2025.8.29(金)
最近ネットニュースで多く観るのは、葬儀の形態とお墓問題。
小さなお葬式が謳われようになって久しいけれど、最近では葬儀を行わない直送もあるんだとか。
30代の頃、両親と同じお墓に入るということが嫌で嫌で仕方がなかった。
それは特に美代さんからの干渉によるものが強く、この人とは同じ墓には絶対に入りたくない…同じ墓に入るくらいなら富士の樹海で野垂れ死にしたほうがまだまし…そんな風にまで考えていた。

父は亡くなるずっと以前に墓所を購入していた。
それは菩提寺の裏手にある墓地の一画で、近くには一緒に購入したという父方の伯母のお墓も建っている。
79歳で亡くなった父だけれど、当時は表面的には健康だったので、こんなにも早く逝ってしまうとは…という想いが強かった。
墓を建立したのは美代さんで、葬儀が終わってから4ヶ月後のこと。
地元の石材店(わたしの同級生が営んでいた)に依頼し、新し物好きだった父のために横型のお洒落な墓を選んだ。
その後も美代さんからの干渉はあったけれど、今にして思えば父を亡くしたこによる寂しさの現れだったのではなかったかなと。

認知症になった美代さんを古河に呼び、一緒に暮らすようになったのは2017年のこと。
好きではない(嫌いに近い)母親と暮らすのは言いようもない苦痛で、それが認知症ともなればなおさらのことだった。
認知症になってからも歩けるうちは墓参りを続けた美代さん。
その頃のわたしは、ここにいつかはわたしも入ることになるのかな…という漠然としたした思いがあった。
人生100年時代と言われている中で、美代さんは92歳。
食事量も減りガリガリに痩せ、もしも亡くなるのだとしたなら老衰となるのかな。
面会時、美代さんが可愛く思えることがある。
なんだかんだ言っても母親であることに変わりはなく、いつかはこの人と同じお墓に入るんだと思えるようになってきた。そしてそれが嫌ではなくなっている。
こんな風に気持ちが推移したのは、やはり離れて暮らしていた期間があったからではないかと。
干渉や束縛から逃れられたことで、美代さんに対する嫌悪も薄れていたんだと思う。

父方の本家とは疎遠になっているので、仮に美代さんが死んだとしても知らせることはない。
美代さんには存命している弟妹が4人いるが、皆高齢になり、年齢順でということにはならないだろうし、行き届いている介護を受けている美代さんが一番長生きするかもしれない。
叔父・叔母たちの葬儀には、わたしが美代さんの名代として参列することになるのかもしれないが、それはあくまでも呼ばれたときの話。
小さなお葬式を希望しているわが家では、娘たちは家族葬でと言っているが、叔父叔母、そして従兄妹たちの考えはいかがなものか。
人は皆、いつかは死を迎える。
縁起でもないなどとは言わずに、自分のときのことも含め、少しずつでも話し合いをしておくべきではないかと考えている。
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それは特に美代さんからの干渉によるものが強く、この人とは同じ墓には絶対に入りたくない…同じ墓に入るくらいなら富士の樹海で野垂れ死にしたほうがまだまし…そんな風にまで考えていた。

父は亡くなるずっと以前に墓所を購入していた。
それは菩提寺の裏手にある墓地の一画で、近くには一緒に購入したという父方の伯母のお墓も建っている。
79歳で亡くなった父だけれど、当時は表面的には健康だったので、こんなにも早く逝ってしまうとは…という想いが強かった。
墓を建立したのは美代さんで、葬儀が終わってから4ヶ月後のこと。
地元の石材店(わたしの同級生が営んでいた)に依頼し、新し物好きだった父のために横型のお洒落な墓を選んだ。
その後も美代さんからの干渉はあったけれど、今にして思えば父を亡くしたこによる寂しさの現れだったのではなかったかなと。

認知症になった美代さんを古河に呼び、一緒に暮らすようになったのは2017年のこと。
好きではない(嫌いに近い)母親と暮らすのは言いようもない苦痛で、それが認知症ともなればなおさらのことだった。
認知症になってからも歩けるうちは墓参りを続けた美代さん。
その頃のわたしは、ここにいつかはわたしも入ることになるのかな…という漠然としたした思いがあった。
人生100年時代と言われている中で、美代さんは92歳。
食事量も減りガリガリに痩せ、もしも亡くなるのだとしたなら老衰となるのかな。
面会時、美代さんが可愛く思えることがある。
なんだかんだ言っても母親であることに変わりはなく、いつかはこの人と同じお墓に入るんだと思えるようになってきた。そしてそれが嫌ではなくなっている。
こんな風に気持ちが推移したのは、やはり離れて暮らしていた期間があったからではないかと。
干渉や束縛から逃れられたことで、美代さんに対する嫌悪も薄れていたんだと思う。

父方の本家とは疎遠になっているので、仮に美代さんが死んだとしても知らせることはない。
美代さんには存命している弟妹が4人いるが、皆高齢になり、年齢順でということにはならないだろうし、行き届いている介護を受けている美代さんが一番長生きするかもしれない。
叔父・叔母たちの葬儀には、わたしが美代さんの名代として参列することになるのかもしれないが、それはあくまでも呼ばれたときの話。
小さなお葬式を希望しているわが家では、娘たちは家族葬でと言っているが、叔父叔母、そして従兄妹たちの考えはいかがなものか。
人は皆、いつかは死を迎える。
縁起でもないなどとは言わずに、自分のときのことも含め、少しずつでも話し合いをしておくべきではないかと考えている。
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