にゃんズの母

「老猫、桐ちゃん18歳、青(せい)くん15歳」「あたし、お洒落大好き還暦」「母、88歳。方言と訛り×認知症要介護3で、田んぼの観える特別養護老人ホームに入居」 ねこ、お洒落、母の認知症と日々のあれこれについてを綴っています。 泣いて笑って、ケンカして、人生一度きり。前向きに生きるためのブログ。

認知症の母との暮らし

在宅介護から解放されたことでの、心境の変化

2021.6.16(水)

4月下旬に、母美代さんは特別養護老人ホームに入所しました。
入所が、100%美代さんの本意だった・・・な、訳はありません。

美代さんのこれまでの人生で、家族から離れて暮らしたことなど、一度もないのです。
幼い頃から大家族に囲まれ、嫁いでからも姑や兄姑の居る家での暮らしで、常に周りには家族(一応)と呼べる人達が居た。
二人だけの新婚生活の経験も、なかったようです。

その後、あたしと妹が生まれ、転職した父と、母・妹の4人で暮らし始めたのが、町立病院の四畳半の用務員室。
貧乏で、箸とお茶碗一つずつから揃え、七厘で二匹のめざしを焼き分けあって食べていたと聴いている。
その用務員室に住んでいたのは、あたしが小学校の2年生くらいまでで、両親が建てた風呂無しの家に移り住み、増改築を重ねた家であたしも結婚し、ふたりの娘に恵まれた。
(引っ越してからも、父は当直があったので、お風呂は病院の職員用のお風呂を使わせてもらっていた)

あたしが結婚し長女を産んだことに因り、家族は6人となり、その後妹が短大・就職で家を出た。
長女が生まれた5年後に次女が生まれ、家族は再び6人となった。

夫45歳・あたし40歳の時に、夫の仕事の関係で岩手を離れ茨城に。
その際、専門学校を卒業した長女は家に残ることを選択し、茨城には次女だけを連れて来たが、その次女も専門学校の卒業と同時に岩手に戻った。

美代さんは、常に家族の誰かしらと暮らしを共にしてきた。
人生の最も後半で、家族が誰一人居ない暮らしになるなど、努々想っていなかったと想う。

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次女からのSOSで、もう一人で留守番をさせては置けないと言われ、17年の9月からここ古河での同居が始まった。
あたしと暮らし始めた際に、いよいよ以て手に負えなくなった時には、施設に入ることを了解していたし、それが、お互の為だとも言っていたが、その記憶は時と共になくなっていた。

美代さんは今、誰一人として知り合いの居ないホームで暮らしている。
面会時には話し相手もできたと言っていたが、会話の内容も話した相手が誰なのかも忘れているはず。それでも、お喋り好きな美代さんにとっては、話す相手が居る環境は有難いはず。

そう、たとえ家族と一緒に居たとしても、心が・・・気持ちが通じて居なければ、それは孤独と一緒ではないのか。
あたしから愚痴を言われ、お喋りもできずにボーっとしているよりも、もしかしたらホームでの暮らしの方が合っているのかもしれない。
でもね、これはあたしが勝手に想像していることで、本人から聞いたことではないから、真意は判らない。

女親らしいことをしてもらっいなかったあたしは、母親としての美代さんが好きではない。
それでも、産んでもらったことには感謝しているし、これまで苦しい時などは援助もしてもらっているので、それにはとても感謝している。

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「好きではないけれど情はある」と、
【鬼娘の介護日記】にコメントを寄せていらっしゃっている方が居た。

今のあたしは、その方と同じかもしれない。
この世に残された、たった一人の親の存在を愛おしく思うのは、在宅介護から解放され離れたことに因って生じていることかも。

64歳以下の、コロナワクチンの接種券の送付が始まるようだが、古河市のホームページには、いつからの発送になるかは載っていない。

一日でも早く接種を終え、美代さんの部屋で日がな一日を過ごしてみたい。
こんな風に言えるのも、在宅介護から解放されたからだと想っている。


長文、お読みくださりありがとうございました。
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笑顔が無かった面会 でも食べたい物は言えた

2021.6.12(土)

内職が、キターーー!!

いいへ、昨日取に行きコツコツとやっています。

今日の、母美代さんとの面会は午後2時からだったので、午前中はせっせせっせと休憩も摂らずにやっていました。

あたしは学習しない・・・できない人間なのか、前回とても辛い想いをしていたのに、またもや夢中になってしまい、気付けば腕が筋肉痛。

いかんいかん。
このままでは湿布薬のお世話になってしまう。
時給よりも薬代の方が高くなってしまうではないか(苦笑)

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母美代さんの入居している特別養護老人ホームまでは、車で30分弱。
途中でお菓子を買うことにしていたので、午後1時過ぎに家を出た。

ホームに着くと、入浴中なので少し待ってもらいたいと言われ、面談室で時間を潰していた。
待つこと20分くらいだろうか、車椅子に乗せられやって来た。


ガラス越しで、電話を使っての面会。
服装を観ると長袖のカットソーの上に裏ボア付きのベストを着用。
お風呂上りだというのに、相変わらずの寒がりだ。
コロナワクチン接種の1回目が済んでいたはずなので、痛くなかったかと訊いてみた。

「注射、痛くなかった?」

「いだぐながった」

「声、出さなかった?」

「出さねよ」

「そっか、今度は2回目があるからね、頑張ってね」


前回の面会では初めから終わりまで笑顔が見えていたが、今日はなんだか虚ろで、視点が定まらない。
何か欲しい物や食べたい物があるかと訊くと、漬物が食べたいと言うが、あぁ~、それは無理だよ。
で、買ってきたおかしの袋を見せ、

「美代さんの好きなこしょっぱいお菓子だよ。これで我慢してね」

「おがし?ありがとう」

このあと、ミサさんから電話があったことを伝え、憶えているかと訊いてみた。

「頭が良くてなんでもできる立派な人だ」

「そうだね」

ちゃんと判っていた。まだ、大丈夫みたいね。
でも、話の途中で目をつぶってしまい、「おーい、起きて~~」と。
大丈夫目をつぶっているだけだと言っていたが、お風呂上りで気持ちが良くなり眠くなったのかと想い、電話を切ることに。

「美代さん、受話器を電話に戻して。又来るから部屋で休んでね」

この言葉にキョトンとしていた。受話器が判らなかったようだ。
まぁね、固定電話で話すのは実家を離れてからだから、もう4年ぶりくらいになるものね。
事務所のスタッフに声掛けをし電話を切ってもらうことに。

「ここに居ると怖い病気になることもないから、安心して長生きしてね」

この言葉には、一瞬だがハッとしたような顔になったが、すぐにまた虚ろな感じに。
よほど眠かったと観え、今回はあたしを見送ってくれることもなく、スタッフに車椅子を押され奥へと行ってしまった。
あたしは、美代さんの姿が観えなくなるまでその場に。
事務所は空っぽだったので、次回の面会の予約を取ることもなく帰ることに。

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車に戻り今日の様子を分析。
・・・眠かっただけなのか、進行したのか・・・

でも、食べたい物が漬物とは、美代さんらしい。
眠かっただけだったのかな。

次回は、大好きなブドウを届けてみよう。


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特養入居の母の、お盆帰省を考える

2021.6.11(金)

内職の電話が入りました。

先月、一旦中断になり、再開は6月の中旬くらいだと言われていたので、少しでも早く始まるのは助かります。

なにせ、何もしなくても時は刻刻と過ぎ、ボーっとしている時間が勿体ないと想いながらながらも、ボーっとするしかなかったので、気持ちが少しは違ってきます。

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午前中歯医者に行き、帰りににゃんズの猫砂を買いにホームセンターへ。
買い物が終わり、走り始めた直後にスマホの着信音が。
まだ駐車場内だったので、一旦止めて出てみると、母美代さんの従妹のミサさんから。
運転中ということで、家に着いてからかけ直すことにして、帰宅。

ミサさんご夫妻は、亡き夫とあたしの仲人でもある。
今でも、年賀状のやり取りはしており、コロナ以前の帰省時には、お宅にお邪魔し野菜を頂いたりもしていた。

美代さんのその後が気になっての電話だったようで、面会に2回行って来たことと、大分慣れているようで、2回目の時には笑顔が見えていたことを伝えた。
お盆には帰省するのかと訊かれ、自分は帰るけれど美代さんは連れて行けないと言うと、

「仕方ないんだな、途中で具合を悪ぐされでも大変なんだがら」

それもそうだが、コロナ禍であたしのワクチン接種も済んでいないし、万が一のことを考えると、特養に迷惑をかけることにもなりかねないので、連れてはいけないと話した。

「オレだぢは2回終わっているども、まやはまだが?」

「おばちゃんたちより、少し若いので・・・」

「ああ、そだな。若い人だぢはまだだよな。こっちでもそうだ。でもよ、おめだげでもいいがら帰った時には知らせろな。お盆の頃には野菜も沢山でぎでいるはずだがら、持って帰ればいい」

有難い話です。
ワクチン接種が済んでいないせいにしたけれど、本当の所は美代さんを連れての帰省は、難儀その物。
特養にお世話になる前から歩行についてはかなり不自由していたが、入居してからは車椅子になり、歩くことはほとんどなくなったと言っても過言ではない様子。

そんな美代さんを、段差だらけの実家に連れて行くということは、とてもじゃないが無理。
むすめ達とて、初めの頃は手伝ってくれるかもしれないが、徐々に邪魔な存在になることは目に見えている。

一旦歩くことを拒否したら、無理に歩かせようとしても身体が言うことを聞かないだろうね。
手引きで5~6mがやっとだったので、この家でなら何とかなるが、広い実家では美代さんの方が悲鳴をあげるかも。
車椅子が通れるように段差の改善等を考えてみても、やはり無理。

本当は、連れて帰りたい気持ちもあるのよ。
でも、実家その物を忘れているのだから、この先はホームで穏やかに過ごしてもらう方が幸せなのかもしれない。

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さて、午後からは内職にせいを出しましょうか。
でも、この間の様に根を詰め頭痛になっては元も子もないないので、程々にが善さそうね。


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悪魔の心を持つ娘・・・脱却できるのは、いつ?

2021.6.6(日)

昨日、郵便受けに封書が入っていました。
その表に、「至急開封」と赤く印字されていました。

・・・え!なに?・・・

裏を見ると、母美代さんが入居している特養からです。
美代さんに何か起きたのか?でも、緊急なら電話が来るはずだし・・・で、
開封してみたところ、コロナワクチン接種の、2回目用の予診票が入っていました。

返送期日は6月15日厳守 

家族が記入するのは、
接種を希望しますの箱の中にレ点チェックと、家族氏名と間柄。
返信用封筒が入っていたので、それに入れて投函するだけ。

ワクチン接種は、AグループとBグループに分かれ、日を隔てての接種。
Aグループ 1回目接種・6月 2日(水)
      2回目接種・6月24日(木)

Bグループ 1回目接種・6月16日(水)
      2回目接種・7月 7日(水)

この内容でお知らせが届いていたので、遅くとも7月7日には終わるのだと、想っていた。
予診票の返送期日が15日となっていたので、美代さんはAグループでの接種になったのだと理解した。

副反応等の、何かが起きた場合は連絡が来ることになっていたが、注射嫌いな美代さんの事、大丈夫だったのかと内心心配していた。
頼りがないのは元気な証・・・でしたっけ。
何事もなかったということのようです。

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それにしても、在宅介護の頃はこんな風に美代さんを心配することはなかった。
嫌いな注射を受けている際も、大きな声を張り上げる美代さんを楽しみにさえしていた(悪魔よね)
それなのに、心配という文字が出てくるのは、半強制的に特養に入れたということへの、申し訳なさのようなものから来ているのかもしれない。

要介護4や5の親を、在宅で介護をしている家族の話を耳にすると、自分が情けない娘ではないかと落ち込んでしまう。
まだまだやれたかも・頑張れたかもしれない。
でも、入所を断ったら、次に順番が回ってくるのは何年後?
それを想うと、あの時はあの選択をするしかなかった。

穏やかな認知症と言われている美代さんは、ホームでも皆様方と仲良くやっているようだ。
在宅介護ではあたしにキツイことを言われていたので、それがないだけでもホッとしているのかもしれない。

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副反応で出る割合は1回目より2回目の方が多いと聞く。
24日が2回目のワクチン接種。

何事もなく済みますようにと願う、悪魔から脱却したい娘の想いです。


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親子間と夫婦間の介護の形・・・ある夫婦の介護

2021.6.4(金)

今日は雨ね。
雨の日の朝は、家の前の道路の交通量が多くなる。
今朝、ゴミ出しをしようと玄関の外へ出たが、車がひっきりなしに通るので、なかなか道路に出ることができなかった。普段は徒歩通学や通勤の人達が、家人に送ってもらっているのかもしれない。


母美代さんが特養に入居したことで、あたしの暮らしは変わった。
起きる時間はこれまでと変わっていないので、美代さんに費やしていた時間が、そっくりそのまま空くことになった。

変わったのは時間だけではなく、食費や洗濯もだ。
食材購入は一人分となり、美代さんが食べられるものをあれこれ悩むこともなく、買い物時間も短縮。
週に4日のデイサービスが無くなっことで、デイで使っていたタオル・バスタオルの洗濯をすることもなくなったため、水道代も考え、洗濯は2日に1回となり、ベランダの物干しざおも寂しがっているように観える(苦笑)

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一昨日の認知症の家族の会で、お隣に座っていたNさん。
夫様が要介護5で、特養に入所。
5の状態まで在宅介護をされていらしたことに、先ずは感服。

でも、Nさんが特養入所を考えたのは、夫様の暴力行為が原因だったので、暴力がなかったら、これまで通りに在宅介護を続けられていたかもしれない。

主催者のIさんは年上の妻様の在宅介護で、同じく要介護5。
最近は、ショートステイにロングでお世話になっていると仰っていた。

欠席されたKさんのお母様も要介護5で在宅介護だが、彼女の場合は連れ合いではなくて母親。
周りからは、一卵性親子と言われるほどの仲良し母娘なのだそうな。

想った。
Kさんの場合は置いておいて、親の介護と連れ合いの介護とでは、気持ちのあり方が違うのだろうか。
親と、夫婦とでは、介護に掛ける度合いも違うのだろうか。

親が子に注ぐ愛情と、それを受ける子の気持ちは、必ずしも100%一致するとは思えない。
子にとって親は、当たり前に何でもできていた存在で、その当たり前にできていたことができなくなってしまったことに、イラつきや鬱陶しさを感じてまうのかもしれない。

対して、妻・夫は、夫婦間にも因るだろうが対等の存在なのかもしれない。親と一緒にいた時間よりも、連れ合いとの時間の方が遥かに濃密になるだろう。
それ故になるべくなら自分の傍に置いておきたい・・・そんな風に想うのだろうか。
が、その想いも人それぞれだ。
あたしの両親は、父が認知症になった時には、母は認知症を理解することもなく、父に対してかなり辛く当たっていたらしいし、父も母に対しては暴言を吐いていたらしい。
両親はお互いがそんな仲でも、むすめ達の話として、父は孫であるユカ・サキには優しかったと言っていた。

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父は要支援で、入浴中に浴槽の中で亡くなった。
解剖を受けることもなく、変死扱いとなり病院には警察も来ていたらしいが、最終的には心不全という病名での死。

父の火葬中に、母は参列者用の昼食を平然として食べていた。
いや、心の中では悲しんでいたと想うが、観ている人にはその行為は悲しんでいるようには見えなかったはず。

そんな母でも、ここ半年は亡き父を生きていると想っていたり、とても心配する言葉が出ていた。
父が生きていたら、今頃は確実に介護度も上がっているはずで、母はもしかしたら認知症にはならずに父の介護していたのだろうか。

子が親を看る介護と、妻・夫がそれぞれを看る介護。
(親が若年性の子を看る場合もある)
何れにしても、一人での介護には無理が生じると想う。
受けられるサービスを確認し、頼ることも間違いではないと想う。

限界が来る前に、適切な判断を下すことが必要なのかもしれない。


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プロフィール
こんにちは、にゃんズの母と申します。 2001年、念願の実家脱出に成功。 2009年、最愛?の夫と死別。 以後、気ままな一人暮らし。 2017年、軽度認知症の母との生活が始まり、 介護と思しきバトルの日々でございます。 動物大好き、特に猫。 酒とお洒落を愛する、普通?の「おんな」でございます。
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