昨日、デイケから帰って来た美代さんが、
何を思ったのか、いきなり以前住んでいた、マンションのことを喋り始めた。

「なぁ、あのマンションには3年ぐらい、いだが?」(居たのか)

実質、2年と3ヶ月だったけど、そんなものねと答えた。
自分の記憶が正しかったと喜んだ風の美代さんに、それならどこまで憶えているのかと訊いてみた。

「部屋の間取り、憶えてる?」

うっすらど、おべでる」(薄っすらと)

ならば、美代さんにとっては、なくてはならないトイレの場所を訊くと、そんなことは忘れたと。
じゃぁ、部屋は何号室だった?と、訊くと、何号室もなくてガランとした部屋だったと。

「3階の〇号室だったんだよ。エレベーターにも一人で乗り込めていたんだよ」

「ほう~3階だったのが・・・エレベーター?知らね」

薄っすらと憶えていたのは、何を憶えていたんだろ・・・
部屋がガランとしていた・・・これは、あながち間違ってはいない。
あたしは必要最小限の物で暮らせるタイプなので、確かにガランとしていたように感じていたのかもしれない。
結局、憶えていたことは、ガランとした部屋に3年間住んでいたということ。3年間ではないが・・・。

こうやって、いきなり思い出すけれど、記憶が残っているのはその時だけで、数分もすればマンションのことなどすっかりと忘れてしまう。

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今日はデイケ・デイサどちらにも行かない日。
それでも、7時過ぎには目を覚まし着替えようとしていた。
デイは休みであることを教えると、パッドを取り換えるついでに、パジャマの下だけを普段着に穿き替えベッドイン。
小一時間くらい寝ていただろうか、目が覚めた美代さんはパジャマのままで、ウロウロしていた。

「ねぇ、上も着替えたら?」

「は?したって今日はデイさ行ぐ日だ、どのふぐ着るのよ?いづも自分でふぐ出さね。誰がが出してくれでる・・・あれは、おっかぁが?」

デイのある日の、着ていく服のチョイはあたしがしている。
自分で出してはいない・・・ここまでは当たっているが、今日はデイに行く日だと言い始め、服は母親から出してもらっていると思い込んでいた。

「あのさぁ、いつもあたしが出してあげてるんだよ。あなたのおっかぁは、何十年も昔にあの世の人になってるのよ」

「そだ・・・おっかぁはあの世さいる・・・オレもおっかぁの傍さ行きてど思ってら」

「なら、行けばいいでしょ!」

「でもよ・・・死にがだ知らね・・・」

最近の美代さんは、よちよち歩きを通り越し、摺り足歩行で尺取虫歩き。
転んで、打ち所が悪ければ死んでしまうからと言い、一層歩きたがらない。
要は、死にたくないのだ。
なのに、死にたい・母親の傍へ行きたいと言う。

死ぬ気もないのに「死ぬ死ぬ」
これは認知症老人の常套句なのだろう。


オオカミ少年は、最後はどうなりましたっけ・・・
あたしのいないところで転んだのなら仕方がないけれど、目の前で転ばれては、あたしも後味が悪くなる。結局は、介護者がしっかりしとしていなければならない。

食後のデザートに、チョコアイスを2個も食べ、口の周りはチョコだらけ。
そして、コックリ・コックリ居眠り。
平和だ・・・。