にゃんズの母

「老猫、桐ちゃん18歳、青(せい)くん16歳」「あたし、お洒落大好き還暦過ぎたおんな」「母、88歳。方言と訛り×認知症要介護3で、田んぼの観える特別養護老人ホームに入居」 ねこ、お洒落、母の認知症と日々のあれこれについてを綴っています。 泣いて笑って、ケンカして・・・なのですが、母が特養に入所しケンカ相手が居なくなり少々寂しくも感じています。 人生一度きり。前向きに生きるためのブログです。

母娘関係

ご当地カップ麺と、被災地への観光

22021.8.18(水)

スーパーで、イカしたカップ麺を見つけました。


青森・秋田・宮城・山形・岩手の、東北5県のご当地カップ麺。
東北は六県なので、一県足りない・・・そうです、福島県のカップ麺がありませんでした。
何でだろう?ま、いいや。

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自分用のお土産に5コ全て買いました。
古河に持ち帰って食べ比べをしてみようと思っていますが、週末からまた30度超えになるらしいので、涼しくなるまでは戸棚の中・・・かな。
あ、でも、岩手は涼しいので帰省中に食べてしまうかも(笑)


今日・明日は草取りはお休み。
長女のユカが、一泊二日のミニ温泉旅行に誘ってくれたので、沿岸・大船渡まで片道3時間のドライブを兼ねながらの旅行です。
先月、友人と二人で泊まってきたそうで、オーシャンビューの部屋と食べきれないほどの魚介類を堪能したらしく、大船渡割で少しお安くなるということで、今回は親のわたしを誘ってくれました。

独身で、一人暮らしを謳歌し草取りもしない娘ですが(苦笑)、いざとなったときにはとても頼りになる長女。
それは、父や夫が亡くなったときにもそうでした。
こまい事はあまり気にしないザックリとしたO型そのもので、どっしりと構えここぞという時には力を発揮する。
今回の旅行も、費用については彼女持ち。
親として恥ずかしいとか申し訳ないとかは思いません。
素直に感謝したいと思っています。

にゃんズは、次女サキの家で預かってくれることになっています。

「一泊くらいならうちでみるから、楽しんできなよ。ハヤブサも桐・青と過ごすことを楽しみにしているみたいだし」

今夜次女は、桐ちゃんに枕を占領されることに。
そして、明朝5時前後には起こされることになるはずなので、寝不足になること間違いなし。「早寝をしようかな」と言っていました(苦笑)

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東日本大震災から10年。
岩手在住時代は一度も行ったことがない街です。
復興という言葉は、最近ではあまり聞かなくなってなっていますが、その地を訪れ想いを馳せることはできるはずです。

お役に立てることがあるとすれば・・・お土産を買うことでしょうか。


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「四季館・彩冬」飲めるハンバーグ?

2021.8.13(金)

迎え盆の今日、昨日の予定では朝6時頃にお墓参りをするつもりでした。
でも、予定は未定で決定ではない
(中学のときの国語の先生から教わった言葉)

世の中予定通りに事が進んでいたなら、事件なども起こらないのかも。
で、結局は9時半過ぎにお参りに。
着く少し前から雨がポツポツ降り出し、いつもならろうそくの火が消えるまでお墓の周りで時間つぶしをするのですが、傘を持って来ていなかったので「ごめんね、今日はこれで帰るね」と、謝りながらお墓を後に。

この後は、八幡平市赤坂田にある「四季館・彩冬」(さいとう)でランチ。
昔、まだ岩手在住時代のこちらのお店は、冬季のスキー客用の民宿でしたが、現在では楽天トラベルのファーストステージ・朝ごはんフェスティバルで、岩手県では第2位になるほどのお宿に。

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わたしは浦島太郎ならぬ浦島太郎子状態で、こんなにも有名になっていたとは全く知らず、娘に誘ってもらわなければ今でも一般的な民宿なのだという認識でした。
宿泊客のチェックアウトが済むとランチ客の入館が始まり、日帰り貸切露天風呂も利用できるそうです。

ランチに頂いたのは長女おススメのハンバーグ定食。
飲めるハンバーグだよと予め言われていましたが、本当に噛む必要のないほどの軟らかさに、お見事!参った!お味も「美味い!」でした(笑)
お茶・お水・コーヒーはセルフサービスでお替り自由。

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         一口サイズの前菜です

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   ご飯は白米と雑穀米のどちらか
   そして汁物はお味噌汁とスープのどちらかを選べます

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         バルサミコソースです

一応主婦のわたしは、あの軟らかさでしっかりと形状されているのは、いったいどんな作り方なのだろうと気になりましたが、たぶん企業秘密なのだろうと思いそこは聴くことはしませんでした。
因みに孫のハヤブサくんはおにぎりセット(大きなおにぎりと、唐揚げ2コ・ウインナーソーセージが1本・フライドポテトが2本・オレンジジュース)で完食。

生きて健康でいると、色いろな楽しみを経験できますね。
誘ってくれた長女に感謝です。


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いつかまた来られることがあったなら、今度はビーフシチューを食べてみたいです。たぶんですが、お肉も噛まなくても飲みこめるほどに軟らかく煮込んであるのではないかと想像できます。

わたしは61歳。
この先20年は、親子三代での食事が楽しめるのかなと思いつつ、ハヤブサくんが、どのように育ってくれるか次第なのかもしれません。


ps
ハヤブサくんが、美代さんは何処に居るのかと訊いてきました。
特別養護老人ホームと言っても判らないだろうと思い、何て言おうかと返事に詰まっていると、ハヤブサくんの方から「病院?」と。

「そうだね」の返事には何も言わなかったハヤブサくんでしたが、幼心に、1年会っていない曾ばあちゃんのことを心配していたようです。


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遠野・花巻観光・・・宮沢賢治の世界に浸る母娘

2021.5.10(月)

ザ・観光。
今日は帰省最後の日で、長女ユカと遠野~花巻観光へ。

最初の目的は、ユカが行きたいと言っていた道の駅「遠野風の丘」
途中、めがね橋を観る?と訊かれ、先ずはそこへ。
道の駅「みやもり」の隣にある、宮守川橋梁・通称「めがね橋」

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~宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」をイメージさせる橋梁として親しまれ、SL銀河が運行する日は多くのカメラマンや家族連れが緑地広場で手を振ってお見送りを行っている~

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道の駅「みやもり」の中にある、宮沢賢治の銀河鉄道の夜をイメージした通路。


目的地の、道の駅遠野風の丘は、強風で車のドアを持って行かれそうなくらいの勢いで、向かい風の中駐車場から店の中へ入るのも一苦労(苦笑)

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母美代さんが食べられそうなお菓子「わかめせんべい」を購入。
えびみりんの様なサクサク煎餅なので、美代さんでも食べられそうなので決めた。

次は、花巻の宮沢賢治記念館へ。
その前に腹ごしらえで入ったお店は「なめとこ庵」時刻は14時。
手打ちそばと季節の山菜天ぷらの盛り合わせで舌鼓。

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程よいコシで風味のある蕎麦と、季節の山菜の天ぷらの盛り合わせ。
店主から、自家製ワサビを蕎麦にのせて食べるようにと。
塩が振りかけられた天ぷらは、タラの芽・コゴミ・ウド・ふきのとう・他。
初めて食べる山菜もあり、大変美味しゅうございました(⌒∇⌒)

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店の中から写した風景。郵便ポストが懐かしかった。
奥に見えるのが、宮沢賢治記念館&童話村へ向かう道。

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館内は撮影禁止で、致し方なし。

銀河鉄道の夜の主人公は、猫のジョバンニとカムパネルラ。
売店には猫をモチーフにしたものが多く売られていた。

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           マグネット

宮沢賢治の童話には、猫が多く出ていると思ったので、売店のお姉さんにそのことを言うと、「彼は猫は嫌いだったそうですよ」と。
猫好きのあたしとしては、?と、腑に落ちないが、嫌いが故に、あんなにも猫を押し出していたのだろうか。

賢治記念館には、賢治の原稿のレプリカが売られていたが、殴り書きのその字は、案外子供っぽく可愛らしく感じられ、宮沢賢治という人間の性格から出ているのかなぁと。


岩手時代には行くことがなく、20年前に岩手を脱出し、いつかは行ってみたいと思っていた賢治の世界。メンテナンスで観られない施設があり残念だったので、いつかまた来たいと想う。

全行程8時間弱のドライブ&観光。運転は今回もユカ任せ。
帰路、睡魔に襲われコンビニの駐車場の隅を借りて仮眠。
いつも運転をありがとうね。

連休も終わり、観光地とは言え混雑もなく楽しむことができ、誘ってくれたユカに感謝。
あたしは幸せな母だね。

この関係がいつまでも続くことを願いますヮ。


自分らしく生きるために、家を売る?

2021.3.24(水)Ⅱ

実家を売る話を長女にしてみた。

「500~600万くらいにはなるかもよ」

「売ったら、あたしはどこに住むのよ。たかだかそんなお金が残っても、これからの人生ではあっと言う間に無くなるじゃない」

この家は、母が亡くなったらあたし名義になる。
あたしの自由にしても良いはずだが、住んでいるのは長女。

「半分は母のお金になるよ」

「え~っ。じゃぁ、余計に売りたくないわ」


押し入れの中の、うんざりする量の寝具類。
それ以外にも、冠婚葬祭で頂いた物がぎゅうぎゅうに積み込まれている。
物置小屋には、捨てられない食器やボロ布団が。
全部に思い入れがあるのだろうけれど、使わなければただの物。

次女夫婦が実家に住んでくれると言うので、LDK・トイレを改築。
元あたしの部屋だった2階の部屋も、畳を取り除きフローリング張替えをし、押し入れの襖も無しにして、お洒落なロールカーテンを取り付け次女夫婦の部屋とした。

あれから5年で、次女夫婦は自分たちの家を建て、実家を出た。
孫のハヤブサくんは幼心にも、しっかりと家の位置づけをしている。

「ボクの家は新しい家。ここはユカちゃんの家」


昨日の朝、保育園に行く際にバイバイをするために寄ってくれた。

「あーちゃんは、あーちゃんの家に帰るんだね」

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実家は母名義だが既に住んではいないし、跡取りのあたしも出ている。
一人になったことで、寂しさを感じないかとユカに訊いてみたが、静かだとは感じるが思ったほど寂しくはないと言っていた。
結婚する気もないようで、この先どうするのかと訊くと、

「助け合って生きて行こう」

母娘と言えども、それぞれの人生がある。
あたしは母美代さんが嫌いで、実家を離れられたことが嬉しくてしょうがなかったが、認知症となり結局は元に戻った形。

近々、特養入居になる予定の美代さんだが、実家で過ごした数日間で頭の中は・・・本当に加須市でいいのだろうか。岩手の、実家近くの特養の方がいいのではないか・・・そんな考えが浮かんでいた。

が、そうなるとあたしは古河を離れ実家に戻ることになる。
家事が苦手な長女の世話をする生活になること、間違いなしになる。
東北道を降り、見慣れた風景になり、古河の街が見え始めたときに思った。

「あ~、あたしはこの街が好きだヮ・・・」

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「やりたいことはやった。この世に未練はない」

亡くなる前に、こんなことを言っていた夫。

自分らしく生きるためには・・・これからの人生を考えなければ。


特養って、どんなとこ?(ユニット型)

2021.3.6(土)

今朝、特養入居の事を美代さんに話した。

あたしの手に負えなくなったら、施設に入ってもらうからね。

こういう話をしていたのは、美代さんと同居が始まった辺りなので、3年は過ぎている。
当時は「お前に面倒をかけるわけにはいかない。いいと思う時に入れてくれ」などと、殊勝なことを言っていた。

あれから、あたしのイライラが爆発した時には随時特養の話を出してきた。
そのことも踏まえて、特養に入ってもらうよと切り出したが、如何せん3年前のことなど全く記憶にない。ちょくちょく出してきたのに、それさえも記憶にない。まぁ、いつものことなので致し方なし。

ところで、2017年の秋から一緒に住み始めたが、その記憶もたぶんないのだろうと思いながら、古河に住むようになったきっかけから話し始めた。

案の定だ。
先ず、住んでいるところが既に判らない。
そして、20年前にあたしと夫、次女のサキの3人で茨城に越してきたことも、きれいさっぱりと記憶にない。故に美代さんは、ずっとあたしと一緒に暮らしてきたものと思い込んでいる。

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元々あたしは、美代さんのことが好きではない(嫌いが正しいかな)
(詳しいことは母娘関係や父の想い出に載せています)
20年前に美代さんから離れられることを、とても幸せに思っていた。
それでも、離れたことで案ずる気持ちにもなるもので、帰省から古河に帰る際は「元気で身体を労わって居てね」などと、優しい言葉を掛けることができていた。

嫌いな母親と一緒に暮らす。それだけでも抵抗があったのに、介護の為の同居は究極の選択だった。
世の中には、一卵性母娘とか友達母娘とか、とても良好な母娘関係が存在しているらしいが、ことわが家に関しては全く当てはまらない。
ただ、美代さんは自分がこんなにも嫌われているなどとは想ってもいない。

いつだったか「あたしはあなたから母親らしいことは何もしてもらっていない。あたしはあなたが嫌いなのよ」こうまで言い放ったことがある。
その時の美代さんはうなだれて「ウッウッ」と泣き始めていた。
が、認知症故、数分後にはパーッと飛んでいた。

入居になるかもしれない特養が、どんなところなのかを説明した。
① 3食昼寝付きで、おやつも出るよ。
② 周りは田んぼで、田植えや稲刈りの様子も観られるよ。
⓷ あなたくらいの人達が10人で暮らすけど、ちゃんと自分の部屋もあるよ。トイレも洗面台もあるし、お風呂にも入れるからね。
④ デイみたいに、嫌いなお絵描きや字を書く勉強もしなくていいんだよ。
⑤ 今はコロナだから簡単には会えないけれど、コロナがなくなったら面会もできるしお出かけもできるから、一生会えない訳じゃないんだよ。

こんな様なことを話してあげたが、⑤に関してはあたし自身に言い聞かせているような・・・そんな感じだった。

歩けなくなるかもしれない。認知も進行するかもしれない。
でも、あたしのイライラに付き合わされたりすることもなく、一層穏やかに暮らせると想う(たぶん)

昨夜は、大好きな・生きていると思い込んでいる父の名前も、言えなくなっていた。
忘れて行くのがこの病気なのだから、これも致し方なし。

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    美代さんのひ孫のハヤブサくん
    七五三お祝いの写真を持たせようと思っています

4日の晩に長女のユカとライン電話。
思いの外早く入居になることを伝えたが、異論はなし。

「母が認知症になったら、あんた、どうする?」

「大丈夫だよ。おかぁみたいにちゃんと施設を探して、そこに入れてあげるから」

おありがとうございます(笑)
でも、自分の気持ちとしては、なるべくならならないように。
仮になったら、全てお任せで言うことを聴きましょう(苦笑)


プロフィール
こんにちは、にゃんズの母と申します。 2001年、念願の実家脱出に成功。 2009年、最愛?の夫と死別。 以後、気ままな一人暮らし。 2017年、軽度認知症の母との生活が始まり、 介護と思しきバトルの日々でございます。 動物大好き、特に猫。 酒とお洒落を愛する、普通?の「おんな」でございます。
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