にゃんズの母

「老猫。桐ちゃん16歳、青(せい)くん13歳」「あたし。お洒落大好きアラ還暦」「母。85歳、方言と訛り×軽度認知症」 ねこ、お洒落、母の認知症と日々のあれこれについてを綴っています。 泣いて笑って、ケンカして、人生一度きり。前向きに生きるためのブログ。

認知症の母との暮らし

徘徊の症状が出た・・・?

徘徊・・・?

が、始まった?

昼過ぎから20~30分いなくなった。
特に、気にしていなかったが、疲れたと言い帰ってきた。

そどで迷った。あだまのなが真っ白になって、わげわがらなぐなった(外、頭の中、訳が分からなくなった)

自分がどこに居るのかが、分からなくなったらしい。

なぜ、外に出ようと思ったのかを訊くと、トイレに行こうとして廊下に出て、そのまま外に出てしまったと。
外に出た理由は、孫むすめのユカに「歩いたほうがいいよ」とアドバイスされたことを思い出したからだと。
そして立ち止まり、よ~く考え思い出して、帰ってきたという。

今いる場所や、帰り道が判らなくなることを、何かの情報番組で聞いたことがある。
母美代さんも、この状態になったということ・・・?
これは、徘徊の始まりなの・・・?
以前にも、会話の途中で頭の中が真っ白になると言ったことがあるが、そのときの症状が今日と同じなの?

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骨折が治った?と言われたとたんに、あたしに何も言わずに外散歩。
もしまた何かあったら、それこそ大騒ぎだ。

こんなことで、本当に一人で新幹線に乗るつもりでいるのか。

認知症患者は、自分自身をどこまで理解しているの?
今日はちゃんと帰って来られたが、これではたとえ近所のスーパーでも、
一人での買い物は無理なのではないか。
となると、散歩もあたしが付き添うしかないか・・・。

帰ってきてから、ヨッコさんとの電話で、(電話の掛け方を忘れているのであたしが順を追い教えて掛けられた)
「そどで、迷った。あだまのなが真っ白になったども、ちゃんと帰ってこれだ。オレのあだまわるぐなったみだいだ」

電話のかけ方を忘れ、自分の頭の中に靄のようなものができると言う母。

あたしは、母の監視が必要になった?
でも、まだ大丈夫よね?

などと余裕をこいていても良いのか・・・。


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室内徘徊の話も聞く。
そうえいえば何日か前に、用もなく冷蔵庫を開けていた。
「何を取りたいの?」

「いや・・・何でもね」

本当は何かを取りたかったのだろうか・・・?
判らないことがどんどん増えてくる。



認知症の婆様は、一人で新幹線移動は可能?問い合わせてみた。

以前から、
「暖かくなったら、あっちで暮らす」と、言っていた母美代さん。

昨日、ランチから帰ってきたあたしに、
「ユカがら聞いたども、新幹線乗るどき、おめも一緒に入れるってな?」

訳すと、
入場券でホームまで行き、新幹線の指定席まで自分を連れて行ってくれることができるらしいな。

一昨日の夜、「おやすみなさい」と言った後に母の部屋から話し声が聞こえてきた。
笑い声ではなかったので、いつものヨッコさんではないな・・・とは思っていた。

・・・な~る。ユカと話していたんだ・・・

ゴールデンウイークの帰省から、暖かいうちは向こうで(岩手の実家)暮らそうと思っているらしい。そして、気持ちの変化で古河に戻りたくなったときは新幹線で帰る事を考えているようだ。

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「電車に乗ったら古河でおりればいいんだべ?」

おいおい!
「新幹線は古河には停まらないよ。大宮か宇都宮で降りて在来線の宇都宮線に乗り換えるのよ。大宮は広いから迷子にならないように気をつけなきゃね」

「ああ、大宮は広いな」

母は、妹の産後の手伝いで当時大宮に住んでいた妹の所へは何度か新幹線を使っているので、その頃の記憶はあるようだ。

「でもよ、おめがむがえに来てくれだら、大丈夫だべ?」

「でもね、車内アナウンスで降りる駅の案内が入ったら、他の人より早くドア付近に移らないと、乗り越すことになっちゃうよ」

話が微妙に違いますが、
新幹線に乗るときは孫むすめに乗せてもらい、大宮か宇都宮に着いたらあたしが新幹線に乗り込み、母の指定席まで迎えに来てほしい。と、いうことらしい。

一昨年の6月、神戸に引っ越した妹の所へ遊びに行った際、「これが最後の新幹線になるかもねぇ~」なんてことを話していたが、母はまだまだ新幹線に乗る気。それも、一人で!

認知症中等度・杖歩行の婆様が、一人での列車移動は、どこまで可能なのか?
例えば、予め車掌さんに話ておけば,降りる駅で声掛けなどを融通してもらえるのか?

JR東日本に確認してみた。

問い合わせ内容
  1. 個別の客に対しての声掛けなどのサービスはしてもらえるのか?
  2. 入場券で、新幹線に乗り込み降りる本人を促すことができるのか?
応え
  1. に対しては基本、行っていない。
  2. 入場券で入れるのは、ホームまで。車両の中に入ることは規律違反。
このような応えでした。
子どもが一人乗り込む際に、親御さんからも同じような問い合わせがあるらしいが、これも、断っているとのこと。



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  新幹線、E5系・はやぶさ。(怪獣くんがすきなタイプ、笑)

盛岡から乗るときは、ホームと新幹線のステップに気をつけるだけでよい。乗り込んでしまえばあとは席に移動するだけだ。
座る場所が判らなければ、乗車客に訊けばよいのだ。
だが、降りる際は本人がアナウンスに気遣っていなければ、乗り越してしまう。(母は、メールもラインもできない)

一昨年の話に戻るが、
神戸に行く前日に宇都宮駅まで迎えに行った際、予め乗っている車両を確認していたので、ホームで待っていたが、到着してもなかなか降りてこず、席の前に立ちニコニコしていた。
慌てたあたしは、手招きしジェスチャーで降りるようにと促した。
指定席は、なるべくトイレ近く且つ乗降口近くを選んでいたが、それでも焦った。
あれから2年近くが過ぎている。
1分の停車時間で、果たして美代さんは降りられるのか?

無理!なような気がする。

祖母ちゃん想いのユカは、美代さんの認知度をどこまで理解してのアドバイスなのか。
あたしが深刻に考え過ぎているのか。
アドバイスよりも「あたしが連れていくから大丈夫」と言ってもらった方が、よほど心強いと思うのだが。


今日も、自分の意思で言っていたことを、
「オレ、そったなごど言ったのが?」

自分が言ったことを、忘れてしまうことが多くなってきている。

さてさて美代さん、やれるという気持ちはいつまで持続できるのかしら。


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骨折は完治?グーはできずに、動かさなければ固まる指。

母美代さん、1月22日に転倒で左手の甲骨折。
あれから、約2ヶ月。
午前中、病院へ受診。

診察の前にレントゲン撮影。
そして診察室へ。

結果として、
骨はしっかりくっついているが、脱臼した中指の腫れは暫く引かないでしょう。
グーチョキパーのグーも、若い年齢の人でも完全には出来なことが多いので、まして母のような高齢者ではこの先も出来ないでしょう。それでも動かさなければ固まってしまうので、なるべく動かすようにと。


この説明は以前にも聞いているが、母は忘れているので今回も同じことを何度も繰り返し訊く。
その度に医師は同じことの説明。

挙句、母はデイケアでのリハビリの内容まで話す始末。
医師と、医療秘書は苦笑していた。

次の方の診療もあるだろうと、あたしから耳元で同じ説明をし、やっとのこと納得してくれた。

今回で、レントゲン撮影と受診は終わり。
今後痛みが出た場合は再度の受診をするようにと。


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母美代さん、
「気もぢが、らぐになった。これで病院さ行がなくていい」

あたしも気持ちが楽になった。
病院通いが一つ減る。
そして、母の手に対する変な気遣いも減る。

それにしても、デイケア迎え時のスタッフさんの前では「おっかね」を連発し、しがみつく美代さんであるが、あたしと歩くときはスタスタと歩く。
「ねぇ?スタッフさんの前だと弱い婆さんなのに、あたしの前ではスタスタ歩くのねぇ?」

「わがらね・・・そったなどぎもある」(判らない、そんな時もある)

か弱い婆さんで居る方が、優しくしてもらえるのだろうか?

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これまでの約2ヶ月間「おっかね」と言い、外に出ることがなく、認知症も進行したように感じていた。
これからは季節も良くなる、高座椅子から脱出してくれることを希望しているが、
さてさて美代さん。
やる気を見せてもらいたいですわ。


携帯は友達なのに、掛け方を忘れる、まだらボケの母。

昨日、パソコン教室から帰ってくると、母美代さん、お得意の電話をしていた。
いつものヨッコさんと思いきや、別の人。

携帯の音量が高くなっていたので、相手の声がガンガン聞こえてきた。
聞き覚えのある声・・・あ、美代さんの甥のYさんだ。

洗濯ものを取り込みたたみ始めると電話を切り、Yさんと話していたと報告してきた。
Yさんは、3年ほど前に肺に癌が見つかり、入退院を繰り返し今は抗がん剤・放射線治療をしている。
1年前には脳に転移したと聞き、とても心配していたが、治療の効果が表れたようで、かなり小さくなったということだった。
(脳への転移は本当だったのか・・・?)
早期発見での肺がんであったが、脳に転移。
それでも治療の効果で確実に回復に向かっているという。

羨ましい。
10年前に他界した夫は、気付いた時には既に手遅れだった。

あ、失礼、話がそれました。

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甥のYさんへは母自ら掛けたようでしたが、その後、1時間後に今度こそヨッコさんさんに掛けたいと言い、掛け方を忘れたので教えてほしいと。
「電話帳を押して、次に下げるのボタンを押して、掛けたい人の所まで青いカーソルを下げるのよ。そして受話器の掛けるボタンを押すと繋がるよ」

ゆっくりと母の動きに合わせて説明し、
「あ、でできた。これで繋がるな」

「そだね」

前にも、ヨッコさんへの掛け方が判らないということがあったが、Yさんにはどうやって掛けたのだろう?

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そうそう、Yさんとの話の内容が聞こえていたが、母は、「うんうん・そだそだ・そだなぁ~」と、相づちを打ち、時折自分の意見?の様なことも話していた。

相づちの内容を訊くと、「ん?なんのこどだっけな・・・」となってしまう。
その時は解っていても、時間が経つと飛んで行くことが多くなってきた。
それでいて、ひょんな時に思い出すようで、
「あのよ、~のこどだども」

と、話の途中で内容が切り替わってしまうことが度々あるが、この回数も増えてきている。

「オレのあだまのなが、モヤモヤするのじゃ」

おしゃべり大好きな母の携帯は友達。しゃべっているときはモヤモヤが消えているそうだ。



「意味と訛りと昔言葉」壁を越えられる日はくるのか?

「わがった」

何がわかったのか。
最近、やっとこの意味が判りました。

母美代さんの「わがった」は、一般的な「はい」と同じことのようです。

例えば、何々について「聞いている?」と訊いた場合「はい、聞いています」ですが、美代さんは「わがった」が「はい」なのです。
その後の「聞いています」は、「聞こえています」となり、「わがった、聞こえでいる」と、なるのです。

なので、聞いた内容が判らなくても「わがった」の返事になり、あたしも「わがった」と言われると「理解してくれたんだ」と思ってしまいます。
後で訊くと「聞こえているだけで、聞いてはいない」という、何もわかっていないことが度々あるのですが、取り敢えずの返事として「わがった」と言うようです。

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デイケアの迎えの時間。「何時何分よ」に対して「わがった」の返事。
これは、聞いたことを理解しての「わかった」ではなく、聞こえたからの「はい」の代わりの「わがった」頭には入っていません。

このことに限らず、
「わからないなら、わからないと言ってよね!」

とは言っても、話の内容自体を理解していないので、何が判らないのかも結局判らない。
そして、お得意の訛りや昔言葉での受答えに、あたしのほうも「判らない」
しっちゃかめっちゃか・・・。

知らない人が聞いていたら「ザ・まんざい」に見えるかもしれません。
訛りはともかく、昔言葉は疲れます。何せ、初めて聞く言葉が殆どなのですから。


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・・・あ、わかった・・・

あたしは何となくのニュアンスで、感じるしかないですが、美代さんには、根気よく教えるか、適当に流すか・・・どちらかです。



プロフィール
こんにちは、にゃんズの母と申します。 2001年、念願の実家脱出に成功。 2009年、最愛?の夫と死別。 以後、気ままな一人暮らし。 2017年、軽度認知症の母との生活が始まり、 介護と思しきバトルの日々でございます。 動物大好き、特に猫。 酒とお洒落を愛する、普通?の「おんな」でございます。
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