昨日は、3ヶ月ごとのリハビリ会議の日だった。
今回も、コロナウィルスに配慮するために、家族とケアマネの出席はなし。
晩ご飯のときに、どんなことを話したか訊いてみた。

と、その前に。
デイケから帰宅した美代さんは鉛筆を探し始めた。
何に使うのか訊いてみたところ、カレンダーに帰宅時間を記したいと。
何故その時間が必要なのかと問うと、デイを出てどれくらいで着くかが知りたかったと。

「美代さん、同乗の利用者さんがいて、その人の所へ先に行っていたら帰りは遅くなるんだよ。いつも同じではないんだよ。あなたの他に誰か一緒だった?」

この問いかけは、母には難しく感じたのか、解らない・知らないの一点張り。
自分の他に運転手のスタッフさんは当然乗っていたはずだが、仮に、名前を知らなくても、他に誰かが乗っていたかもわからないのだろうか・・・認知症て難しい。

話を戻します。
そう、どんな話をしたかなど当然憶えていない。
ただ、出席者の名前は判らないが、何となく知っている顔があったと言っていた。
と、言うと、送迎車に乗っていたのは母のみだったのかも。
誰かが乗っていたら、顔くらいは解るだろうから、知らない・解らないとは言わないはず・・・面倒くさいな。

今朝、遅い朝食を摂る前に、突然借りていた車椅子を観ていつ返すのかと訊いてきた。
今月中には返すと答えると、

「これのごど、わだしの部屋さあるの観だって、おどごの人言ってらった」

わが家の室内に入った男性は、これまでには大家さんと、デイケ・リハ担当理学療法士のふたりだが、
美代さんは、最近大家さんとは話をしてはないし、理学療法士は車椅子を観ていない。
それこそ、誰が車椅子を観たと言うのか・・・?
少し問い詰めてみた。

「美代さん、その話誰が言っていたの?車椅子を観ている男の人は誰もいないよ」

「誰だがわがらねども、観だって言ってらったし、いづ返すのがども言ってらった」

土曜日に、リハビリ会議を進めるに辺り、最近の家での様子を問い合わせてきた理学療法士だったが、昨日のリハビリ会議で、たぶん理学療法士が話していたことを、美代さん流にアレンジして話してきたのだと思う。
その理学療法士から「乗ったのか?」と訊かれたらしいが「乗っていない。お墓に行くときも歩いて行った」と、答えたと言う美代さん。

確かにお墓には車で行き、降りてからは歩いてもらったが、それはアスファルト舗装されていない畑道の状態だったので、車椅子では厳しいからとの判断だったし、長い距離でもなかったので、手を引き歩いたもらった。

しかし、本来の目的は高速道でのトイレタイムでの利用。
往復で3回の利用だったが、そのこともすっかりと飛んでしまっている。
理学療法士は、美代さんの言葉をどれほど信じたのだろうか。

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家での美代さんは、ズボンの中にシャツを入れることが難しくなっている。
腕が、後ろに回らず筋力も減ってきているのでズボン自体を上げることも辛いようだ。
あたしの話を聞いたスタッフは驚き、

「デイではご自分でなさいますよ」

いい人ぶり・・・自分を良く見せたい心が「ひとりで、できるもん」になっているのだろうか・・・。

家では「忘れた・憶えていない」を連発する美代さん。
あたしはデイでの様子を知らない。
たぶん・・・「外面よしこさん」なのだろうな。

憶えていて欲しいことは忘れ、やってもらいたいことはやらず。
どうでも良いことはいつまでも忘れず、やってはいけないことをやる。
ユカが、岩手に帰る日の朝、

「祖母ちゃん、岩手に行ったら朝ご飯、こうして出てこないよ」

「は?今だって、出でこね」

あたし・・・ちゃんとやってますから!