にゃんズの母

「老猫、桐ちゃん18歳、青(せい)くん15歳」「あたし、お洒落大好き還暦」「母、87歳。方言と訛り×認知症要介護3」 ねこ、お洒落、母の認知症と日々のあれこれについてを綴っています。 泣いて笑って、ケンカして、人生一度きり。前向きに生きるためのブログ。

2021年04月

特養ではザブザブ洗い乾燥機へ、その為の服選び

2021.4.16(金)

今頃の時期って、色いろな服装をしていますね。
昨日は、陽射しはあったけれど風が冷たく感じましたが、ダウンジャケットの方がいるかと思えば、半袖短パンの方もいる。
気温20度前後は、体感温度としては微妙~なのかもしれませんね。

あたしは、未だにヒートテックを脱げずにいます(苦笑)
肌着をキャミソールに換えるにはもう少し先・・・来週は気温20度越えが続くようなので、その頃にしたいと思っています。

美代さんの特養入所に向け、必要な衣服の調達をしています。
一昨日、イオンに行ったのですが、丁度カットソーのワゴンセールがあり、3枚購入。
肌着が、上下5枚必要なので足りない分を物色していたのですが、お洒落な冬物は既に陳列されておらず、ババ臭いババシャツとババ股引きで我慢(苦笑)
着るのは美代さんだけれど、少しでもお洒落なものを着させてあげたいという娘心を、本人はどこまで感じているのやら。
お洒落には無関心で「あったげば、いい」(暖かければ、良い)の考えで生きてきた美代さんに、あたしの気持ちはどこまで通じているのかしらね。

上着の調達ができずに、別の店へ。
美代さんは、トランジスターグラマー(笑)
身長は140㎝未満(健康診断では靴のままで測ったので142)ボン・キュッ(怪しい)ボーン。
寸足らず体型ですが、横が十分あるので、ずっとMサイズ。
ところが、あたしと暮らすようになり、畑仕事もしなくなり足腰が弱ったことで更に動くこともなくなりで、体重は8キロ増。サイズは、当然MからLへ。

スモックならばゆとりがあると思い、Mサイズを4枚購入。
デイサから帰って来た美代さんに試着させると、内2枚があ~ら残念。お腹のあたりのボタンが、ム~リ~(T_T)と、悲鳴をあげた。で、昨日、返品交換してきた。

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写真では解りずらいが、スモックには赤・ピンク・オレンジ・黄色・紫・緑と、色とりどりがちりばめられている


年寄りだからと言って黒っぽい物ではなく、明るめの華やかな色合いの物を選んだ。
ピンクやパープルのカットソーをデイサに着て行った日は、皆様方に褒められたと言っていたこともあったが、本人も、まんざらでもなかったみたい。
嫌味無しで褒められて、嫌な気持ちになる人は少ないと想う。


衣類については一通り揃えたので、今日は、それらに名前入れ作業。
マジック書きで良いとのことで、字が薄くなったら、特養でなぞってもらえる。
黒っぽいズボンには、糸でチクチク。
ほつれてきたら・・・その時はスタッフさんに何とかしてもらいましょ。

洗濯機でザブザブ洗い。その後は乾燥機に入れるそうで、ニット製品やお洒落着は責任を持てないと言われた。
家での洗濯はネットに入れて天日干しだけれど、特養ではそれは望めない。

健康診断書を届けた時に、車椅子の70代と思しき女性が散歩に出てきた。
綺麗にお化粧し、赤オレンジのTシャツ。首には薄いイエローのストールを巻いていた。
・・・アッラ~、お洒落ね~・・・と、想ったけれど、あのストールは家族が持ち帰って洗うのかな・・・?

そう、洗濯機洗いをしたくないのであれば、家族が持ち帰ることになる。
冬物のカーディガンは、あたしが洗うことになるのかもね。

洗濯機・乾燥機に耐えられる服選びが必要でした。


デイサービスや特養では、母はお客様・・・

2021.4.15(木)

ホーホケキョ!
何日か前から、うぐいすの鳴き声が聴こえるようになった古河です。

でも、ホーホケキョ!ではなく、ホーケキョ!とか、ケキョケキョ・・・
むか~し、20代の頃に勤めていた会社の上司が、うぐいすの新人は鳴き方が下手で、キレイには鳴けないのだと言っていました。
本当のことなのかは判りませんが、人間の世界でも共通する「新人あるある」のような気もします。

母美代さんは、週に4日デイサービスを利用している。
昨日の連絡帳バッグの中にしおりが二つ入っていた。

DSC_1200

「しおり、作ったんだね」

「そだ」

その日、入浴してきたことを忘れたり、玄関に入った途端にデイサから帰って来たことを忘れる美代さんが、このしおりのことは憶えていたようで、手に取りまざまざとみていた。

美代さんひとりで作れるはずはないのだから、確実にスタッフさんが手伝い・・・と言うか、ほぼスタッフさんが作ったのだろうけど、何かを触り作った感があるのなら、まぁ良いことかもしれない。

DSC_1201

少し前にはこれを作って来た。
お花見だんご🍡。
美代さんが作ったのはどの辺りまでなのか、これについては何も言わなかった。
引っかけ紐が付いていたので、壁に掛けることもできるが、取り敢えずベッド脇の棚に置いておいた。

折り紙やぬり絵、こういう物つくりが大嫌いな美代さんだが、【朱に交われば赤くなる】(・・・違うかな・・・)ようで、皆様と一緒に、作ることを楽しんでいたのかもしれない。

デイサにお世話になるのは、残りあと5回。
本人には、特養入所の事を話している。
今生の別れになる訳ではないし、面会にも行くということも話しているが、美代さん的には「寂しい」のだそうだ。

何が寂しいのかと訊くと、娘のあたしに、勝手気ままなことが言えなくなることなのだと。
娘になら気兼ねなく頼めることが、これからはできなくなる。
それが「寂しい」という言葉に変換されていた。

でもね、頼みたいことはハッキリと言っていいんだよ。
お金を払って入所するんだから、そこは割り切らないとね。

特養相談員さんがお見えになった時に、特養での呼び方を、普段あたしが呼ぶように「美代さん」と呼んでもらいたいとお願いした。
すると相談員さんは、

「お名前ではチョット・・・一応お客様なので、名字で呼ぶことになっています」

「そうなのですか・・・でも、母も名前で呼ばれる方が慣れているので」

「持ち帰って相談させてもらいます」

お客様としての扱いであれば、気兼ねなく頼んでもいいはず。
その後どの様になったのか返事は頂いていないが、入所日に改めて話してみようと想う。

できないことが増える一方だが、一人でできることもそれなりにある。
服の脱ぎ着は、着る順番を間違えたり、時間がかかりで大変だが、ボタンを掛ける(留める・はめる)ことは一人でできる。掛け違うことがあるので、それさえ教えれば一人でできるしやらせている。

あと10日。
少しずつ、美代さんの取扱説明書の作成をしなければね。


診療情報提供書を、書いてもらう

2021.414(水)

現在、美代さんは二つの病院に受診しています。

一つは、2017年10月に発症した脳梗塞で入院加療した、脳神経外科。
そしてもう一つは、2018年5月に受けた白内障手術後に通院している眼科(かかりつけ眼科と手術した病院は別)

コロナ禍の中で、特養入所後は施設の提携医に診てもらう方が善いと判断しましたが、その為には【診療情報提供書】を提出しなければなりません。
何?聞いたことがありません。
少し前までは【紹介状】と、呼んでいたものですが、特養看護師曰く、

「最近はこのように呼び方が変わりましたが、何だかかっこつけの様ですよね(苦笑)」

日進月歩・・・。
還暦オバサンのあたしは、ひたすらついて行くのみ(苦笑)


昨日は、眼科に行って来ました。
杖歩行では5メートルがやっとの美代さんですが、手引きをすると結構歩けるのです。
ただ、力いっぱい摑まえられるあたしの手首には痣ができ、美代さんの体重がのしかかるので、筋肉痛にもなります。

医院内の駐車場はいっぱいだったので、お隣の薬局に留めさせて頂いたのですが、10メートルも歩いたら「疲れだ・・・膝いだくてあるげね(痛くて歩けない)
騙しだまし、なだめながらやっとのこと院内へ。

受付で「診療情報提供書」と、言うと「あ、紹介状ですね」
診療情報提供書は、どこまで行き渡っている言葉なのだろうね。
出来上がったものを頂くと、封筒にはしっかりと「診療情報提供書」と記してありました。

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   緑色のキャップが美代さん用、青色があたし用

舌を噛むような早口言葉ではないけれど、慣れないとすぐには出てこない言葉。
美代さんは子どもの頃に聞いていた言葉を「むがしの人がへってだこどばだ・・・」(言っていた言葉)と、言いますが、あたしが美代さんの年齢くらいになったら、「昔は紹介状と言っていたんだよ」と、孫のハヤブサくんに言うのかもしれません(苦笑)


老衰・・・眠るように息を引き取る

2021.4.13(火)

俳優の田中邦衛さんが、お亡くなりになられた。
88歳。死因は老衰と。

特養入所が決まった美代さんだが、こちらの施設は看取りは行われていない。
事前説明会で看護師にその理由を訊いてみた。

施設長および副施設長は、看取りまでできる施設にするように働きかけているそうな。
それは、働いてるスタッフも同じ気持ちでいるとのことだが、現状でできない理由があると仰っていた。

「ここは埼玉県の中でも田舎で、看取りをしてくれる医師がいないのです。ここらの医師は年齢的にも若くはなく、意欲というか・・・。系列施設でも、もう少し都会の浦和の方では行っているのですが」

古河市内には看取りをしてもらえる施設がある。
そこにすることも考えたが、待機人数がかなり多く待ち年数が2~3年と。
2~3年・・・待っていたら確実にあたしの手には負えなくなると思った。

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昼食を食べ、眠るように逝ったようです。
知り合いのお母様は、同じ様に特養入所なさっていたが、スタッフが傍を離れた後に、気付いた時には椅子に座りながら息を引き取っていたそうな。
92歳と言っていたかな・・・大往生だと想うと、知り合いは納得していた。

看取りができたら、これで済むのだろうね。
でも、美代さんの場合は何かがあれば救急搬送になる。
救急車の中で心臓マッサージや、挿管になることもあると看護師は話していた。日本の救急隊員には、ここまではしなければならないという、国の定めがあるそうな。

心肺停止で、眠るように逝ったのであれば、敢えて心マや挿管などはしないで欲しいと思うのは、あたしだけではなく、気に入らない妹(苦笑)のソノコも同じ想いだった。
そう、もし自分が同じ状況となったら、何もせずにそのまま逝かせてほしいと。

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昔、とても若かった頃。
夫の父親が、最後は管だらけで息を引き取った。
その様子を観ていたあたしは、ここまでしなくても・・・と思ったものだが、義理の姉は、なんとしてでも生かして欲しいと言っていた。
義父は63歳。
確かにこの年齢では、義姉の気持ちになるのかもしれないが、あたしにはベッドの義父が苦しんでいるよにしか見えなかった。

父親の年齢に追いつくこともなく、53歳で逝ってしまった夫。
管は、一切なかった。

美代さんは内蔵関係に支障はない。
食欲に関しては、ここの所少しだけ衰退しているように想うが、それでも食べたくないとは言わない。
昨日も、ソノコとの電話で「ご飯が美味しくてよ。お替りしてる」と、言っていた。
お替りはしていないけれどね(苦笑)

もうすぐ88歳になる。
100歳まで生きると太鼓判を押されているが、願わくば知り合いのお母様の様に、美味しいご飯を食べた後に、眠るように逝ってほしいものだ。
でも、救急車の中では、心マが行われるのだろうね。

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PS
デイサから頂いたお菓子を食べていた美代さん。
そのお菓子をどこから貰ったの?と、訊いてみた。

「ヤマコザワの小学校がらよ」

「・・・あぁ、そうなんだ。美代さん、何年生なの?」

「ろぐねんせいだ」(六年生)

そして、あたしは妹のミッコさんになり、4年生になっていた。
美代さんとミッコさんは2歳違い。
年齢差を理解しながらも、心は小学生になっていた。


特養入所についてを、離れて暮らす妹に納得させる

2021.4.12(月)

母美代さんの特養(特別養護老人ホーム)の入所日が決まりました。
24日が88歳の誕生日なので、それ以降とお願いしていましたが、副施設長さんから連絡があり、26日となりました。

特養入所については、あたしの一存で決めている。
が、一応むすめ達や叔母にはお伺いを立てている。
ずっと、あたしひとりで介護をしてきたことを叔母たちも知っている。
特にヨッコさん(美代さんの2番目の妹で、日頃から電話をしている仲)からは、かなり前から「施設に入れた方がいい」と、言われていたので、両者共に反対する理由はないと言っていた。

問題は、大阪に住む妹のソノコ。
反対されるのだろうと思いながらもラインした。
既読にはなったが、返信がなかなか来ない。
業を煮やし「異論ないよね」のライン送信のあとに、あたしから電話した。

「施設に入ったら、間違いなくすぐに寝たきりになるよね。それでいいの?!」

これって、遠まわしだけど、在宅介護を続けろと言っているよね?
ソノコが最後に美代さんの姿を観ているのは、2017年の6月。
当時は神戸に住んでいたソノコ。
先々遠出は無理かもしれないと思い、まだ歩行もしっかりとしていた美代さんと連れ立って神戸まで二泊三日の旅行をした。

あれから4年。
ソノコは元気な美代さんの姿しか、知らない。
着替え・食事・入歯洗浄・トイレ・尿取りパッドとリハパン交換。
これらの事を、どれだけ大変なことかと、これ見よがしに話した。
そして、ケアマネからは要介護4に近くなっていると言われたことも、併せて話した。

DSC_1132

寝たきり。
何れはそうなるだろう。
在宅でそうなったら、あたしの精神状態ではもう無理なことを話した。
今でさえ、殴ったり蹴りたくなるのを必死で我慢しているのだから、これ以上一緒にいたら100%手を出すに違いない。
ここまで言われて、やっと承諾した感。

もしも承諾しなかったら、特養入所をやめてソノコに面倒を看てもらおう。そこまで言うつもりでいたが、もしかしたらそれを察知したかの様に「仕方ないか・・・」

延命措置に関しては、「希望しない」ことを納得してくれた。
胃瘻(いろう)に関してもしないことに。

一通り話したあとで、美代さんと交代。
いつものように、トランシーバーのように話し始めた美代さん。
ソノコの声を聴き「久しぶりだな。元気が?」と。

話の内容は、どこに住んでいるかとか、ソノコの子ども達の話などだったが、ある程度話すと「おめは誰だ?」と。
最後には「疲れだ。何話していいのがわがらね。切るじゃ」
話の最中に電話の相手が誰なのかを判らなくなった美代さんの状態で、ソノコはやっと理解してくれたようだった。

PS
面会が、月に2回までしかできないことを納得していないようだったが、何を言うのだろうね。
これまで、ご機嫌伺いの電話1本もくれなかったよね。
父の、十三回忌法要にも出席しなかったよね。
コロナ禍の中で面会ができにくい現状で、入所になると知ったら会いにくると言うの?!
4年も会いに来なかったのに、今更ですかぁ!と、言いたかったヮ。

加えて、特養やショートステイ、介護に係る知識など一切なかった。
親だとは言っても、離れて暮らしていれば、結局は他人事なのかもしれない。

美代さんは、お決まりの事だが、電話で話したことを、夕方にはきれいさっぱりと忘れていました(内容は勿論ですが、妹と話したこと自体を忘れていた)



プロフィール
こんにちは、にゃんズの母と申します。 2001年、念願の実家脱出に成功。 2009年、最愛?の夫と死別。 以後、気ままな一人暮らし。 2017年、軽度認知症の母との生活が始まり、 介護と思しきバトルの日々でございます。 動物大好き、特に猫。 酒とお洒落を愛する、普通?の「おんな」でございます。
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