にゃんズの母

「老猫。桐ちゃん17歳、青(せい)くん14歳」「あたし。お洒落大好きアラ還暦」「母。86歳、方言と訛り×認知症要介護1」 ねこ、お洒落、母の認知症と日々のあれこれについてを綴っています。 泣いて笑って、ケンカして、人生一度きり。前向きに生きるためのブログ。

母娘関係

他人の目を気にする、ズルい娘の立ち回り方

いつ言われたのかも憶えていないけれど、突然「ポッ」と思い出すことが多い美代さん。
肌着姿でウロウロし、いよいよもって服を着るようにと言うと、何を想ったのか突然。

「娘はちゃんとしてるのに、親のごどは何もしね娘だな。て、言われだ」

「はぁ?!」

何それ!あたしが何もしていないって?聞き捨てならないわね!

送迎者の中で、誰かが言っていたことをふと、思い出したそうです。
美代さんは耳の聞こえは善い。本人もそれは自覚している。

「オレ、耳は聞こえるがらよ。誰が言ってらのがはわがらねども、言われだ」

このブログでもお洒落についてを記すことがある。
そう、あたしはお洒落が大好き。
貧乏で服の数もなく、早く働きに出てお給料が出たら沢山服を買うんだ!
そんなことを想っていた高校生で、卒業後はできる範囲でお洒落を楽しんでいた。

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あたしは今は無職。
『鬼娘の介護日記』のあんず様の言葉をお借りすれば「専業介護娘」だ。
介護にお洒落など必要はないのかもしれない。
でも、好きな物は好きなのだ。
だから、毎日化粧もしているし、着回しではあるが、それなりにきちんとした服装で居る。

美代さんはあたしとは正反対な性格で、お洒落の「お」の字もない暮らしだった。
まぁ、生活に追われていたのだから、それも致し方なしだが、娘のあたしたちから手が離れてからもその性格は変わらず、服は「着られれば良い」的な考え方。
旅行の時は、お洒落好きな父が母の服を選んでいたし、バッグやハンカチの用意も父の仕事で、美代さんが何かを準備することなど一切なかった。

そんな母親を観ていたら娘はどうなるか。
絶対美代さんのようにはならない!心に深く決めていた。
あたしのお洒落好きは完全に父親似。

母を嫌っているあたしでも、外出時にはそれなりの恰好をさせていたし、今現在も、どこに出ても恥ずかしくない服装をさせている。
美容室でも、パーマをかけカラーやヘアーマニキュアもさせている。
それなのに「親のことは何もしない娘」と、言われてしまった。
ショック!愕然とした・・・。

認知症老人は考えない。観たまま聞いたままを口にする。
こう考えると、このショックは更なるショックだ。

1年くらい前なら薄化粧もしていた美代さんだが、それも面倒になりファンデーションを観てもそれが何なのか認識できなくなってきた。
どうせ化粧をしないのなら要らないでしょ!
で、残りも少なくなっていたので、心置きなく捨てた。

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肌着が出ていることも気付きません。
観て見ぬふりの口チャックですが、どうなのでしょうね・・・。

これまで、自慢ではないが誕生日だ・母の日だと、服やバッグのプレゼントもしてきたし、古河で同居するようになってからも、着やすさとお洒落感のある服選びもしてきた。
あたしのしてきたことは、何だったんだろう・・・。

ファンデーションは面倒がるけれど、紅を差すくらいの時間はあるね。
口紅を買おうか・・・

汚名返上とまでは言わないけれど、娘らしいこともしていることを解ってもらいたい。
でも、こんなことを考えているから、太れないんだろね・・・。

あぁ~、介護って・・・難しい。


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母娘・姉妹が良好で居られるのは・・・なぜ?

昔から母娘仲が悪い・・・と、思っている。
母美代さんには自覚がないようですが。
(カテゴリ 母娘関係&父の想い出に、詳しく記しています)

父が、何でもできたのが、いけなかったのか。
母が、父に頼り過ぎたのが、いけなかったのか。
子ども心にも、よその家とは違うという漠然とした想いがあった。
それは、大人となってからの妹の口からも出ていた。

あたしのむすめ達も言う。

「おかぁって、祖母ちゃんには冷たいものね」

敢えて冷たい態度を取っているわけではない。
知らず知らずのうちに、そういう態度になってしまう。
つっけんどん・・・素っ気ない・・・。
それでいて、ついついムキになる。

40歳の時、やっと親離れ子離れができた・・・はず。
が、色いろとあった。

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たったひとりの妹との仲も、よろしくない。
二人姉妹のあたしたちに、両親は完全に言い切っていた。
長女のあたしは、婿取りをし、家を継ぐ。
妹は、何れは家を出て独立する。

幼い頃から言われ続けてきたこの言葉に、妹は嫉妬していた。
「いいなぁお姉ちゃんは。いつまでも、お父ちゃん・お母ちゃんの傍に居られて」

こんなことを言っていた妹は、高校を卒業後は県南の短大へ進学し、
一人暮らしを始めた。
卒業後は、盛岡市内の保育園に保育士として勤務。
家から車通勤できなくはなかったが、この時もアパートでの一人暮らしを
選択した。

自らひとりを選んだ妹は、その後も、
「お姉ちゃんはいつまでも親元に居て、苦労なしでいいね」

などと、チクリと刺さるようなことを、平然と言ってきた。

40歳で親元を離れたあたしは、生活苦に追われながらも、精神的自由は
あった。
そんなあたしに妹は、
「今後は、関東同士仲良くしましょうね」

今度は、この様に言ってきた。(当時の妹は、埼玉県在住)

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一昨年の9月。
母を引き取ることを決めた時、妹には何の相談もしなかった。
したところで「あたしが引き取るよ」などとは決して言わなかった
だろうから。

暫くしてから報告した際も、
「お姉ちゃんと一緒なら心配いらないね」

・・・はぁ?(≧ヘ≦) ムゥ、勝手な事を言ってるヮ・・・

3年前に、夫の転勤で神戸に移り住み、今年の春には大阪へと転居した妹。
妹からの、母へのご機嫌伺いの電話はない。
掛けるのは、いつでも母。子を想う、親心か。

夫婦ふたりの暮らしを、謳歌している妹。
別に・・・いいんですけどね・・・。

妹の子供たちは、東京と大宮で暮らしている。
会えない距離でもないのに、それこそ、ただの一度も連絡をくれない。
名前・顔を忘れてしまう前に、一度くらい顔見せに来てもいいじゃない。
外孫として生まれた、姪・甥。
それこそ、面倒くさいか・・・。

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超スローペース・ミリ単位での進行の美代さん。
ま、まだまだ大丈夫とは思いますけれど、少々愚痴ってみましたヮ。

一緒に住んでいる者にしか分からないことって、沢山あるのですよ。
そして、一緒に住んでいても、解らないことがあるんです。

離れていたら・・・何が分かるのでしょうね。

親子・兄弟姉妹についてのコメントを頂けたなら、幸いです。


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母親の手を握りたくない・・・なぜ?それは・・・。

運転中、たぶん親子であろ老母と娘を観た。
歩道の無い道路。
娘は車道側を歩き、母親の手を握り、車に注意していることが窺われた。

あたしは美代さんの手を握ることができない。
でも、どうしてもという時もある。
そんな時は、嫌々・・・本当に嫌々ながらに手を差し出す。

幼い頃から母親と手を握って歩いた記憶が無い。
親子で出かけるときは、父親がサッと手を出してくれた。
その手は大きく温かかった。
そう、どんなシーンでも我が家は父親の色が濃い。

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先月の帰省時に、この悩み?についてを次女に相談した。
次女サキが言うには、
「同性同士ではそんなものだって。本来手を握るという行為は男女間のことで、友達に、男の子と女の子のこどもがいるんだけど、お兄ちゃんの手は握れるけど、妹の手はあまり握りたくないって言ってたよ。おかぁが、ばあちゃんの手を握りたくないのは、特別おかしなことじゃないと思うよ」

むすめ達が幼い頃は、普通に手を握り買い物などに出かけていた。
まぁ、大人になってからは流石に手を握ることはなかったような・・・。

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どうしても手を差し伸べてほしいと懇願され、仕方なくのときがある。
でも、その後に一言。
「あのね、あたしが手を貸さないのは、美代さんがちゃんと一人で歩くことができるようにだよ。いちいち手を貸していたら、それに頼ってしまうでしょ?そしたら美代さん一人で歩けなくなるよ」

「そだなぁ・・・おめの言う通りだなぁ」
もっともらしい文句に、美代さんは頷く。
本当の理由を知ったら何と言うだろ・・・まぁ、言うことはありませんが。

なぜこんなにも嫌なのか・・・自分でもわからないのです。
嫌悪感・・・とまでは言いませんが、手以外でしたら普通に触れるのです。
いつぞやは、手を貸してくれと言われ、あたしの手首を握るようにさせました。
体勢的にもその方が楽でしたから。

つくづく冷たい娘と実感しています。
この先、何かが起こったら、真っ先に非難されるのはあたし。
でも、何をどの様に言われても、母の介護をしているのは誰でもないあたしなのです。

今日は週一のデイサービス。
迎えの時間は9時半~9時50分の間と決まっているので、デイケア日よりもゆっくりとしていました。

ピンポ~ンと、鳴ったのは9時10分。
薬を飲み終わり、口濯ぎの前。
急いで洗面所へ、そしてトイレへ。
「困った・・・ウンチ出そうだ」

・・・こんな時に限って。でも、時間通りならまだ20分もあるものね・・・

迎えのスタッフさんは、オジサン。
たぶん、パートなのでしょう。見た目年齢70歳前後。
今日が初めてと仰っい、道路が空いて信号待ちもなく来られたと。
そして、母のあとにお二人の元へ向かうと。

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乗車時間が長いことを愚痴っていた美代さん。
上着に袖を通させ・メガネをかけてあげ、
「よろしくお願いします」

そう言えば、前回の迎えも男性でした。
その時も美代さんはニコニコ顔。
幾つになっても異性を感じることは善いことです。

同性の・・・らしくない母親の手を握る。
いつかは、この気持ちから解放される日が来るのでしょうか。

母親に似ている・・・一番言われたくない、ことば。

先日のデイサービス・担当者会議でのひとこま。

「娘さんは、お母様に似てらっしゃいますね」

「えっ!?」

一番言われたくない、ことばです。

何が似ているの?
顔?
仕草?
言葉?

たぶん・・・顔だろう。
美代さんとあたしの顔。
と~っても、嫌なのですが、骨格・・・作りが似ています。

あたしは母親が嫌いです。
何が嫌いか・・・。
そうね・・・一番は、らしくないところ。
そして、考え方。

率直に言えば、母親らしくない。
幼い頃から、女親としてのことを、何一つしてもらわなかった。
何一つ・・・は、語弊があるか・・・。

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この人は本当に女なんだろうか?
と、思うこともあった。
確かに得手不得手はあるだろう。
男でも女でも、得意分野はある。
夫婦がお互いの得意とすることをすれば良い。

わが家は、それで成り立っていたのだろう。
でも、幼心に「あたしが母親になったら、髪を結ったり・お弁当を作ったり・服選びなども一緒にでかける。そんな母親になる」そう、思い込んでいた。

初めて母親と服選びをしたのは、高校卒業時。
勤め先に着ていく服を買いに、盛岡市内の当時のダイエーへ。

ファッションに疎い母は、何のアドバイスもくれず、あたしが選んだ服の代金を支払ってくれただけ。
今思うと、随分とオバサンくさい服を選んだものだと、笑ってしまう。

いつだったか・・・訊いたことがある。
「ねぇ、美代さんは間違って女に生まれたんじゃない?」

「・・・そうがもしれね」

「次に生まれるときは、男に生まれるのよ」

「そだ。オレは女が嫌がるごどは絶対にしね」

女が嫌がることとは・・・。
ドラマで、女性が襲われているシーンや、抱擁シーンが映ると、美代さんはTVに向かって声を張り上げる。
「ほれ、早ぐにげろ」「そったなごど、するな。気もぢ悪」

美代さんは、男女の営みを毛嫌いします。
(娘二人を産んでおきながら・・・)
そして、父のように酒・タバコはせず、家事全般や家の中の細かい修理・修繕ができるのは当たり前の考えで、ずっと父に守られて生きてきたのです(日曜大工も得意でした)

それでも、母なりの言い分があります。
父は華奢でした(あたしから、観ても)
体力もなく、力仕事は得意ではなかったそうです。
(母の見解、あたしはそうは思っていませんが)
必然的に、夫婦の担当分野が決まったと、言います。

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母の様にはなりたくない。
ずっと、頭の中にありました。

顔が似るのは、親子だから仕方がない。
でも、生き方まで似たくはない。
20歳で出産、48歳で夫を看取り、他人(ひと)より少し早めの人生経験で、これからは自由だ~。と、思っていたら親の介護。

長生きの太鼓判を押された美代さん。
この先の時間を上手に使わなければ、あたしが参ってしまう。

あたしは、美代さんに似たくは・・・ない。




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もしかしてプレ更年期障害?親と娘の狭間で、神経もつの?

「みんな死ねばいいのに」

次女サキから、ライン電話。
昨夜、長女のユカが「みんな死ねばいいのに」と、言いながら帰ってきたそうです。
2~3日前にも、ユカのことであれこれと相談を受けました。

実家には、あたしの長女・次女・次女の夫・ハヤブサくんの4人が暮らしています。
長女は独身。
職場の部署替えで最近特にイライラが激しいと、愚痴の内容でした。
家のことを何もしてくれないのは、前からだけど、最近は口調も荒く棘のある言い方で、傍に寄るのも怖く、言葉も選びながらの、腫れ物に触るような状態で接していると。
そして、体重増加で、体調の変化に因るものかもと、次女は検索してみたらしいのです。
その結果が「プレ更年期」
30代後半から40代前半にかけて起こる更年期の症状。

「そう言えば、おかぁって更年期なかったよね?」

そうなんです。
俗にいう「更年期障害」と言われる症状は、あたしにはありませんでした。が、もしかしたらあれがそうだったのかも・・・と思えることはありました。まぁ、それもさして気にするほどでもなく済みましたけど。

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長女は誕生日を迎えて39歳。
閉経までの長さを考えると、我が娘ながら同情します。

このプレ更年期も、薬で緩和できるらしいのですが、肝心の本人がそれを認めるかが問題で、簡単には話しを持ち出すこともできないのです。

「今のおねぇは怖いから、祖母ちゃんに対して優しくしないと、爆弾が落ちるかもよ。気をつけてよ!」

長女は初孫で、美代さんが一番可愛いと公言しています。
ユカも、それを察しているようで、美代さんにはとても優しく、少々きつい言葉で接するあたしを、毎回叱ってきます。

「そっかぁ・・・できるかねぇ。いやぁ・・・難しいねぇ」

「おかぁ、頑張ってよ!」

「うぅ~、やってみるけど・・・」

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今週末21日、岩手へ帰省。
宇都宮駅でユカとの待ち合わせを心待ちにしている美代さん。
プレ更年期かもしれない、そしてイライラしているらしいと伝えましたが、10分後には、
「さっきのユカのごど、何はなしたっけ?」

大丈夫。ユカはあなたには優しから。
そう、問題はあたし。
いかに、あなたに優しくできるか。

親にも娘にも気遣わなければならない状況がやってくる。
あ~ぁ、大変だヮ。


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プロフィール
こんにちは、にゃんズの母と申します。 2001年、念願の実家脱出に成功。 2009年、最愛?の夫と死別。 以後、気ままな一人暮らし。 2017年、軽度認知症の母との生活が始まり、 介護と思しきバトルの日々でございます。 動物大好き、特に猫。 酒とお洒落を愛する、普通?の「おんな」でございます。
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