何もかもが嫌になることって、ありませんか。

世の中には、あたしのように一人で介護をなさっている方は山ほどいらっしゃるでしょう。
介護を投げ出したいと思うことって、無いのでしょうか。

昨日のショートステイの説明を受けている最中のことですが、

「在宅介護は大変ですよ。皆さんよくやっていらっしゃいます」

と、相談員が仰っていました。
その中でも息子と娘の介護には違いがあるそうです。
息子さんは、とても優しくお世話をするそうです。
でも、行き届いた介護はやはり女である娘さんの方なのだそうです。

娘を持たない親御さんは、息子さんやお嫁さんから受けるしかないのでしょうけれども、これを聴いたあたしは「もっとしっかりとした介護をしろ」と、言われたような、頭をガツンと殴られたような気持になりました。

以前、大家さんも話していましたが(大家さんは二人兄弟の次男)忘れることは仕方のないことだと。
それよりも、できなくなっていることをしっかりとサポートすることが大事なことなのだと。

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だめですねぇ、あたしは。
勿体ない精神と捨てられない症候群のリハパン戦争は、あたしが交換してあげれば済むことなのですが、最近は入歯戦争も起こりつつあるのです。

食事の後、入歯に付着した食べカスですが、その場で外しなめたり手で取り除いたりして、又口に戻そうとする行為は、傍にいる者にとっては決して心地よい光景とは思えません。
洗面所に行き、外して洗い・口すすぎをするように毎回言うのですが、食べ終わったあとの口すすぎの習慣を忘れてきています。(面倒くさいこともありで)

「洗面所」という言葉が出なくなりました。
「流し」(流し台の略)という言葉に置き換えられ、その流しがどこにあるのかも判らくなってきています。
重い腰を上げやっとのこと立ち上がっても、流しのある場所が判らずに室内迷子。足代わりの室内用杖は、毎回置いてけ堀。
洗面所が判らなくなってきた美代さんに、洗面所へ行かせるあたしは、やはり鬼ですかね?

あたしが子どもの頃に住んでいた家には洗面所などはなく、顔洗いも歯磨きも全て台所の流し台でやっていましたが、そろそろ限界で、台所=洗面所にしなければならないようです。
そう言えば大家さんが仰っていましたわ。

「この家は寒いので、冬は洗面所は使わずに台所で口すすぎをさせた方が、お母様のためですよ」

歩かないと益々歩けなくなる。
その想いが強く、何としても歩かそうとしていましたが、もうどうでもよくなりました。
デイケアでリハビリは受けていますが、日ごとに歩けなくなっている母に、これ以上期待をしても無駄なのかもしれません。
今後はもっと歩けなくなるでしょう。

線引きのようなものが必要なのであれば、それは今なのかもしれません。
「歩けない・歩きたくない」という母に、必要最小限の歩行で済むようにしてあげるのが、あたしの役目なのでしょうね。

頑張らない介護。
投げやりな介護とは違うのでしょうけれども、
何だか、何もかもが嫌になってきています。