2022.1.20(木)

昨日の次女との電話で、母美代さんのことも。
年末に美代さんが入所している特別養護老人ホームに、娘たちと孫のハヤブサくんの4人で面会に行っています。
認知面が順調に?進行している美代さんは、月一で面会をしているわたしのことも忘れかけている状態です。

あの日も、目の中に入れても痛くないほど可愛がっていたひ孫のハヤブサくんを観て、

「誰だ?」


ハヤブサくんは、自分のことを憶えていていなかったことがかなりショックだったようで、岩手に帰ってからも、その時のことを何度も言っているそうです。それも、怒った調子で(苦笑)

「ハヤブサだけを判らなかった訳じゃなかったよね?みんなのこともだったよね」

一応なだめすかしたと言っていました。
そして、もう一つ大事なことを言い聞かせたようです。

「ばあちゃんはね、いっぱいお仕事して苦労もして頑張ってきたんだよ。だからね、年取ったら嫌なことだったり大変だったことは、もう忘れてもいいんだよ。今はね、ゆったりとしているんだよ」

6歳児のハヤブサくんがこれで納得をしたのかは判りませんが、今はこういう内容で十分なのかもしれません。
この後次女は、面白いことを言いました。

「嫌なことを忘れるっていいよね。わたしも忘れたいこと沢山あるよ」

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年齢も生年月日も忘れ、自分が産んだ娘のことも忘れる。
一番近くで見てきたわたしは、認知症を怖い病気と思ってきましたが、次女はそうは思っていないようです。
ハヤブサくんに説明したことは、案外次女の心の内なのかもしれません。


在宅介護をしていた頃の美代さんの思い出は、子どもの頃からの苦労話でした。
貧乏農家の長女で、小学校にもろくに通わせてもらえず、弟妹達の子守りで明け暮れていたそうです。ある時「もう、赤ん坊は産まないでほしい」と懇願したそうでが、烈火のごとく怒った父親から、真っ赤に焼けた火箸を投げつけられたと話していました。
そして、その父親は飲んべぇで、酒代稼ぎのための行商で、お給金のほとんどは父親に取られたそうです。

まともな布団に寝ることはできず、ボロ布を重ねたような布団に寝ていたそうです。
実家の押し入れの中の山の様な寝具は、貧乏だったころの反動のようです。


今の美代さんに思い出話を聴いたら、どんなことを話してくれるのでしょうね。
認知症は、色いろなことを忘れていきますが、嫌なことを忘れさせてくれるのなら、それも有りなのかもしれません。


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