にゃんズの母

「老猫。桐ちゃん16歳、青(せい)くん14歳」「あたし。お洒落大好きアラ還暦」「母。86歳、方言と訛り×認知症要介護1」 ねこ、お洒落、母の認知症と日々のあれこれについてを綴っています。 泣いて笑って、ケンカして、人生一度きり。前向きに生きるためのブログ。

母娘関係

母親の手を握りたくない・・・なぜ?それは・・・。

運転中、たぶん親子であろ老母と娘を観た。
歩道の無い道路。
娘は車道側を歩き、母親の手を握り、車に注意していることが窺われた。

あたしは美代さんの手を握ることができない。
でも、どうしてもという時もある。
そんな時は、嫌々・・・本当に嫌々ながらに手を差し出す。

幼い頃から母親と手を握って歩いた記憶が無い。
親子で出かけるときは、父親がサッと手を出してくれた。
その手は大きく温かかった。
そう、どんなシーンでも我が家は父親の色が濃い。

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先月の帰省時に、この悩み?についてを次女に相談した。
次女サキが言うには、
「同性同士ではそんなものだって。本来手を握るという行為は男女間のことで、友達に、男の子と女の子のこどもがいるんだけど、お兄ちゃんの手は握れるけど、妹の手はあまり握りたくないって言ってたよ。おかぁが、ばあちゃんの手を握りたくないのは、特別おかしなことじゃないと思うよ」

むすめ達が幼い頃は、普通に手を握り買い物などに出かけていた。
まぁ、大人になってからは流石に手を握ることはなかったような・・・。

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どうしても手を差し伸べてほしいと懇願され、仕方なくのときがある。
でも、その後に一言。
「あのね、あたしが手を貸さないのは、美代さんがちゃんと一人で歩くことができるようにだよ。いちいち手を貸していたら、それに頼ってしまうでしょ?そしたら美代さん一人で歩けなくなるよ」

「そだなぁ・・・おめの言う通りだなぁ」
もっともらしい文句に、美代さんは頷く。
本当の理由を知ったら何と言うだろ・・・まぁ、言うことはありませんが。

なぜこんなにも嫌なのか・・・自分でもわからないのです。
嫌悪感・・・とまでは言いませんが、手以外でしたら普通に触れるのです。
いつぞやは、手を貸してくれと言われ、あたしの手首を握るようにさせました。
体勢的にもその方が楽でしたから。

つくづく冷たい娘と実感しています。
この先、何かが起こったら、真っ先に非難されるのはあたし。
でも、何をどの様に言われても、母の介護をしているのは誰でもないあたしなのです。

今日は週一のデイサービス。
迎えの時間は9時半~9時50分の間と決まっているので、デイケア日よりもゆっくりとしていました。

ピンポ~ンと、鳴ったのは9時10分。
薬を飲み終わり、口濯ぎの前。
急いで洗面所へ、そしてトイレへ。
「困った・・・ウンチ出そうだ」

・・・こんな時に限って。でも、時間通りならまだ20分もあるものね・・・

迎えのスタッフさんは、オジサン。
たぶん、パートなのでしょう。見た目年齢70歳前後。
今日が初めてと仰っい、道路が空いて信号待ちもなく来られたと。
そして、母のあとにお二人の元へ向かうと。

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乗車時間が長いことを愚痴っていた美代さん。
上着に袖を通させ・メガネをかけてあげ、
「よろしくお願いします」

そう言えば、前回の迎えも男性でした。
その時も美代さんはニコニコ顔。
幾つになっても異性を感じることは善いことです。

同性の・・・らしくない母親の手を握る。
いつかは、この気持ちから解放される日が来るのでしょうか。

母親に似ている・・・一番言われたくない、ことば。

先日のデイサービス・担当者会議でのひとこま。

「娘さんは、お母様に似てらっしゃいますね」

「えっ!?」

一番言われたくない、ことばです。

何が似ているの?
顔?
仕草?
言葉?

たぶん・・・顔だろう。
美代さんとあたしの顔。
と~っても、嫌なのですが、骨格・・・作りが似ています。

あたしは母親が嫌いです。
何が嫌いか・・・。
そうね・・・一番は、らしくないところ。
そして、考え方。

率直に言えば、母親らしくない。
幼い頃から、女親としてのことを、何一つしてもらわなかった。
何一つ・・・は、語弊があるか・・・。

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この人は本当に女なんだろうか?
と、思うこともあった。
確かに得手不得手はあるだろう。
男でも女でも、得意分野はある。
夫婦がお互いの得意とすることをすれば良い。

わが家は、それで成り立っていたのだろう。
でも、幼心に「あたしが母親になったら、髪を結ったり・お弁当を作ったり・服選びなども一緒にでかける。そんな母親になる」そう、思い込んでいた。

初めて母親と服選びをしたのは、高校卒業時。
勤め先に着ていく服を買いに、盛岡市内の当時のダイエーへ。

ファッションに疎い母は、何のアドバイスもくれず、あたしが選んだ服の代金を支払ってくれただけ。
今思うと、随分とオバサンくさい服を選んだものだと、笑ってしまう。

いつだったか・・・訊いたことがある。
「ねぇ、美代さんは間違って女に生まれたんじゃない?」

「・・・そうがもしれね」

「次に生まれるときは、男に生まれるのよ」

「そだ。オレは女が嫌がるごどは絶対にしね」

女が嫌がることとは・・・。
ドラマで、女性が襲われているシーンや、抱擁シーンが映ると、美代さんはTVに向かって声を張り上げる。
「ほれ、早ぐにげろ」「そったなごど、するな。気もぢ悪」

美代さんは、男女の営みを毛嫌いします。
(娘二人を産んでおきながら・・・)
そして、父のように酒・タバコはせず、家事全般や家の中の細かい修理・修繕ができるのは当たり前の考えで、ずっと父に守られて生きてきたのです(日曜大工も得意でした)

それでも、母なりの言い分があります。
父は華奢でした(あたしから、観ても)
体力もなく、力仕事は得意ではなかったそうです。
(母の見解、あたしはそうは思っていませんが)
必然的に、夫婦の担当分野が決まったと、言います。

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母の様にはなりたくない。
ずっと、頭の中にありました。

顔が似るのは、親子だから仕方がない。
でも、生き方まで似たくはない。
20歳で出産、48歳で夫を看取り、他人(ひと)より少し早めの人生経験で、これからは自由だ~。と、思っていたら親の介護。

長生きの太鼓判を押された美代さん。
この先の時間を上手に使わなければ、あたしが参ってしまう。

あたしは、美代さんに似たくは・・・ない。




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もしかしてプレ更年期障害?親と娘の狭間で、神経もつの?

「みんな死ねばいいのに」

次女サキから、ライン電話。
昨夜、長女のユカが「みんな死ねばいいのに」と、言いながら帰ってきたそうです。
2~3日前にも、ユカのことであれこれと相談を受けました。

実家には、あたしの長女・次女・次女の夫・ハヤブサくんの4人が暮らしています。
長女は独身。
職場の部署替えで最近特にイライラが激しいと、愚痴の内容でした。
家のことを何もしてくれないのは、前からだけど、最近は口調も荒く棘のある言い方で、傍に寄るのも怖く、言葉も選びながらの、腫れ物に触るような状態で接していると。
そして、体重増加で、体調の変化に因るものかもと、次女は検索してみたらしいのです。
その結果が「プレ更年期」
30代後半から40代前半にかけて起こる更年期の症状。

「そう言えば、おかぁって更年期なかったよね?」

そうなんです。
俗にいう「更年期障害」と言われる症状は、あたしにはありませんでした。が、もしかしたらあれがそうだったのかも・・・と思えることはありました。まぁ、それもさして気にするほどでもなく済みましたけど。

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長女は誕生日を迎えて39歳。
閉経までの長さを考えると、我が娘ながら同情します。

このプレ更年期も、薬で緩和できるらしいのですが、肝心の本人がそれを認めるかが問題で、簡単には話しを持ち出すこともできないのです。

「今のおねぇは怖いから、祖母ちゃんに対して優しくしないと、爆弾が落ちるかもよ。気をつけてよ!」

長女は初孫で、美代さんが一番可愛いと公言しています。
ユカも、それを察しているようで、美代さんにはとても優しく、少々きつい言葉で接するあたしを、毎回叱ってきます。

「そっかぁ・・・できるかねぇ。いやぁ・・・難しいねぇ」

「おかぁ、頑張ってよ!」

「うぅ~、やってみるけど・・・」

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今週末21日、岩手へ帰省。
宇都宮駅でユカとの待ち合わせを心待ちにしている美代さん。
プレ更年期かもしれない、そしてイライラしているらしいと伝えましたが、10分後には、
「さっきのユカのごど、何はなしたっけ?」

大丈夫。ユカはあなたには優しから。
そう、問題はあたし。
いかに、あなたに優しくできるか。

親にも娘にも気遣わなければならない状況がやってくる。
あ~ぁ、大変だヮ。


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夫婦の価値観とは?その子どもの価値観は・・・。

母美代さんの母親(あたしの祖母)は48歳、病気にて他界。

舅・姑さんの介護経験の無い美代さんですが、この母親の看護はしていた。
病室の母親のベッドの脇に、蓆(むしろ)を敷きボロ布を掛けての寝泊まりでの看護。(60年以上前の貧乏が故の時代)

下の世話をしていたのかを訊いてみました。
寝たきりの母親ではあったが、まだ若くおむつではなく、おまるを充てていたと。これは下の世話をしていたということになるのでしょうね。

48歳の母親は、年の若い娘に世話を受けることを、どの様に感じていたのでしょう。
あたしだったら・・・辛い・情けない・そして申し訳ない、でしょうか。
世話をしていた母の気持ちは、親だから自分しか看て上げられないからしょうがない・・・だったようです。(他の姉妹は嫁いだり、幼少だったり)

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先日の次女との電話で、
美代さんの入浴時に、陰部やお尻の洗浄をしていることを告げると、
「ひぇ~、そこまでしてるの?おかぁ、すごいね・・・」と。
(皆様も当然のように、やっていらっしゃるのでしょうね)

少しでも熱いと「あつい」温いと「ぬるい」いちいち文句がでる美代さん。
我慢をする。ということができなものなのでしょうか・・・。

お風呂上りに仁王立ちになり、前・後ろの隅々を拭いてもらうことを、どの様に思っているの訊いてみたところ、自分の手が届くところは自分で拭くと言いながらも、身体が硬くなり自由が利かなくなってきているので、結局はあたし任せ。

この母親を観ているとつくづく思います。
・・・この人のようにはなりたくない・・・

父方の祖母が亡くなったのは、あたしが12歳のとき。
(祖母の世話は父がしていた)
そのとき美代さんは39歳。以後、舅・姑さんとは無縁。

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両親が定年後は、二人で色いろな場所へ旅行に出かけていました。
その際の旅支度など一切をしていたのは全て父。
そういうことが好きだった父の傍で何をすることもなく、自分のバッグの中身だけを用意すればよかった母。
そのバッグでさえ、父から「こっちの方がいいよ」と、アドバイスを受けていたのです。

「じっちゃんはそういう細々どしたごどが好ぎな人だった。オレは何もしなくてもよがった」

母は、美代さんは、この父と出会わなかったら、どのような人生を送っていたのか・・・?
でも思う、父任せの人生だったから今になって苦労しているんじゃないの?
「美代さんが家庭のこと・女としてのことができないのはじっちゃんのせいだね?じっちゃんのこと悪く言いたくないけど、ときどき恨み言葉が出るよ・・・」

「そうでね、じっちゃんは何も悪ぐね。なんでもやってもらった。悪いのは何もでぎながったオレだ」

なんでもやってもらっていた父が認知症となったときに、邪険にしていたのは誰だった?


ケアマネさんが仰っていました。
「旅行などのときは、ショートステイというのがありますよ。2~3日の旅行ならお母様を預けられますよ」

長い距離の歩行は無理。
ならば車椅子?
いいへ、お留守番でしょ!
あたしなどより、はるかに旅行歴が多いのですから、
今更行きたいところもないでしょ。
ショートステイ、使わせて頂きたいですね。

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あたしが母を嫌う理由。
それは根っこの部分にある、幼少時から母親らしいことを何もしてもらえなかったこと。
そして、父の葬儀の際の母の気ままな振舞いにあります。

母娘(美代さんとあたし)関係について Ⅰ
http://aya1205k.xyz/archives/8051578.html

亡き父を想うⅠ ~突然の訃報~

http://aya1205k.xyz/archives/10001874.html

長文、乱文。
お読み頂き、ありがとうございました。


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子どもにとって、親とはどのような存在なのか・・・。

25日・月曜日、次女からライン電話あり。
ピピピピぴぴ・ピピぴン♬(ぴ・ぷ・ぽ、どれが正解音?)

あたしには、娘がふたりいる。
長女のユカと次女のサキ。

次女のサキは、13年間勤めていた歯科医院の退職を決め、新たな医院の面接を受けていた。
「仕事、決まったよ!」

「前に言ってたとこ?おめでとう」

詳しいことはこちらに記しております。
宜しかったら、お入りください。
http://aya1205k.xyz/archives/15986936.html


面接前に、院長夫人から事前説明のような電話が入り、その電話が一時審査のようだったと話していたが、職場見学も含めての正式な面接を受けて決まったようだ。

新しい職場の様子や動線についての不安などを、細かに話してくる次女。
ときどき笑いありの会話は、楽しさがある。

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一通りの会話の後、
「あ、お墓から花を持って来るのを忘れた」

お彼岸のお墓参りをしてくれた際に、花を持ち帰るのを忘れたとのこと。
「行ってくれたんだね、ありがとう。ところで、28日は〇〇さんの命日だよ」(夫の名前)

「わかってるよ」

(あたしたち夫婦は、次女が中学を卒業以降お互いを名前で呼ぶようにした)

本来であれば、跡取りで長女のあたしが出向いての、お墓参りをするのが筋であろうが、母美代さんを連れての帰省は簡単ではなく、むすめ達に任せてしまっている。
そしてそれは、あたしから頼んだわけでもなく、彼女らが自発的に行ってくれることを、ありがたく思っている。

夫が亡くなった時、長女28歳・次女23歳。

長女が20歳のとき、あたしたち夫婦は岩手を離れ、5年後に次女があたしたちの元から離れた。
ふたり共、夫と暮らしたのは20年間のみ。
むすめ達にとっての夫は、どんな存在であったのか・・・。

夫がどの様な人間であったかは、過去のブログに何度か記しています。
良くも悪くも、家族にとってはまぁまぁいい加減な人でしたが、職場では、上司からは勿論後輩からも慕われていたことを、娘たちは知らないままでいます。


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実家を離れ19年目。
「おかぁ、こっちに戻ってくる気ないでしょ?!」

「オリンピックを観たいから、それまでは古河にいるよ・・・」

「ふ~ん・・・」

あたしの心を見透かしているような感じです。

あたしも夫同様に、いい加減な母親なのかもしれません。
それでも、何かがあったら・・・いざとなったら一番の良き理解者で在りたい。

大人となった娘たちにとって、あたしの存在は・・・。
自信を持って言えること、それは、
わがままな生き方をする、勝手なおんな。

そんな、勝手なおんなである母親を、帰省時には普通に受け入れてくれる娘たちに、感謝しています。


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プロフィール
こんにちは、にゃんズの母と申します。 2001年、念願の実家脱出に成功。 2009年、最愛?の夫と死別。 以後、気ままな一人暮らし。 2017年、軽度認知症の母との生活が始まり、 介護と思しきバトルの日々でございます。 動物大好き、特に猫。 酒とお洒落を愛する、普通?の「おんな」でございます。
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