2021.8.14(土)

わたしの実家のお墓参りの習わしは、迎え盆の13日から送り盆の16日まで毎日お参りです。

今日・明日は長女は仕事なので、お参りはわたしだけ。
朝9時半過ぎに行って来ました。
その時点で雨はまだ降っていませんでしたが、花の水を換えろうそくに火を灯す頃にポツリポツリと。
昨日も雨が降り早々にお墓を後にしていましたが、今日も申し訳ないけれど火が消えるのを待たずに「また明日来るからね」と。

雨の中で手を合わせながら、父と夫にそれぞれお願いごとをしました。
母美代さんは、父が亡くなったことを理解しておらず、どこでなにをしているのかと心配していますが、敢えて亡くなっているとは言わずに、そうだねぇ仕事に行っているんだよと、話を合わせます。
あの世で、たぶん母を観ているであろう父には、たまには美代さんの夢枕に立って安心させてほしいと。

夫は自由奔放な生き方をしてきた人だったので、あの世でもおとなしく過ごしているのか怪しいので(苦笑)どこにいてもいいから、たまには私達家族が穏やかに生きていられるよう見守ってほしいと。

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帰宅の車の中で思ったこと。
わたしも、あと20年もすればあの中に入るんだ・・・。

婿取りをしたわたしは、両親と上手くいかない時期がありました。
自由過ぎる夫を気に入らない両親から、自分たちを取るのか?それとも夫を取るのか?と、詰め寄られたことがあり、その当時二十代半ばのあたしは追い詰められた気持ちになり、車の中で手首にカミソリの刃を。

傷は深くはなく、命がどうこうということにはなりませんでしたが、慌てふためいた両親は夫と夫家族をかなり責めたそうです。
気を失っていたわたしは、その時のことは憶えておらず、後になって夫からそのときのことを聞かされ、申し訳ない気持ちになっていました。
でも、夫からとは別に両親から言われたのは、

「気ままに育てた息子だが、それでもいいからと婿にしたんだろ?」

みたいなことを、夫の母親から言われたそうで、母息子揃って話にならないと思ったそうですが、そんなまともではない?夫はその後も自由に生き、堪忍袋の緒が切れたわたしは、ついには離婚の二文字が頭に・・・。

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人の命は永遠ではありません。
不老不死を願う人がいるのかもしれませんが、限りがあるから美しいと、何方かがおっしゃっています。
やりたいことをやり、生きたいように生きた夫は、生前から死ぬことを怖いとは言うことはなく、53歳という年齢で旅出ちました。
息を引き取る前の最期の言葉は「俺は死ぬとき苦しむのか?・・・」


親と夫の板挟みになっていたわたしは、いつの頃からか親とは一緒の墓には入りたくない。その想いが強くなりましたが、21年前に親元を離れたことでその気持ちは少しずつ和らいでいました。

何れは父と夫が眠っている墓に、わたしも入ることになるのでしょうが、それまでは今がお盆であることも判らずにいる母美代さんに代わり、しっかりと墓守をしていかなくてはなりません。

明日も雨マークがついている岩手。
傘を忘れずに、ですね。


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