2022.10.3(月)

昨日の、父方の従兄と美代さんの会話から少し。
従兄のことを判らないと言った美代さんでしたが、その従兄に対して、「死にたぐね・・・」と。そして、それを受けた従兄は、

「散々苦労したんだがら、ながいぎするんだ」(長生き)

横で聞いていたわたしは、Σ( ̄ロ ̄|||)
最近の美代さんは何かにつけて「死にたくない」とか「長生きさせてほしい」と言います。
89歳はけっこう長生きだと想うのですが、それでもまだまだ生きたいようで。


朝起こしに行くと、目だけがきょろきょろとし、まるでここは何処?のような感じ。
一人でできることはほぼなく、意思の疎通も上手くいかないことが多くなっている状態で、とにかく生きたいと。
そして、誰彼構わずに「死にたくない」では、まるでわたしが死に追いやっているように観られるではないですか(泣)

従兄の、「散々苦労した」は、何をもってその言葉になるの?
美代さんの苦労を、どこまでの苦労を解っての言葉?それとも、社交辞令?
それに、美代さんの苦労の一つには、従兄の件も入っていることを知っての言葉?

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         青くん・・・スヤスヤ~

美代さんが言う長生きは、いったい何歳まで?
今でさえ何もできないのに、この先は一層手が掛かる状態になるのに、それを理解しているの?と、鬼の悪魔のわたしは言いたい。
でも、美代さんの苦労の一つには、わたしの存在もあるのかもしれない。

「親の躾がなってねがら、こったに早ぐ子どもが生まれるごとになったんだ」

20歳で親になり、子どもが子どもを産んだと、叔母たちからはそれこそ散々言われた。
この時の悔しさは今でも忘れない。そして、わたし以上に美代さんは悔しかったはず。

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       首が落ちても起きない(苦笑)

介護を親孝行だとは思っていない。
親孝行でできるような、簡単なことではないと思っているから。

美代さんの介護は宿命・・・美代さんの長女として生まれた、宿命なのかもしれない。
運命は自分で選べるが、宿命はからは逃れられない。
だとしたら、粛々と受けるしかない。
特養を退所させ、在宅介護に戻したのは自分で選んだ運命だが、介護自体は宿命なのだと思う。

美代さんは、父が亡くなったことを理解していない。お仏壇の写真を見せても、それが父だと認識できない。
これでは「じいちゃんが待っているんだから」とは言えない(苦笑)

好きなだけ長生きすればいいヮ。
わたしの体力が持たなくなった時には、再度の特養入所を考えるから。
そして、その時はお互いのためと、今度こそ割り切れているはず。


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