。
子どもの頃から、母は父親からも声のことを指摘されていたそうです。物心つくのは4~5歳でしょうか?だとしたら既に80年物。
今更なにを言っているのか。治す気持ちがあるのならとっくに治っているはず。
しかし、「個性」ならば致し方ない。

【個性】とは、自分だけの特徴
(引用:http://www.pat.hi-ho.ne.jp/nobu-nisi/kokugo/koseitowananika13.htm


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トイレから中途半端な状態で出てくる母美代さん。
なぜ?
トイレが狭いそうです。
身体の自由が利かなくなっているので、廊下の方が上げやすいと言う。

岩手時代に勤めていた職場の上司(あたしより若い女性)が、同じようにズボンのファスナーを上げながら出てくる人でした。
更に上司の室長(男性)から

「何をやってるの、はしたない。チーフは女性だろ!」

この言葉は今の時代はセクハラ発言でしょうか?
でも、男女限らずはしたないことには変わりないと思う。

確かに年老いて身体の自由は利かなくなってきている。それは否めない。
でも、同性としてもう少し身だしなみをきちんとしてほしい。
認知症だから・・・仕方がない・・・いいへ!
単なるズボラな性格でしょ!と、言いたい。

「きゃあっ」・・・軽度認知症とは関係ありません。


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母親を嫌う娘の心境

あたしが母を嫌うようになったのは、いつからだった・・・。

10代の頃は気にも留めていなかった。
20歳。長女を生んだときもそんなには感じていなかった。
25歳。次女出産時は、5歳の長女の面倒を見てもらっていた。このときもさほどではなかった。むしろ有難いと感謝の気持ちでいた。

夫が会社を辞め自営の職を選んだとき、経理を手伝うためにあたしも会社を辞めた。
その頃から母と過ごす時間が増えたように思う。

自宅兼職場の、同じ屋根の下に主婦二人。嫌でも母の雑な家事が見えてきた。
そして、「どこに行くの?何しに行くの?何時に帰るの?」の3点セットが頻繁になった。
本当に嫌だった。もうすぐ40になろうとしている女に、毎回この言葉。
・・・いい加減してほしい・・・いつも思っていた。

元受けの会社の傾きで夫の仕事にも影響が及び、あえなく倒産。そして転職から転勤。
このとき、心から親元を離れられることを嬉しく思った。
・・・やっと自由になれる。やっとこの母親から解放される・・・


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のちに、このときの気持ちを母に伝えたことがあったのだが、母の中であたしの想いなどはこれっぽっちも感じていなかったという。大げさだと、自分が幼い頃から親に言われてきたことを、単に娘に言っていただけ。それだけのことだったと言っていた。
母は、20代半ばで両親を亡くしている。以後誰にも言われることはなかったはずだ。
母とは状況がまるで違うではないか。いつまでも若いお姉ちゃんではない。大人として扱ってほしかった。


親元を離れてからの8年間、夫のギャンブルで生活苦に陥り、母にお金の工面をしてもらったことが何度もある。(母娘関係に記しています)
申し訳ないとは思った。それでも実家に戻りたいとは微塵も思わなかった。

この間の両親はいつも一緒の行動で、口の悪い母のこと、時に喧嘩になりながらも毎日農作業に勤しんでいたらしい。
そして、父の他界。
火葬の最中の母の信じられない様子(これも記しています)と、会食の際の座ったままの梃子でも動かぬ母の態度には情けない気持ちでいっぱいになった。
母はあの当時から変形性膝関節症の症状があり、正座椅子を使っていた。
お酒を飲めない父だったので、お酌の経験もなく76年。
参列頂いた方々へのお酌周りは一度もしないまま、自分の席でただ黙々と食べるのみ。どんなに膝が痛くても自分の夫の葬儀だ。多少の気遣いがあってもいいのではないか。
この気遣いの無さ。あたしには考えられない。
このこともあり、余計に母を疎ましく感じるようになった。


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唯一の話し相手である父を失ってからのこの9年。母の生活は365日農作業。
もともと、家事嫌いなのだから、家の中の汚れを注意する父が亡くなったこともあり、一層外仕事に拍車がかかった。
母は、人の話に耳を傾けない。これまでにも母の身体を気遣い、農作業も週休二日制として、1日は家仕事、もう1日は休日として身体休めをするようにと何度も助言をしたが、「わかった、やってみる」と言いつつ「畑の草は1日も待ってはくれない」と結局何も変わらずの9年。

膝の痛みや腰痛は、農作業で身体を酷使したせいだと、体調を崩した際に医師に言われたことがあり、身体と相談しながらと念押しされたことも無視。

今ここでの生活で、やっと身体を休めることができている母だが、新たな問題がでてきた。
そう、体重増加問題。
ご飯が美味しい、食べて食べて、動かない。膝が痛くて腰が痛くて動くと辛い。悪循環。

長文。
お読み頂きありがとうございました。

続きは次回にて。


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母よ、あなたは本当に認知症なの?

本当に認知症なの?

母美代さんは、心に寄り添うことができない。
いい加減、頭にくる。
再度?再再度?再々再度?すみません。度々の事で何度目なのか忘れましたが、今度もまた?の話です。

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昨年の9月、脳神経外科にてアルツハイマー型認知症の診断を受ける。
約1ヶ月後、脳梗塞発症。右脳だったことと、発見と処置が早かったので後遺症はなし。
現在、脳梗塞再発予防の薬と物忘れの薬、そして過活動膀胱突発性尿失禁の薬を飲んでいる。

母は料理嫌い。料理は父のほうが得意だった。そんな環境の中で父他界。
父が亡くなってからは、一層料理嫌いに拍車がかかり、ご飯・みそ汁・漬物の3点セットの生活を8年。
たまには魚を食べることもあったようだが、基本野菜中心の毎日。

あたしと暮らすようになり、観たこと食べたことのないような料理が食卓に並ぶ。(注:母にとって)
その中には、拒否反応を起こす料理もあり当然の如く残す。人生は経験値だ。分からないものを口に入れることには抵抗があるだろう。何より総入れ歯の母、「硬いものは食べ物に非ず」の考えだ。

昨夜、言い争い。
一昨日のおかず、ロールキャベツのトマト煮。汁が少し残ったので明朝リゾットで食べることを提案。
リゾット・・・わかるはずがないが、簡単に説明。「美味しそうだな食べてみたい」の返事で昨日朝食へ。
あたしは朝食は摂らないので、母のみ済ます。完食したようだった。

そして昨夜。
「ねぇ、リゾットどうだった?」

「なぬよ?」

あぁ、やはりだ。今朝食べたものの説明。

「おどどい食べだ味ど同じであぎだ。美味しぐねがった」

「えっ、食べてみたいって言ってたよね?それに少し味を変えたのよ」

「何がなんだがわがらねものより、漬物やキャベツの千切りのほうがおがずになる」

「解った、もう作らない。漬物やキャベツは自分で作ってよ!」

あたし・・・切れた。
その後、ボソッとつぶやく母。

「・・・めんどくせ・・・もうたくさんだ」

面倒くさい・・・作るのが面倒。
もうたくさん・・・漬物以外は要らない。
作ることが面倒なのだ。故に漬物以外は要らないと言う。
認知症患者は作ることを忘れる。この考えは認知症ではないと思う。

「勝手だねぇ。もうあなたの分は作らないよ好きにすればいいのよ」



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夜遅くに友人に相談。友人はご両親を亡くされているので、あたしの母を親しみを込めて「お母さん」と呼ぶ。

「お母さん、ほんとに認知症なの?この間のとんかつ店の件で頭きてるんだけど。ご馳走さまも言ってもらえなかったよ。まぁ、美味しくないのにご馳走さまは言えないかぁ。漬物食べて、また脳梗塞になったら非難されるのあんただよ。いいの?」

元々、気遣いのできる人ではない。言葉の裏読みもできない。社交辞令などおおよそできない。悲しいかなこれがあたしの母親だ。
これらを踏まえて、これまでのことが本当に認知症からの行動言動なのか。


更に友人が言う。

「お母さん、わざとボケてるんじゃない?だって、電話の時はすっごくまともなんでしょ?」

そうだ。母の妹たちとの会話時は、とても認知症の患者が話しているようには見えない。

「もう、何が何だかわからないのは、あたしの方なのよ。疲れたわ」


今朝、デイケアより迎えが来るギリギリまでなにやらしていた母。
まともな会話もせず、あたしの方が無視の形。
迎えに来てくれたKさんは母のお気に入り。北海道出身で言葉が通じるらしい。それこそ「外面良子さん」で出かけて行った。

夕方、脳梗塞の定期検診とインフルエンザの予防接種。


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プロフィール
こんにちは、にゃんズの母と申します。 2001年、念願の実家脱出に成功。 2009年、最愛?の夫と死別。 以後、気ままな一人暮らし。 2017年、軽度認知症の母との生活が始まり、 介護と思しきバトルの日々でございます。 動物大好き、特に猫。 酒とお洒落を愛する、普通?の「おんな」でございます。
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