2021.2.23(火)

令和天皇誕生日ですね。

介護をしていると、休日も祝日も関係ありません。
今日火曜日は、美代さんはデイサのない日なので、朝からずっと一緒です。
でも、1時間ほど買い物に行ってきたし、夕方はウォーキングに行く予定なので、四六時中一緒という訳でもありませんが。

家に居ても何をすることもなく、ずっと座りっぱなしの美代さん。
あんなに大好きだった電話でのお喋りも、最近はコロナと一緒で自粛気味で、言いたいことが言葉にならず、何を話したらいいのかも判らないと言います。

そうそう、夢を見たそうです。
内容は、父とあたしの夫が亡くなっていることを誰かが教えてくれたと。
あたしには夫など居ないものと想っていたようですが、しっかりと名前を言えていました。
で、〇〇はおめのダンナだよな・・・?と。
この記憶は果たしていつまで保たれるのかは判りませんが、そうだよ、良く憶えていたね。と、褒めてあげましたヮ。

認知症の記憶って、不思議です。
誰かが言っていた。
家族の細かなことについては、他人様が判ろうはずもなく、当然あたしからの情報なのですが、あたし以外の誰かから言われた・・・と言うことが多いです。
それは、遠い昔に言われたと思っていたり、夢の中で言われたと思っていたりと、その日によって違うのですが、決まっているのは統一していないこと。
頭の中の回路・線が繋がって居ないのでしょうね。

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あたしは美代さんにずけずけと言います。

「あなたは頭が悪くなっているのよ。あたしも頭悪いけれど、あなたの頭はもっと悪くなっているのよ」

こう言われても美代さんは怒りません。逆に笑ったりします。
頭が悪いというのは、例えば国語算数理科社会のような、学力的なことと思っているようです。
小学校低学年までしか学べなかった美代さんは、頭の悪さを否定しません。
悪い・・・と言うより、学べなかったことで知識がないが近いのかもしれません。

世の中の情報を話してあげると「おめはあだまいいなぁ。なしてそったに知ってるんだ?」と、言われますが、頭が良いということではなく、知りたいと言う気持ちの違いなのだと想うのです。

定年退職後に、学ぶ気持ちがあればいくらでもあったはずです。
でも、それをしなかったのは本を読むことができなかったから。
それにも理由があって、漢字が・・・読める漢字が少なくて気持ちが萎えてしまったようなのです。
とにかく、読むということが苦手なようでした。

極めつけは、外孫のミホが(ソノコの子ども)3歳くらいの時に、本を持ってきて読んで欲しいとねだったそうです。
美代さんは、嫌々ながらもなんとかかんとか読んであげたらしいのですが、スラスラと読めずに何度も引っかかり、終いには「おばあちゃんは本が読めないんだね・・・」と言われ、哀しそうな顔をされたらしいのです。
幼い孫から言われたこの記憶は、美代さんにはとても衝撃的なことで、認知症となった今でもフッと思い出すようです。

【何かをすることに遅いということはない】
この様な考えを持っていますが、今いまのことを忘れてしまう美代さんには、言っても詮無いことです。
それでも、少しでも動いてほしいと願うのは、あたしのズルさゆえ。

今日も暖房無し。
午前中は暖かかったですが、午後から少し冷えて来ました。
美代さんは、いつものフリースを自分で着ました。
自発的に動いてくれることは、有難いことです。