にゃんズの母

「老猫、桐ちゃん18歳、青(せい)くん15歳」「あたし、お洒落大好き還暦」「母、87歳。方言と訛り×認知症要介護3」 ねこ、お洒落、母の認知症と日々のあれこれについてを綴っています。 泣いて笑って、ケンカして、人生一度きり。前向きに生きるためのブログ。

母娘関係

自分の人生・終焉を考える 自分らしく生きるとは?

2021.1.3.(日)

新年も、もう3日ですねぇ。
午後1時半過ぎの宇都宮線に乗った長女のユカ。
大宮から、東北新幹線で一路盛岡へ。

「4日間て、あっという間だね~、ありがとう」

こう言って帰っていきました。

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今朝、美代さんとは簡単にサヨナラをしていました。
又来るからね。という、言葉に美代さんは「寂しくなるな・・・」と。
5月の連休には、あたしの方が岩手に帰省する予定です。
その時、美代さんを連れて行くかショートステイにお願いするかは、まだ決めていませんが。

介護度が3になったら、特別養護老人ホームに入れることは、以前から話していましたが、住んでいる古河地区にするか実家の町近辺にするかは、まだ迷っています。
ユカはあたし次第と言っていますが、当然ですよね。

この街に今後も住み続けるのか、実家に戻るのかを決めかねています。
春以降は次女親子は実家を出、新居に引越しの予定です。
そうなると、実家には独身のユカのみになるわけで、本人はそれでも不安はないと言います。

現在40歳の長女は実家を離れたことがなく、当然一人暮らしの経験もありません。
家事などは次女がしているので、家庭的な女でもありません。
それでも何とかなると言い、何れはあたしが実家に戻って来るものと思っていたと言われましたが、「あくまでもおかぁ次第だよ」とも、言います。

夫が亡くなり、それでも一人暮らしを選択したのは、田舎の風習(しがらみ)や寒さ・雪深さが嫌だったから。
コロナ禍の中で、特養の見学も簡単にはいかず、いつ入所に繋がるかも分らない現状で、自分のこれからも考えなければなりません。

日頃から、人生は一度限りと載せています。
自分らしく生きるには、どこで・どんな風に暮らせば良いのか。

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むすめ達は大人。
あたしも、いつかは美代さんのようになるかもしれない。
その時に、果たしてむすめ達があたしの介護をするのか。
以前、嫁いだ次女が言っていました。

「あたしはおかぁの面倒は看ないよ。自分の事は自分でしてね」

長生きするなら健康で。
若しくは、ある日突然ピンピンコロリであの世行き。
あたしには、この二つの選択肢しかないようです。

自分の人生を生きるための最善策ですが、答えが出るまでにはもう暫くかかりそうです。


クリスマスプレゼント 本当に必要なもの?

母美代さんの手は、昔から冷たかった。
真冬の岩手の凍えるような日でも、手袋をしている姿を見たことがなかった。
足が冷たいと言い、靴下の重ね履きはしていたが、薄氷の張った漬物樽に手を入れても「手が冷たい」と、言うことなどなかった。

そんな美代さんでも立派な皮の手袋を持っている。
自分で買ったのか、誰かにもらったのかは、あたしは知らない。
でも、その手袋をしている姿も見たことがない。

宝の持ち腐れ・・・とまでは言わないが、どうせしないのなら、あたしに頂戴と言うと、二つ返事で「いいよ」
これは、一昨年のことだったと思う。


最近になり「手が冷たい」と言い出すようになった。
家で過ごす日は、デイケアから頂いたハンドウォーマーをしている。
一昨日だったか、手が冷たいのでこのままこれをして寝たいと言い出した。
動きが取れなくなって危ないからと止めさせたが、余程の想いだったのかもしれない。

今日はクリスマスイブ。
子どもの頃、亡き父が生?のもみの木をどこぞから調達してきて、雪に見立てた真綿や電飾・オーナメントを、父と妹のソノコと飾り付けていた。

その飾り付けに美代さんが参加することはなかった。
美代さんは、イベントごとには興味がなく、お洒落やファッション的なことにも疎く、飾り付けなどにも興味を示すことはなかった。

クリスマスプレゼントはいつも父から(サンタさんだけど、置いといて)
美代さんから貰ったことはない。

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先週、デイサの送迎車に乗る際に、先に乗っていたNさんが、乗り込もうとした美代さんの手を引っ張ってくれ、その時発した言葉が、

「なんて冷たい手なの!寒くないの?」

「・・・・・」

あたしは面目が立たなかった。
親の冷たい手を承知で放っていたが、それをNさんに指摘されたように思った。

美代さんは手袋をしたいとか、欲しいとは言わない。
あたしにくれた手袋のことも、既に忘れているのだろう。
今日は手袋を渡した。
あたしが持っていたアクリル毛糸の手袋。
それを観た美代さんは、

「布の手袋が?」

「毛糸だよ」

渡された手袋だが、指をきちんと入れることができなかった。
むすめ達が幼かった頃、やはり5本の指を入れることができずに、人差し指と中指を一緒に入れることがあったが、そんな状態だった。

「あぁ~もう、違うでしょ。ちゃんと1本ずつ入れて」

土方仕事や農作業で、軍手やゴム手袋の経験はあっても、防寒用の手袋の経験はない?でも、いったい何が違うのだろう。
これは手袋の経験ではなくて、単なる認知機能の低下なのかな。

靴下を履くのは毎日のことなので忘れないけれど、手袋は冬だけのこと。
ましてや普段からすることのなかった美代さんだ。
致し方なしなのかもしれない。

クリスマスプレゼントに、手袋を買うつもりでいる。
中が起毛になっているような、暖かな手袋を探してみよう。

デイサから帰って来るのは、夕方の4時過ぎ。
このブログを書き終えたら、買い物へ。
そうだ、ケーキも買わなきゃ。

そのケーキも、特別好きな訳ではないから、スイーツコーナーにあるような小さなもので十分だけれど、まぁ、気持の問題としてね。

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コロナ禍の中でのクリスマス。
おとなしく控えめに、ですね。


逆帰省・・・?感染のリスクと認知症患者

昨日、歯科衛生士をしている次女のサキからライン電話が入った。

年末帰省をしないことにしていたが、ならば、自分たちがそっちに行こうか?と、言ってくれた。
新幹線チケットが、今なら通常よりも安くなるらしい。
関東に来ることで、住んでいる街の第1号にだけはなりたくないと言いつつも、もう少し考えてみるけれど・・・と。

実家は岩手の県北(けんぽく)にある。
最近は、岩手でもコロナ感染が止まらない。


次女の話。
口の中を看るあたしたちが、一番感染リスクがある。
勤め先がある盛岡市内の歯科医院でも、数か所に感染者が出、閉鎖になっているところがある。
院長先生のお嬢さんが通う高校でも感染者が出たらしく、院長先生家族はPCR検査を受けたが、幸いにも、陰性だった。
このことを受け、先輩同僚は自費でPCR検査を受けた。


「おかぁは買い物にも行っているんでしょ?そこで感染者が出たりしてるの?」

この街のスーパーから感染者は出てはいないが、何処に居てもコロナは付きまとう。
感染するのが嫌なら、誰とも接触せずに巣籠生活をすれば、何とかなるのかもしれないが、さすがに生きていくためにはそうも行かないだろう。
ワクチン効果に匹敵するというマスクをしっかりと着け、なるべく話さず3密を控え距離を置くことで、いくらかの回避にはなる。それを心掛けての行動が大事なのかもしれない。

娘の歯科医院ではマスクは勿論のこと、フェイスシールドも着けているそうだ。

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話は、認知症のことに移り。
サキの医院にも認知症のおばあさんが、治療に来ていると。
そのおばあさんは、一見とても認知症患者には見えず歩行もしっかりとしていると。
だが、記憶に関しては1秒も保たず、これから~~をします・・・と、言った次の瞬間には同じことの繰り返しの会話が延々と続いてしまうらしい。
精神的に疲れると言っていた。

介護をしているのは娘さんのようだが、母親と衛生士の会話を傍で聞いていても、ニコニコしているだけで、一向に気にかけていないようだと。
それでも、判らない治療や納得が行かないことに対しては、しっかりと訊いて来るそうで、母親に対してだけの態度のようだと。

在宅介護をしている方々の体型については判らないが、少なくともあたしは母と暮らすようになり体重は減り、年中しかめっ面をしているので、表情シワも深くなってきている。
その娘さんは、サキの表現として:太っている:のだそう。

「体質や性格的なこともあるのかもしれないないけど、おかぁもあたしも、無理だよね・・・」

そう、サキもあたしも目に付いてしまうと、黙って居られない。
(美代さんについて)
ついつい、ああだ・こうだと言ってしまう。
長女のユカのように「あ、そ~」と、流すことができない。

介護は、まだまだこれからも続く。
苛立ちを抑え、ニコニコ顔で居られたら・・・とは思うけれど、それも簡単ではなく自滅しそうになる。

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PS
今朝、着替え中の美代さんが、

「ゆうべ、誰が来てらったな」

「誰か来ていたの?誰だったの?」

「妹だな」

「あなたの妹は誰?」

「ミッコだ・・・」

美代さんの妹は、ミッコさん・ヨッコさん・ナッコさんの3人。
ミッコだ・・・と言ったその後に「違う・・・誰だがわがらね・・・」

夢だったのか、幻覚の症状だったのか。
少しずつ、流すことを実行している、あたしです。


結婚の報告に来ない孫娘・・・顔、忘れちゃうよ!

訂正します。
昨日のブログで、次女サキが結婚したのは6年前と記していますが、5年前の間違いでした。
日記友「だーすけ」様のコメントで気付くことができました。

そうです。
5年前、次女は結婚式を沖縄で挙げています。
出席者は双方の家族のみ。
新郎側、父親・母親・新郎の弟。
新婦側、祖母・母親・新婦の姉。
計、8人でのお式。

次女は、授かり婚でした。(昔のでき婚と同じ)
切迫早産の疑いがあり、体調を考えて、お式は出産後に生まれてきた子どもと一緒でも良いのではないかとアドバイスしたのですが、産後は忙しくなり式を挙げられるか判らないので、少しくらい身体が辛くても今が良い。
この判断で、5年前の9月に新婚旅行・家族旅行含め沖縄での挙式となりました。

写真には、式のコーディネーター2名、カメラマン、ウエディング美容師の計4人(全て女性)にも一緒に入って頂き、思い出の1枚となっています。

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   こんな感じの海をバックにした写真になっています
   新郎新婦以外は、両家共アロハシャツで、ハイチーズ

当時はあたしだけが羽田からの出発で、美代さんではありませんが「一人で行けるもん」と、言えるか不安でドキドキでしたね(笑)
飛行機のチケットは娘が手配してくれていたので、後は空港まで無事に行けるかです。
まぁ、やればできるものでちゃんと空港行きのバスのチケット予約もでき、無事に沖縄行きの飛行機に搭乗し、現地のホテルで合流することができました。

(にゃんズはペットホテルを利用。沖縄から帰り暫くして、切迫早産の危険があり、出産少し前まで入院することになりました)

前置きが、と~~~っても長くなりましたが、沖縄から帰って来た次女夫婦は、お土産を携え父方(あたしの亡き夫)の祖母宅へ、結婚の報告に行っています。
あたしがそうするように言った訳でもなく、挨拶に行くのが当然との次女夫婦の考えの様でした。
因みに、新郎側の親戚宅にもご挨拶と報告に行っています。

妹・ソノコの長女ミホは、美代さんに報告に来るのでしょうか。
それとも、電話1本で済ますのでしょうか。

美代さんは、ミホの顔も忘れかけています。
3年前に送られてきた写真を見せたのですが、

「これがミホが・・・なんだが違うわらすみたいだな」(童子)

短気の記憶は持続しなくなり、同じことを何度も訊いてきます。
昨日、写真を観たことを、果たして憶えているのか・・・。
見せたら、また同じことを言いそうです(苦笑)

今日はデイサ日。
一昨日・木曜日も行っていますが、

「初めで行ぐどごだ」

それでいて、こんなことも言います。

「あの家には、いろんなおかっちゃんが来てる」(お母さん=利用者)

美代さんの頭の中が、どの様な記憶で構成されているのか判りませんが、ミホの想い出が在るうちに、会いに来てほしいものです。


外孫が結婚した・・・お祝い金はいくらなの?

大阪に住む、妹のソノコからラインメールが入りました。

「コロナ禍の中で、元気に過ごしていますか。
自分は、相変わらずの巣籠生活を送っています。
報告があります。
長女のミホが8月に結婚(入籍のみ)しました。
授かり婚ではなく、式は未定です。
ばあちゃんにも伝えてください。」
と、あった。

あたしはこの内容をすぐに美代さんに教えたました。
「うん、わかった」と、言いつつ。

「ん?10月に結婚したって?」

「8月だよ」

「そが。今は8月だ・・・9月が?」

妹家族は、夫の転勤でソノコは大阪に、長女は仕事の都合で都内に、そして長男のユウキは埼玉の実家に住んでいる。

ソノコからラインが入ったのは、4月の始め以来。
実に5ヶ月ぶりになる。
大阪は、都内に続き感染者が多く出ている地域だけど、生きているのかどうかの連絡もなく過ぎていた。
まぁ、便りがないのは元気な証拠・・・的な考えで、こちらからも連絡を入れることはなかったけれど。

外孫とは言え、一応孫だ。
ミホが生まれた時は、美代さんは一人で新幹線・在来線を乗り継ぎ、埼玉まで産後の手伝いに行っていた。(岩手在住時代)
ユウキが生まれたときもその通りで、その時は2歳違いのミホの子守りも兼ねていた。
この時のことを、鮮明とまでは言わないにしても、ミホをおんぶし知らない街中で子守りをしたものだ・・・と、言っている。

そう言えば、ミホとユウキは何歳になったんだっけ?
ふたりが高校を卒業した辺りから岩手に帰省することがなくなり、最後に会ったのは、2016年の義弟の母親の葬儀でのとき。
その1年後に義弟は父親も亡くしている。
共に、認知症末期での死だった。

ユカ・サキにとっても言えることだけれど、ミホとユウキにとっても美代さんは、最後に残った、たった一人の祖母。

内孫と外孫の違い・・・ではなく、ユカ・サキは生まれた時から祖父母と生活を共にし、じいちゃん・ばあちゃんとの接し方を知っている。
対して、ミホ・ユウキは初めから別居世帯。
義弟方の祖父母とも、盆くらいしか逢うことがなく、当然美代さんにしても同じなので、祖父母を案じるという考えや気持ちも薄いように感じる。

ソノコからは、美代さん宛てにお伺いの電話一本も、ない。
そういう親を観ていたら、その子供達も同じようになるのかなぁ・・・。

あたしの場合は「もっと祖母ちゃんに優しくして!」と、娘たちに言われる通り、堂々と美代さんを嫌っている。
それでも、それなりの介護をしていることは解ってくれているはず(苦笑)

孫娘へのご祝儀・・・さて、いくらが相場?
美代さんに、金額を決めて貰おうとしたけれど「わがらね。おめのいいようにしてけろ」ですって。
検索し、美代さんからの承諾を得て送金することにしたけれど、このご祝儀にしても、あたしの口から出た言葉で、美代さんの頭には全く浮かばなかったよう。

https://www.best-manner.com/manner/wedding/shugi_wed.html

そう言えば、6年前に次女のサキが結婚した際に、妹たちからご祝儀は頂いていない。

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あたしは思う。
ソノコは、美代さんの今の状態を知らない。
それはさておいても、娘が結婚したことは先に母親に報告するのが筋ではないの?
あたしへの連絡は、その後でもよかったのではないの?
まぁねぇ・・・ソノコも美代さんのことを善くは思っていないことは、事実だけれど。

母娘関係は、何歳になっても尾を引く。
この先、ソノコが連絡をくれるのは、いつになることやら。


プロフィール
こんにちは、にゃんズの母と申します。 2001年、念願の実家脱出に成功。 2009年、最愛?の夫と死別。 以後、気ままな一人暮らし。 2017年、軽度認知症の母との生活が始まり、 介護と思しきバトルの日々でございます。 動物大好き、特に猫。 酒とお洒落を愛する、普通?の「おんな」でございます。
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