2021.6.4(金)

今日は雨ね。
雨の日の朝は、家の前の道路の交通量が多くなる。
今朝、ゴミ出しをしようと玄関の外へ出たが、車がひっきりなしに通るので、なかなか道路に出ることができなかった。普段は徒歩通学や通勤の人達が、家人に送ってもらっているのかもしれない。


母美代さんが特養に入居したことで、あたしの暮らしは変わった。
起きる時間はこれまでと変わっていないので、美代さんに費やしていた時間が、そっくりそのまま空くことになった。

変わったのは時間だけではなく、食費や洗濯もだ。
食材購入は一人分となり、美代さんが食べられるものをあれこれ悩むこともなく、買い物時間も短縮。
週に4日のデイサービスが無くなっことで、デイで使っていたタオル・バスタオルの洗濯をすることもなくなったため、水道代も考え、洗濯は2日に1回となり、ベランダの物干しざおも寂しがっているように観える(苦笑)

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一昨日の認知症の家族の会で、お隣に座っていたNさん。
夫様が要介護5で、特養に入所。
5の状態まで在宅介護をされていらしたことに、先ずは感服。

でも、Nさんが特養入所を考えたのは、夫様の暴力行為が原因だったので、暴力がなかったら、これまで通りに在宅介護を続けられていたかもしれない。

主催者のIさんは年上の妻様の在宅介護で、同じく要介護5。
最近は、ショートステイにロングでお世話になっていると仰っていた。

欠席されたKさんのお母様も要介護5で在宅介護だが、彼女の場合は連れ合いではなくて母親。
周りからは、一卵性親子と言われるほどの仲良し母娘なのだそうな。

想った。
Kさんの場合は置いておいて、親の介護と連れ合いの介護とでは、気持ちのあり方が違うのだろうか。
親と、夫婦とでは、介護に掛ける度合いも違うのだろうか。

親が子に注ぐ愛情と、それを受ける子の気持ちは、必ずしも100%一致するとは思えない。
子にとって親は、当たり前に何でもできていた存在で、その当たり前にできていたことができなくなってしまったことに、イラつきや鬱陶しさを感じてまうのかもしれない。

対して、妻・夫は、夫婦間にも因るだろうが対等の存在なのかもしれない。親と一緒にいた時間よりも、連れ合いとの時間の方が遥かに濃密になるだろう。
それ故になるべくなら自分の傍に置いておきたい・・・そんな風に想うのだろうか。
が、その想いも人それぞれだ。
あたしの両親は、父が認知症になった時には、母は認知症を理解することもなく、父に対してかなり辛く当たっていたらしいし、父も母に対しては暴言を吐いていたらしい。
両親はお互いがそんな仲でも、むすめ達の話として、父は孫であるユカ・サキには優しかったと言っていた。

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父は要支援で、入浴中に浴槽の中で亡くなった。
解剖を受けることもなく、変死扱いとなり病院には警察も来ていたらしいが、最終的には心不全という病名での死。

父の火葬中に、母は参列者用の昼食を平然として食べていた。
いや、心の中では悲しんでいたと想うが、観ている人にはその行為は悲しんでいるようには見えなかったはず。

そんな母でも、ここ半年は亡き父を生きていると想っていたり、とても心配する言葉が出ていた。
父が生きていたら、今頃は確実に介護度も上がっているはずで、母はもしかしたら認知症にはならずに父の介護していたのだろうか。

子が親を看る介護と、妻・夫がそれぞれを看る介護。
(親が若年性の子を看る場合もある)
何れにしても、一人での介護には無理が生じると想う。
受けられるサービスを確認し、頼ることも間違いではないと想う。

限界が来る前に、適切な判断を下すことが必要なのかもしれない。


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