にゃんズの母

「老猫。桐ちゃん16歳、青(せい)くん13歳」「あたし。お洒落大好きアラ還暦」「母。86歳、方言と訛り×軽度認知症」 ねこ、お洒落、母の認知症と日々のあれこれについてを綴っています。 泣いて笑って、ケンカして、人生一度きり。前向きに生きるためのブログ。

母娘関係

夫婦の価値観とは?その子どもの価値観は・・・。

母美代さんの母親(あたしの祖母)は48歳、病気にて他界。

舅・姑さんの介護経験の無い美代さんですが、この母親の看護はしていた。
病室の母親のベッドの脇に、蓆(むしろ)を敷きボロ布を掛けての寝泊まりでの看護。(60年以上前の貧乏が故の時代)

下の世話をしていたのかを訊いてみました。
寝たきりの母親ではあったが、まだ若くおむつではなく、おまるを充てていたと。これは下の世話をしていたということになるのでしょうね。

48歳の母親は、年の若い娘に世話を受けることを、どの様に感じていたのでしょう。
あたしだったら・・・辛い・情けない・そして申し訳ない、でしょうか。
世話をしていた母の気持ちは、親だから自分しか看て上げられないからしょうがない・・・だったようです。(他の姉妹は嫁いだり、幼少だったり)

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先日の次女との電話で、
美代さんの入浴時に、陰部やお尻の洗浄をしていることを告げると、
「ひぇ~、そこまでしてるの?おかぁ、すごいね・・・」と。
(皆様も当然のように、やっていらっしゃるのでしょうね)

少しでも熱いと「あつい」温いと「ぬるい」いちいち文句がでる美代さん。
我慢をする。ということができなものなのでしょうか・・・。

お風呂上りに仁王立ちになり、前・後ろの隅々を拭いてもらうことを、どの様に思っているの訊いてみたところ、自分の手が届くところは自分で拭くと言いながらも、身体が硬くなり自由が利かなくなってきているので、結局はあたし任せ。

この母親を観ているとつくづく思います。
・・・この人のようにはなりたくない・・・

父方の祖母が亡くなったのは、あたしが12歳のとき。
(祖母の世話は父がしていた)
そのとき美代さんは39歳。以後、舅・姑さんとは無縁。

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両親が定年後は、二人で色いろな場所へ旅行に出かけていました。
その際の旅支度など一切をしていたのは全て父。
そういうことが好きだった父の傍で何をすることもなく、自分のバッグの中身だけを用意すればよかった母。
そのバッグでさえ、父から「こっちの方がいいよ」と、アドバイスを受けていたのです。

「じっちゃんはそういう細々どしたごどが好ぎな人だった。オレは何もしなくてもよがった」

母は、美代さんは、この父と出会わなかったら、どのような人生を送っていたのか・・・?
でも思う、父任せの人生だったから今になって苦労しているんじゃないの?
「美代さんが家庭のこと・女としてのことができないのはじっちゃんのせいだね?じっちゃんのこと悪く言いたくないけど、ときどき恨み言葉が出るよ・・・」

「そうでね、じっちゃんは何も悪ぐね。なんでもやってもらった。悪いのは何もでぎながったオレだ」

なんでもやってもらっていた父が認知症となったときに、邪険にしていたのは誰だった?


ケアマネさんが仰っていました。
「旅行などのときは、ショートステイというのがありますよ。2~3日の旅行ならお母様を預けられますよ」

長い距離の歩行は無理。
ならば車椅子?
いいへ、お留守番でしょ!
あたしなどより、はるかに旅行歴が多いのですから、
今更行きたいところもないでしょ。
ショートステイ、使わせて頂きたいですね。

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あたしが母を嫌う理由。
それは根っこの部分にある、幼少時から母親らしいことを何もしてもらえなかったこと。
そして、父の葬儀の際の母の気ままな振舞いにあります。

母娘(美代さんとあたし)関係について Ⅰ
http://aya1205k.xyz/archives/8051578.html

亡き父を想うⅠ ~突然の訃報~

http://aya1205k.xyz/archives/10001874.html

長文、乱文。
お読み頂き、ありがとうございました。


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子どもにとって、親とはどのような存在なのか・・・。

25日・月曜日、次女からライン電話あり。
ピピピピぴぴ・ピピぴン♬(ぴ・ぷ・ぽ、どれが正解音?)

あたしには、娘がふたりいる。
長女のユカと次女のサキ。

次女のサキは、13年間勤めていた歯科医院の退職を決め、新たな医院の面接を受けていた。
「仕事、決まったよ!」

「前に言ってたとこ?おめでとう」

詳しいことはこちらに記しております。
宜しかったら、お入りください。
http://aya1205k.xyz/archives/15986936.html


面接前に、院長夫人から事前説明のような電話が入り、その電話が一時審査のようだったと話していたが、職場見学も含めての正式な面接を受けて決まったようだ。

新しい職場の様子や動線についての不安などを、細かに話してくる次女。
ときどき笑いありの会話は、楽しさがある。

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一通りの会話の後、
「あ、お墓から花を持って来るのを忘れた」

お彼岸のお墓参りをしてくれた際に、花を持ち帰るのを忘れたとのこと。
「行ってくれたんだね、ありがとう。ところで、28日は〇〇さんの命日だよ」(夫の名前)

「わかってるよ」

(あたしたち夫婦は、次女が中学を卒業以降お互いを名前で呼ぶようにした)

本来であれば、跡取りで長女のあたしが出向いての、お墓参りをするのが筋であろうが、母美代さんを連れての帰省は簡単ではなく、むすめ達に任せてしまっている。
そしてそれは、あたしから頼んだわけでもなく、彼女らが自発的に行ってくれることを、ありがたく思っている。

夫が亡くなった時、長女28歳・次女23歳。

長女が20歳のとき、あたしたち夫婦は岩手を離れ、5年後に次女があたしたちの元から離れた。
ふたり共、夫と暮らしたのは20年間のみ。
むすめ達にとっての夫は、どんな存在であったのか・・・。

夫がどの様な人間であったかは、過去のブログに何度か記しています。
良くも悪くも、家族にとってはまぁまぁいい加減な人でしたが、職場では、上司からは勿論後輩からも慕われていたことを、娘たちは知らないままでいます。


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実家を離れ19年目。
「おかぁ、こっちに戻ってくる気ないでしょ?!」

「オリンピックを観たいから、それまでは古河にいるよ・・・」

「ふ~ん・・・」

あたしの心を見透かしているような感じです。

あたしも夫同様に、いい加減な母親なのかもしれません。
それでも、何かがあったら・・・いざとなったら一番の良き理解者で在りたい。

大人となった娘たちにとって、あたしの存在は・・・。
自信を持って言えること、それは、
わがままな生き方をする、勝手なおんな。

そんな、勝手なおんなである母親を、帰省時には普通に受け入れてくれる娘たちに、感謝しています。


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退職するきっかけは、必ずある。受け入れるか否かは自分次第。

昨日午後、次女から電話がありました。

彼女は歯科衛生士。
埼玉にある専門学校を卒業後、あたしと夫の元を離れ、実家での生活を
選択。

自宅から自動車通勤で40~50分ほどの所にある歯科医院に勤務して、
13年になる。
休診日は火曜日・祝日。
土曜日は5時まで、日曜日は昼抜きで2時まで。

独身の頃、休みの日が友人と合わず、女子会もなかなかできないとぼやいていた。
結婚し、子供が生まれ、1歳を過ぎた頃から保育園に預けた。(怪獣くん)

風を引きやすい怪獣くんは、しょっちゅう熱を出し、その度に迎えに行く。
休診日が日曜ではないので、園での催しのある日などは欠勤となってしまう。

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昨年秋ごろから辞めたいとの相談があり、一度の人生なのだから誰のためでもなく、自分の心に忠実になることを勧めた。

院長先生始め職場の同僚さんからも、引き留めの言葉があり揺らいでいたようだが、何だかだのやり取りが何度もあり、結果この20日で退職することになったらしい。

職場の雰囲気は、あるときまでは好きだったらしいが、人は「何かのきっかけで、もう無理」となることがある。
次女も、その「きっかけ」があっての決断に至ったようだ。

姉妹でも、性格の違いはあるもので、長女からの仕事の相談を受けたことはない。
彼女は誰に相談しているのか?それとも相談をすることもなくこれまでに至ったのか?
職場での仕事内容については聴いているし、悩みごともあったようだが、結局は自身の中で消化してしまうようだ。

あたしはというと。
これまでの人生で、母美代さんに仕事の相談をしたこことはない。
たぶん、してもアドバイスにならないと解っていたから。

と、すると、長女も同じようにあたしのアドバイスを期待していないから・・・?なのか。
まぁ、何にしても最終決断は自分がするのだから、誰のせいにすることでもないわけで。
次女の決断も、今はその様に流れているのだと思う。

次女は、
「新しいとこが、今のとこより悪かったら、辞めたこと後悔することになる・・・」

と、言っていたが、
母親(一応)のあたしが言ったことは、
「そんなこと今から言ってもしょうがないでしょ。それに今の所にいたら他の所を含め善し悪しが判らないでしょ。一度出てみると、色いろなことが見えてくるものよ」


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次女は33歳。
ちょうど、あたしが夫の仕事の手伝いの為に、勤めに区切りをつけた年齢と同じ。

当時はあたしもその会社で悩んでいたことがあり、きっかけは夫の手伝いではあったが、そうなる運命だったようにも思う。
辞める際、東京本社に居る専務から、
「△△さんに辞められると困るんだよね・・・」

みたいなことを言われたが、そんなこと知ったことではない。
会社は、あたし一人がいなくてもどうにでもなるのだ。
ちゃんと回るのだ。

次女にも同じことを伝えた。
「そうだよね~」

吹っ切れたらしいが、
新しい所が嫌になったら、いつでも戻って来てね。〇〇ちゃんならいつでも歓迎だよ。
と、言われているらしく、
仮にそうなったとしても、それが次女の運命なのだと思う。

立つ鳥跡を濁さずのことわざもある。
あと2週間、
無難に過ごすことを願っています。


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若くして親元を離れた妹の人生。

認知症に限らず親の介護をされている息子・娘さんは、基本的に優しい・・・?のでしょうね。

何故、?なのかと申しますと、あたしもこの介護をしている娘の一人ではありますが、あたし自身は決して優しいとは思っておらず、言葉は悪いのですが「しかたなく・・・」の想いが強いからです。

あたしは二人姉妹の長女として生まれ、幼い頃から「家を継ぐ」跡取りとして育てられた。
3歳違いの妹は、
「お姉ちゃんはいいね、ずっとお父ちゃんやお母ちゃんの傍にいられて」と言っていた頃があり、その当時はそれが当然なのだと思いながら生きてきた。


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妹は高校卒業後、短大に進学し保育士の資格を取り、卒業後は家には戻らず盛岡市内にアパートを借り、保育士として独り暮らしを始めた。

車通勤が出来ない距離ではなかったが、婿取りのあたしが結婚し、あたしたち夫婦と一緒の生活が嫌だったのだろう。

18歳で親元を離れ、短大卒業後は、生活面など全てを一人でこなしていた妹には頭が上がらなかったのは事実だが、その代わり家の事に関しては一切手を貸してくれることもなかった。


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二人兄弟の長男に嫁ぐ日、妹に言われた。
「お姉ちゃん、お父ちゃんとお母ちゃんのこと、お願いします」

今更?と思ったことを憶えている。

長男に嫁ぎ、夫の仕事の関係で埼玉に居を構えた二人。

妹の婚家のご両親は既に他界している。
人生の後半は二人とも認知症となり、共に施設での生活だったと聞くが、お姑さんが60代で若年性認知症となり、お舅さんが一人で介護されていたようだ。
10年前、父が亡くなった際には、葬儀にも参列頂いたが、そのときのお姑さんは、自分の息子の顔も覚えていない様子だった。
しばらくして、お舅さんも認知症を発症。
凶暴性のある症状の為お母様と同じ施設には入居できず、精神病院に入ったと聞いている。

長男に嫁いだ妹は、義両親と同居することもなく、また介護の経験もなく生きている。
夫の転勤で神戸での暮らしを楽しんでいる妹。

母美代さんの認知症をどれほどに思っているのか、御機嫌伺の電話をくれることもない。
それでも娘の声を聴きたくて美代さんから電話をかけることもあり、
「たまにはそっちからくれ」と言う母に対して、

「電話代がかかるから、ばあちゃんからちょうだい」
と言ってくる。


こういう人生もあるのだね・・・。



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真冬のお葬式の辛さから出た言葉「生きてて良かった」

昨日のブログに遅く起きた母の様子を載せている。

その中で、「生きてて良かった」とあたしの想いを綴っているが、これには理由がある。
あたしは母美代さんが嫌いだ。
何が嫌いか・・・考え方・生きる姿勢・・・とでも言いますか。

世の中には色々な親子の姿があるだろう。
両親が大好き・・・。
いや、大嫌い・・・。

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自らを「カネ意地が汚い」と申すように、事、お金のこととなると凄まじい。
さっきまでボケ発言をしていたかと思えば、一瞬で目の輝きが違ってくる。

オレオレ詐欺や、最近ではネット詐欺など金銭に関する事件が多発しているようだが、ニュースやワイドショーを観ながら、
「なんで騙されるんだが?!自分のカネのごど他人にまがせるバガ、どごにいるってよ!」

そして、自分は絶対に騙されないと豪語している。

コツコツと溜めてきた母のお陰で、現在の生活があることにあたしは感謝している。これは好きとか嫌いとかの問題ではなく、お金に対する底意地の深さで生きてきた母への尊敬の念からだ。

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※ 母を嫌う理由は「母娘関係」の中で何度か記していますので、詳しくお知りになりたい方は覗いてみてくださいませ。

10年前の2月1日。
79歳の誕生日にあの世とやらへ旅立った父。

日本の冬は1月から2月末までが一番寒い。と、あたしは思っている。
冬のお葬式・・・朝晩は氷点下の気温。日中でも真冬日がある時期のお葬式を経験したあたしは、親族のお葬式は出来ることなら真冬には出ないでほしい、と願った。

ま、こればかりは願ったところでどうすることもできなことは、重々承知。それでも、この時期になると心の中が騒めく。
回忌法要。1周忌・3回忌・7回忌と寒い中での法要。
その度に、
「冬には死なないようにしたいね・・・」

むすめ達とつぶやいてきた。

母美代さんは言う。
「おめに、めいわぐばがりかげで、申しわげね・・・、死にて」(もう)

食事を忘れることのない美代さんに、毎回言うことは同じ、
「だったら、ご飯食べなきゃいいでしょ!」

「そったなごどいっても、食べたぐなる・・・。わがった、言わね・・・」

この後、本気で絶食したらあんたどうするの?と真剣に問いかけている自分がいることも確か。

迷惑・・・美代さんはあたしに迷惑をかけていると思っているようだ。
そのくせ、言いたいことはバシバシ言ってくる。
あたしの助言などは「聞く耳持たずの姿勢」で、我が道をまっしぐら。
確かにまだらボケではあるが、前述のお金のことのように、感心事があるときは頭の中が冴え、うんちくのオンパレードになるときがある。

まだまだお迎えは来ないようだが、「生きてて良かった」の真意は、
真冬のお葬式の辛さから出た愚痴。母を案じて出た言葉には非ず。
が正解なのです。

亡くなった方を偲ぶ気持ちは、持ち合わせたいものです。


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プロフィール
こんにちは、にゃんズの母と申します。 2001年、念願の実家脱出に成功。 2009年、最愛?の夫と死別。 以後、気ままな一人暮らし。 2017年、軽度認知症の母との生活が始まり、 介護と思しきバトルの日々でございます。 動物大好き、特に猫。 酒とお洒落を愛する、普通?の「おんな」でございます。
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