2021.5.31(月)

何もしなくても、時間は刻刻と過ぎて行く。
今日で5月も終わり、明日からは6月。
コロナ禍でなければ、巷のカップルはジューンブライドでゴールイン?


昨日、母美代さんが入所(入居)している特養に、面会に行ってきた。
前回もだったが、当然のように車椅子に乗せられていた。

少しは歩く練習をしているのかと訊いてみた。
返事は「歩げるどぎは、なるべぐ歩ぐようにしてる」だった。
面会終了後にスタッフに訊いてみると、

「トイレの際は立位できていますが、どれだけ歩けるのか判りませんし、長い距離は歩いてはいません」

やっぱり。
少しでも歩いてもらいたいと思っていたけれど、もう、歩くのは無理なのかもね。

「特養に入ったら、完全に車椅子生活になると想うよ」
あたしの言葉を受けた美代さんは、それほど良いということを言っていた。


「元気になって歩けるようになったら、畑仕事をしたい」

デイケア・デイサービスにお世話になっていた時は、こんなことを言っていたが、歩行に関しては年々衰退し、変形性膝関節症で、膝が痛いと常々言っていた。
施設で車椅子生活となり、歩かなくても良くなったことに、ホッとしているのかもしれない。

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施設に入るということは、それまで一緒に暮らしていた家族とは別れるということ。
家族の手に及ばなくなるから、施設にお願いするのだが、当の本人はどこまで受け入れているのだろう。

要介護1での同居で、杖歩行ではあったが一人で散歩や買い物にも行けていた。
そして、初めの頃は、あたしの手に負えなくなったら施設に入ってもらうことを、了承してくれていたが、認知症は日々進行し、自分が認めていたことも忘れてしまっていた。

昨日の帰りに、一緒に帰りたいとは言わなかった。
自分の居場所が施設であることを認識できていたのか、それとも、家での生活は車椅子を使われないと解っていてのことだったのか。

あたしの心・・・気持ちにも変化が出ていた。
あんなにも介護を煩わしいと思い、美代さんに対してもキツイ言葉を投げかけていたのに、面会の際には優しい言葉が出ていた。
何よりも帰り際に手を振ることができていた。

在宅介護のときは、デイケ・デイサに行く際には、バイバイなど決してできなかったし、やっと行ってくれたとホッとしていた。
これは、とても大きな変化だと想う。

そう言えば、美代さんがまだ元気だった頃には、帰省から戻る際は手を振り別れることができていた。
「元気で居てね、身体を労わるのよ」こんな言葉が普通に言えていた。

離れて暮らすことで、案じる気持ちが出てくる。
それは前から分かっていたけれど、たったひと月の短い期間でこういう気持ちになったことに、正直言って驚いている。

前回の面会時には、帰省先で買ったお煎餅を渡すことができた。
10枚入りだったが、最後の1枚までちゃんと食べたと言っていた。
次の面会で食べたいものがあるなら買ってくると言うと、咄嗟のことで頭には何も浮かばなかったようだったが、

「あまりかだぐね、煎餅だばいい」(硬くない)

小袋入りの煎餅を、見繕ってみよう。


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