2025.8.28(木)

自分の寿命が何歳までなのか…そんなことをたまに考えたりする。

若い頃は生きていることが当然だと思っていた。死は現実的ではなかった。
48歳のときに父と夫を立て続けに亡くし、そのとき死はとても近い存在となったが、それでも自分の死については遠く漠然としたものだった。


この夏、体調を崩し発熱すること3回。
免疫機能が落ちていることで治り方が遅くなり、スッキリとした感覚はなく、いつもなにかが纏わりついているような、そんな感覚が残っている。


死は平等だ。
死なない人間はいない。
わたしもいつかはあちらの世界へと旅立つ。

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わたしは死を恐れている。
それは痛みや苦しみの中で迎えるかもしれないと思うからなのかも。
でも、もしも就寝中に、それこそ寝ている間にスーッと逝くことができたなら、それは痛みや苦しみを伴わない死に方になるのだろうか…。

それから、死は全てを失う。
わたしにとってはその怖さのほうが強いのかもしれない。


在宅介護が続く中で徐々にもの忘れが増え、自分が言っていることをすぐに忘れる美代さんに対し、心の中ではいつも憎まれ口をたたいていた。

そして、変形性膝関節症があることで歩くことも困難になり、オムツ生活になったことを苦々しく思うことさえあった。

認知症がどのよう症状であるのかは理論的にはわかってはいたが、それを受け入れることは簡単ではなく、優しくできない日々が続いていた。

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紅葉の始まりの中をお散歩中のねこ。
このコたちもきょうだいねこなのだそう。
(岩合光昭写真展より)


現在は特養に入居している美代さん。
夫の名前を忘れ、娘や孫娘たちの名前も忘れ、自分は健康で動けていると思っている。

美代さんの進行は必然的だったのかもしれない。
でも、わたしがもう少し在宅介護を頑張っていたら、もしかしたら進行を遅らせることができたのではないか…。そんな話を次女にしたことがあったが、次女は、

「おかぁのせいだなんて誰も思っていないよ。おかぁは頑張ったと思うよ」


美代さんは穏やかな認知症と言われていた。
そう、世の認知症の症状と比べたら、介護に関してはとても楽だったのかもしれない。
そんな美代さんでも介護をするわたしにとっては、毎日が愚痴のオンパレードだった。


色々な後悔がある。
でも過ぎてしまったことをつべこべ言っても何も始まらない。
今わたしにできることは、なるべく多く面会に行くこと。そして、最期を看取ること。
それが優しくできなかった娘の、せめてもの償いであると思っている。


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