にゃんズの母(しがらみと生きる)

「老猫、桐ちゃん19歳、青(せい)くん16歳」「あたし、お洒落大好き還暦過ぎたおんな」「母、89歳。方言と訛り×認知症要介護3で、田んぼの観える特別養護老人ホームに入居」 ねこ、お洒落、母の認知症と日々のあれこれについてを綴っています。 泣いて笑って、ケンカして・・・なのですが、母が特養に入所しケンカ相手が居なくなり少々寂しくも感じています。 人生一度きり。前向きに生きるためのブログです。

2022年02月

老人ホームでの感染。他人ごとではない・・・ 

2022.2.28(月)

昨日のお昼時。
いつものように、キムチ納豆なめ茸玉子焼き丼を食べている最中のこと、携帯の着信音にドキッ。
画面には母美代さんが入所している特別養護老人ホームの名前が。口の中のものを急いで飲み込んで出ました。(普段はライン電話なので、携帯の着信音には驚かされます。苦笑)

電話の声は副施設長さん。
美代さんに何かあったのかな?と、思ったのですが、内容は施設内で出ていたコロナ感染が終息し、保健所からの指導も解除になったとの連絡でした。

終息。あくまでも施設内でのことですが。

美代さんが入所しているホームは3階建て。
入居している部屋は、2階にあるユニット。
感染者が出たのは、3階の職員の1名からとのことで、1階と2階への拡大防止に努めております。との連絡が入ったのは5日でした。
感染が拡大することもなく、善かったよかったですが、職員の方々もかなりの神経を遣われていたことでしょうね。

DSC_1808


美代さんが入所したのは昨年の4月ですが、当初入居する予定の部屋は3階でした。
わたしがこの特養に決めたのは、周りが田んぼに囲まれており、美代さんが生まれ育った生家の風景に似ていたから。
でも、北側だけには田んぼがなく、入居予定の部屋はその北側でした。
これではここに決めた意味がないので、何とか田んぼの見える部屋に換えてほしいと頼み込んだ経緯があります。

3階の入居者・ご家族様は、不安と心配の日々を過ごしていたかと思いますが、オミクロン株は何処で誰が感染してもおかしくない勢いなので、もしかしたら1階・2階でもあり得ることだったのかもしれません。

美代さんは変わらずに「今朝もニコニコされていました」とのことでした。
最後の面会は1月3日だったので、そろそろ2ヶ月になろうとしています。
元気で居ることが判っても、やはり顔を観たいと思ってしまいます(苦笑)

わたしの罪滅ぼしの面会。
まん延防止措置が、一日でも早く解除になってほしいと願うばかりです。


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19歳。高齢猫ですが、まだまだ元気です。

2022.2.27(日)

2ヶ月ごとの爪切りとレボリューションの塗付。
今月はなんだかんだ忙しくて、今日行って来ました。

いつものように、体重測定ができる診察台の上に。
先に上げたのは青くん。
前回と変わらずの体重でした。

爪切りの時はこの世の終わりのような声を出す青くんですが、今日は比較的おとなしく、先生に任せていました。こんな日もあるんですね。

次は桐ちゃん。
日に日に軽くなってきているのは解っていましたが、また減っていました。

桐ちゃん・・・2.75kg
青くん ・・・5.80kg

年齢的に太ることはないと言われ納得するしかなかったですが、痩せていくのを観るのは辛いです。
それでも、嬉しいことも言ってくださいました。

「この年齢でこんなに元気なのは珍しいですよ」

動物看護師さんも「うんうん」と頷いていたので、なんだか、救われた感がありました。

DSC_1809


食は細くなっていますが、食べないということはなく、食べたいアピールもしてきます。
ただ、認知症も出ているので、今しがた食べたばかりなのに催促することも。
食べないよな・・・と思いつつお皿に出してあげるのですが、「クンクン」匂いを嗅いで食べません。
もったいないので、ラップをかけて冷蔵庫です。(猫缶の場合)


5歳で虹の橋に逝ったデンを思い出します。
彼は、普段から食の細いコでしたが、亡くなる辺りには歩行も困難になっていました。

桐は、今の所は階段昇降も難なくできます。
炬燵にもジャンプできます。
もう少し食べてくれたら・・・これは親のわがままですね。

にゃんズは、今日も穏やかにしています。


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自分の記憶が正しいのかを知っている人は、認知症の母だけ

2022.2.26(土)

ドラマを観ていると、死を覚悟するシーンで過去のことが走馬灯のように蘇るということがあります。


人の記憶は、新しいものが入ってくると、古いものは押し出されると聞いたことがあります。
わたしの記憶で一番古いのは、3~4歳のときのもの。

今から57~58年前のことです。
当時の道路は砂利道で、向かいには従兄の家が在りました。
シチュエーションは忘れたのですが、交通量の少ない道路を行ったり来たりして遊んでいました。
と、この後のことはほぼ憶えていないのですが、気付いた時には病院のベッドの上に居ました。
そう、交通事故に遭ったのです。

足にギブスが巻かれ、顔にも絆創膏が貼られていました。
その顔の傷跡は、50年以上経った今でも残っています。

どんな傷かと言いますと、皮膚の表面が段になっている・・・穴が開いているような感じ。触ると明らかに凹んでいます。
どういう状態で倒れたのかは判りませんが、砂利が顔(ホッペ)をえぐったのだと想います。

顔に傷があることを嘆いたことはないのですが、思春期の頃は悩みましたよね。だって、同級生の女子の顔はスベスベなのに、わたしの顔は段になっているのですから。


長女ユカの顔にも傷跡があります。
1歳2ヶ月の時に水疱瘡に罹り、眉毛の辺りにに大きな跡が残っています。
毛が生えているので、よーく見ないと判りません。
他人には気付かれることはあまりないようですし、本人もそんなに気にしてはいなかったのですが、女親のわたしはずっと気になっていました。

わたしの顔の傷跡のことについてを、母美代さんはあまり口にはしませんでした。
事故に遭った時に傍にいたのかも憶えていませんが、同じ女親としては悩んでくれたはず・・・そう思いたいです。

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都合の良い記憶と悪い記憶。
楽しかった思い出よりも、辛かったり悲しかったりの思い出の方が強く残ると言います。

自分自身の記憶が正しいのかを知っている人は、今は母美代さんだけですが、その美代さんが認知症となり記憶が定かではなくなっています。

もっと若かった頃・・・そう、美代さんが認知症になる前に母娘の会話を沢山しておけばよかった。
今更ですが、そんなことを考えています。


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母が恋しい? 寂しいという感情をはねのけたのに・・・

2022.2.25(金)

仕事をしながら、母美代さんのことを考えていました。

13年前の79歳の誕生日に、入浴中に亡くなった父。
その日も普通に元気に一日を過ごしていたのに、突然死のように逝ってしまいました。


ある日、娘たち(ユカ・サキ)の帰りが遅いと、わたし宛てに電話をしてきた。
何処で何をしているのか、帰りが遅い。お前、何か聞いていないか?
こんな内容を言ってきた。

娘たちは、当に成人している。
少しくらい帰りが遅いからと言って、何を心配していたのか。
ましてや、岩手にいる娘たちが、いちいちわたしに行先を言ってくるはずもない。
わたしは、邪険にも美代さんの言うことをはねのけた。

ある日、また電話をしてきた。
特に用もないが、寂しくて電話をしてきたのだと。
そして、お前は寂しくはないのか?と訊かれた。

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50年連れ添った夫に、先立たれた美代さん。
お互いが定年後には、田畑に勤しみ常に行動が一緒だった。
昼間は農作業に忙しくしていても、家に帰りひとりポツンとなると、寂しくて堪らなかったのかもしれない。

わたしの夫は病気で亡くなった。
余命宣告も受けていたので、辛い悲しいと思いながらもある意味では覚悟ができていた。
が、美代さんは違う。
誕生日のその日を、とても有意義に過ごした最後が突然死。
簡単には受け入れられなかったのだろう。


美代さんの認知症は、父の死がきっかけだったのかもしれない。
いつも一緒だった人が突然いなくなったのだから、それはかなりのショックだったはず。
でも、わたしは美代さんが泣いている姿を観たことがない。
人前で泣かなかっただけなのか、独りの時は泣いていたのかは分からないが、葬儀のときも泣いてはいなかった。


現在要介護3で、昨年の4月に特別養護老人ホームに入所。
それまでにも、わたしを自分の妹だと言うことがあったが、年末の面会では娘だということも認識できなくなっていた。

DSC_1737

        年末の面会時の写真

今は、寂しいと言う感情はあるのだろうか。
娘が会いに来てくれないと想うことがあるのだろか。(面会不可故)
独りで泣いていたりすることがあるのだろうか。

ガラス戸越し面会でも良い、まん延防止等重点措置が解除になったら面会予約を取ろう。
美代さんを好きではなかったわたしが、おかしなことに今は恋しく思っている。


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体力の限界を感じるお年頃・・・(苦笑)

2022.2.24(木)

「体力の限界」
こう言って引退したのは千代の富士でしたっけ?

自分の限界をどこで判断するか。
今日、追加の仕事を頂いたのですが、元の数よりも少なめにしました。
頑張ればできない数ではないけれど、車に積み込む際の段ボールの数と重さで決めました。

「おとーさん、これを積み込んで」

ご夫婦でやっている妻様は、夫様に指図とも命令ともとれる口調。
夫様は嫌がることもなく、力仕事を引き受けられていました。


男女雇用機会均等法。
男だ女だと、差別しない法律ですよね。

わたし、けっこう力持ちで、腕にも力こぶができるんです。
でもね、いざとなったら男性の力には及びません。

自分の可能性や限界を決める基準て、やはりあると思います。
大袈裟な物言いだけど、身体を壊してまで続ける意味があるのか。
結局、無理をして寝込んでしまったら自分が損をするだけ。
それを考えて今回は少なめにしました。


あのご夫婦を見て、毎回羨ましく思います。
何歳になっても二人で行動し、妻様と夫様の役割分担ができているようです。

平等の時代だとは言っても、体力的なことには差が出るはずです。
工場勤務の頃ですが70代の先輩も、重い物を持つのは男の仕事と割り切っていました。

「〇〇さ~ん。悪いんだけどこれを持ち上げてちょうだい」

タイルが入った箱の重さは10キロ前後。
当時40代のわたしは、男性社員に頼ることなく自分で何とかしていましたが、今はあの先輩の気持ちがとても良く判ります。

DSC_1779


そう言えば、母美代さんは父を頼ってはいませんでした。
父は、母よりも細く華奢な体型でした。
それでも、いざという時には男です。美代さんが持てない物を、ヒョイと持ち上げていました(苦笑)

男と女って、全てが同じという訳にはいかないように思います。

力仕事を含んだ内職。
できるできないを見極めて、体力の限界を決めるのはもう少し先に。


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プロフィール
こんにちは、にゃんズの母と申します。 2001年、念願の実家脱出に成功。 2009年、最愛?の夫と死別。 以後、気ままな一人暮らし。 2017年、軽度認知症の母との生活が始まり、 介護と思しきバトルの日々でございます。 動物大好き、特に猫。 酒とお洒落を愛する、普通?の「おんな」でございます。
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