認知症が進行していくと、家族の顔も判断できなくなる。
よく聞くことですね。

仏壇に立ててある父の写真やあたしの夫の写真。
亡くなって11年が過ぎています。
解らなくなっても、仕方がないのでしょうね。

昨日のブログに、母美代さんがあたしを認識できなくなっているのではないか・・・と、載せました。
この家に越してきたのは今年の3月初めなので、5か月目となっています。

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    お刺身を食べている桐ちゃんの元へ

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    頭を入れ、ちょうだいするよ~

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     桐ちゃんは、すこしのあいだ我慢

母に取って、一番大切なトイレを間違えたことはないのですが、洗面所と自室を間違えたり忘れることは、しょっちゅうになってきています。
トイレから出て、自室に戻ろうとして洗面所へ。自室から洗面所へ入ろうとしてトイレへ。
洗面所と自室の地図が、頭の中で消えかけているようです。

傾眠が多くなってきています。
昨日は、晩ごはんの前に眠いと言い出しベッドへ。
お腹は空いていないのかと訊いても、空いていない眠いとだけ言い、そのままコテン。

2時間くらいでめが覚め「寝でいだ・・・」と言い、トイレへ。
もうそろそろお腹がすいても良いはずなのに、食べたくないと言いまたもや寝ると。
たぶん朝まで寝るのだろうと思い、パジャマに着替えさせた。
寝る前には、一応今日はデイケの日だと教えたが、いつものように「わがった」で、おやすみなさい。

今朝、トイレには美代さんが使用した痕跡はなかったので、熟睡できたようだ。
7時過ぎ。
そろそろ起こさなければと思っていたところへ、引き戸を開けた美代さんから声を掛かられた。

「目覚めだら、知らね家だど思った。オレは岩手さ居るのでねのが?こごはどごだ?」

ここは古河であることを教えたが、更に、

「おっかぁはどごだ?おめはおっかぁでは・・・ねよな?・・おっかぁど居だはずだ」
(お母さんはどこだ?お前はお母さんではないよな?お母さんと居たはずなのに)

このあと、少し考えていた風の美代さんに、今日はデイケなのでこのまま起きるようにと。
すると、美代さんは、

「オレはおっかぁのごどすぎなんだな・・・いづでもおっかぁど居てんだな・・・」(好き)

美代さんが20代半ばの頃、48歳で亡くなった母親。
病床に、つきっきりで介護をしたと言っていた。
認知症になる前は父親の話はもちろん、この母親の話など全く聞くことがなかった。
あたしは、この祖父母の名前も知らずに育った。

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着替えを済ませた頃には、いつも通りの?美代さんに戻り、昨夜食べなかった分朝食はきれいに完食。
迎えの時間は9時5分頃と教え、復唱していた美代さん。
この後も、何度も時間のことを訊かれた。

美代さんは、入浴と食事を楽しみにしているので、余程体調が悪くない限りデイケ・デイサを休むことはない。
帰ってくると「今日お風呂に入れた」と、言う。
「具合が悪くない限り、毎回入っているんだよ」と言うと「そだのが?」
晩ご飯の時間の頃には、今日行ったところ・・・行ったことさえも忘れる。

思うに。
今は「おめ」とか「〇〇」と、あたしの名前を呼ぶが、もしかしたら近い将来、本気であたしのことを「おっかぁ」と呼ぶ日が来るのではないか。
その時は、当然母と思って呼ぶのか・・・
いや、違うか・・・
親も娘も解らなくなり、身の回りの世話をしてくれる=親。
こういう考えか・・・

『自分でできることは、なるべくなら自分で』
こう考え、実践してきたけれど、親と娘の判断ができなくなったら、限界よね。
ズルい娘のあたしは思います。

・・・まだもう少し、今のままの状態が続きますように・・・