にゃんズの母

「老猫、桐ちゃん18歳、青(せい)くん16歳」「あたし、お洒落大好き還暦過ぎたおんな」「母、88歳。方言と訛り×認知症要介護3で、田んぼの観える特別養護老人ホームに入居」 ねこ、お洒落、母の認知症と日々のあれこれについてを綴っています。 泣いて笑って、ケンカして・・・なのですが、母が特養に入所しケンカ相手が居なくなり少々寂しくも感じています。 人生一度きり。前向きに生きるためのブログです。

2020年08月

寝る子は育つ・・・?食欲は睡眠には勝てない?!

とにかく寝てばかりいる。

美代さんは、週に4日デイケ・デイサに二日ずつお世話になっている。
帰って来ると「あぁ~疲れた」と言うことが多い。

昨日も、デイサから帰り横になろうとしていた。
これまでの様子だと完全に朝まで寝てしまうことが多かったので、パジャマに着替えさせ夜間用尿とりパッドをあてがったが、何故夜間用にしなければならないのかと、訊かれた。

外は明るいのに、何故夜間用をしなければならないのかと思ったのかもしれないが、そこは「もう寝るんだよ」と、だましてしまった。

入歯を外すように言うと「何でだ?」と。
夜寝る前には外していると教えても「そうだっけが・・・忘れた」と。
洗面所に行くように促したが「洗面所は何処だ?」
今に始まったことではないが、たまに自分の部屋も忘れることがある。

昨日も、晩ご飯を食べずに今朝まで就寝。

今日は、デイケ・デイサどちらも休みの日。
起き掛けに「今日はどごさが行ぐ日が?」と、訊いてきた「何処にもいかないよ。休みの日だよ」と教えるも、着替えの途中でまたもや同じ質問。

着替えを自分で用意はさせていない・・・できないから。
デイに行くためには、何を着て良いのか判らないために訊いたと言ってきた。

あたしが用意をしなければ、着替えもせずに毎日同じ服で通すだろう。
それは、肌着に至ってもそうで、汗でもかかない限りは換えることもないだろう。

朝食が済み、TVのリモコンを手にしオンにすることはできた。
暫く、ワイドショーを観ていたが、欠伸をしている様子。
内容を聞いていても、頭には入っていないのだろう。
面白くもないのなら、寝るに限る・・・の、ようだ。

寝る前にTVのスイッチを切るように言ったが、自分で点けたことも憶えていない。
「あなたが点けたのよ、寝るのなら消して」「オレが点けだのが?」

部屋のエアコンを設定温度27度にしてあげた。布団を掛けてスヤスヤ寝ている。
このまま、夕方まで寝続けるのだろうか・・・。
それとも、お腹が空いたと言い起きてくるのだろうか。

食欲よりも、睡眠が勝ってきている。
これも、順調に進行していることなのだろうか。

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認知症老人の食事の逸話は、食べたことを忘れ「食べさせてもらっていない」などと、言い張るようになるとあるが、今の美代さんは食べることよりも寝たいが先決。
わざと食べさせていない訳ではない。
食べたくないと言うのだから、食べたくなるまで待つことにするが、結局は朝まで寝ていることが多い。

夜中の12時・1時辺りにトイレに起き「朝か?」と、訊くこともある。
夜中であることを教え、お腹が空いていないかと問うも、空いていない眠いと言う。
こんなことが続いている。
眠いと言うのに、無理に食事を摂らせた方が良いのだろうか。

若い頃から睡眠不足に弱く、それが引き金となり頭痛を起こし嘔吐を重ねることが多かった。
その姿を何度も観てきているので、余計に起こすことを躊躇ってしまう。

あたしの行動は、母親に対する虐待になるのだろうか。

仮に晩ご飯の時間を早めたとして、食べたいと言う気持ちにならないままに与えたとして、果たして食べてくれるのか。
やってみなければ判らないこと。
今夜から、晩ご飯を夕方の5時辺りにしてみよう。


味噌も大根も身体に善い。食欲不振に味噌大根を食べる?

昨日の、ヨッコさんとの電話での内容を、もう少し詳しく。

美代さんが脳梗塞で入院したのは3年前の10月。
それ以来、大好きなお味噌汁は一日一杯(味噌少な目・だしの素で調整)
漬物は、極力食べさせないようにし、とにかく塩分控えめを徹底的にしてきた。
それでも漬物を食べたがるので、塩分カットされたものや、塩を殆ど使わない酢漬けにしている。

あたしと暮らし始め、自炊をすることがなくなり「ご飯・味噌汁・漬物」
の、3点セットから卒業した。
農作業で、時間に追われかき込むスタイルの食事から、テーブルに着きゆっくりと時間をかけての食事に変わり、それこそ農作業がないので動くこともなくなり、体重は増える一方。
体重増加は、あたしにも責任があるのかも・・・。

最近の美代さんは食が細くなった。
以前は、てんこ盛りのご飯を「ペロリ」と平らげていたが、この頃は「少しでいい」と言い、時にはお茶碗半分の量も残すことも。
で、ヨッコさんの言い分。

「前に電話で味噌大根の話が出だ。美代は味噌も大根も身体に善いがら食べるんだって、言ってだ」

・・・ん~、味噌大根はかなりしょっぱいよね・・・

「わだしも、食欲がない時は、味噌大根を切って水を掛けでお茶漬けみだいにして食べる。暑い時には良いもんだ。美代にも、そうして食べさせればいい」

因みに、農家の味噌大根の作り方はご存知ですか?
自家製味噌はとにかく塩辛く、防腐剤等は入っていないのですが、何年経っても腐りません。
何故?詳しいことは解りませんが塩分で熟成されるのかも、知れません。

その味噌の中に、茹でた大根を寝かせておくのです。
数か月もすると、真っ白な大根が焦げ茶色になり、味噌の塩分でかなりのしょっぱさになります。
その味噌大根は、ご飯のお供にはサイコーで、何もなくてもそれだけでお替りができるほどの美味しさ。
あ、子どもの頃に食べた経験があるので・・・。
そう、漬物作りは得意だった美代さんのお手製の味噌大根で、大豆も大根も、我が家の畑で採れたものだった。
それらでできた味噌大根のことを、忘れてはいなかったようで「身体に善い食材」だから食べるべきだと、言っていたようだ。

美代さんは、脳梗塞から退院以来、血液サラサラになる薬と血中コレステロールを下げる薬を飲んでいる。
3ヶ月ごとの検診時には「塩分控えめ」の生活をするようにと、必ず言われている。

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    下が美代さん用で、このお茶碗に半分ほど

ヨッコさんに話を合わせた。
今度お店に行ったら味噌大根を買い、美代さん用に細かく刻んで水漬けで出してみるね・・・と。

「それがいい。美代にはそれがご馳走なんだがら」

お店に売られている味噌大根は、自家製とは違いそれほどではないのかも。
味見をしながら出してみます。

PS
味噌大根と胡桃(くるみ)を、細かく刻み混ぜあわせると、ふりかけのようになります。
胡桃の甘さで、しょっぱさが軽減されます。
(塩分その物に変わりはないですが)
これも昔、美代さんが作って出してくれました。


娘?妹?同居人?・・・今更どれでも良い?

いっそのこと、全部忘れてくれたら施設にお世話になれるのに。

美代さんの記憶は長続きしない。
8月16日のブログに、あたしを誰だ?と言ってきたことを載せているが、
昨日も又言われた。

仏壇には、父と夫の写真を立てている。
父のことは何となく憶えているが、あたしの夫のことは最近はすっかりと忘れてしまっている。

「この人はあたしの夫の〇〇さん。ユカ・サキののお父さんだよ」

「ふ~ん、知らながった」

この会話が何度も続いている。
そして、何度も忘れる。

「なして、このおどごの写真がこごさあるのだ?」

「あたしの夫だからよ。お婿さんにきてくれたでしょ!」

「ほう?そだのが。知らながった」

とぼけて、わざと知らないふりをしているのかと思ってしまうこともあるが、本人は至って本気で忘れているようだ。
こうなると、あたしも不安になる。

「ねぇ、あなたの子どもの名前を言ってみて!」


のらりくらりとはぐらかし、さも解っているよ・憶えているよのアピールをしながら、自分が産んだ子どもの名前を言えなかった。
そして、さいごの最後に、妹のソノコの名前が出た。
あたしは又もや愕然。
一緒に住んでいる、全ての世話をしている「あたし」の名前が出ない・・・。

「ねぇ、あたしの名前は?」

「ん?おめは・・・誰だっけ?とっと~・・・あ、〇〇だ」

やっと出たあたしの名前・・・。
高校卒業後短大からは一人暮らしを始めた妹のソノコ。
親元に居たのは18年間で、仕事に就いてからもあまり家には寄り付かなかったのに、先に名前が出た。
世の中の親とは、傍にいる娘よりも、遠く離れて暮らしている娘を案じる気持ちの方が、先に立つようだ。

「おかぁのことは、娘と言うより同居人の感覚なんじゃない?だから、すぐには名前が出ないんじゃない・・・」

長女のユカが言っていたが、中らずと雖も遠からずのようにも想う。
身の回りの世話をしてくれる同居人・・・それが今のあたしなのだろう。

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でも、悔しいので更に訊いてみた。

「じゃぁさ、あなたの妹の名前を言ってみて」

「何言うってよ!ミッコどソノコだ」

当たり前のことを訊くなと言わんばかりに、この質問にはあっさりすんなりと答えた美代さん。
実際の妹は、ミッコさん・ヨッコさん・ナッコさんの3人。

ミッコさんは当たっているよ。あなたのすぐ下の妹だから。
でも、ソノコはあなたの娘だよ!さっき、あたしの名前が出ないのにソノコの名前は出ていたよね!?
とは、言わなかったけれど、心の中では叫んでいた。

普段は、ミッコさんのことは話題には上らない。
電話で話すのは、二番目の妹のヨッコさん。
そのヨッコさんとは毎週のように電話をしているのに、ここでも最初に出た名前はミッコさん。

ヨッコさんとあたしは、もしかしたら同じ立ち位置の存在なのかも。
いつも傍にいる感覚なので、気にも留めない・・・こういうことなのかもしれない。

「ねぇ、他にも妹が居るでしょ?」

「ミッコど、ソノコだげだ」

記憶とは何か・・・。
あたしはこの後ヨッコさんに電話をし、上記のことを話し記憶を蘇らせてもらうことにした。
兄弟姉妹の名前を言い合っていた二人。
亡くなった兄弟の名前は、スラスラと口にしていたが、妹たちの名前になると考えて答えているように観えた。

電話を切る前にあたしと話をしたヨッコさんは、あたしを気遣うような言葉を言ってくた。

「早めに施設さ入れだ方がいいんでねが・・・一緒にいでも、お前が疲れるだげだろ?」

「そうなんだけど、介護度が3にならないと特養には入れないから」

*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。

あれほど食べるとが大好きと言っていた、美代さんの食欲が落ちている。
ご飯の量が減り、夕寝から晩ご飯も食べずに朝まで寝ることが多くなってきている。
身長、138センチ。
検索すると、標準体重は41.9キロ。
実際の体重は、49キロ。
これは、肥満体重の47.6キロよりも重い。

食べることも、忘れるのかな・・・。


記憶のアレンジ・・・?「ひとりで、できるもん」

昨日は、3ヶ月ごとのリハビリ会議の日だった。
今回も、コロナウィルスに配慮するために、家族とケアマネの出席はなし。
晩ご飯のときに、どんなことを話したか訊いてみた。

と、その前に。
デイケから帰宅した美代さんは鉛筆を探し始めた。
何に使うのか訊いてみたところ、カレンダーに帰宅時間を記したいと。
何故その時間が必要なのかと問うと、デイを出てどれくらいで着くかが知りたかったと。

「美代さん、同乗の利用者さんがいて、その人の所へ先に行っていたら帰りは遅くなるんだよ。いつも同じではないんだよ。あなたの他に誰か一緒だった?」

この問いかけは、母には難しく感じたのか、解らない・知らないの一点張り。
自分の他に運転手のスタッフさんは当然乗っていたはずだが、仮に、名前を知らなくても、他に誰かが乗っていたかもわからないのだろうか・・・認知症て難しい。

話を戻します。
そう、どんな話をしたかなど当然憶えていない。
ただ、出席者の名前は判らないが、何となく知っている顔があったと言っていた。
と、言うと、送迎車に乗っていたのは母のみだったのかも。
誰かが乗っていたら、顔くらいは解るだろうから、知らない・解らないとは言わないはず・・・面倒くさいな。

今朝、遅い朝食を摂る前に、突然借りていた車椅子を観ていつ返すのかと訊いてきた。
今月中には返すと答えると、

「これのごど、わだしの部屋さあるの観だって、おどごの人言ってらった」

わが家の室内に入った男性は、これまでには大家さんと、デイケ・リハ担当理学療法士のふたりだが、
美代さんは、最近大家さんとは話をしてはないし、理学療法士は車椅子を観ていない。
それこそ、誰が車椅子を観たと言うのか・・・?
少し問い詰めてみた。

「美代さん、その話誰が言っていたの?車椅子を観ている男の人は誰もいないよ」

「誰だがわがらねども、観だって言ってらったし、いづ返すのがども言ってらった」

土曜日に、リハビリ会議を進めるに辺り、最近の家での様子を問い合わせてきた理学療法士だったが、昨日のリハビリ会議で、たぶん理学療法士が話していたことを、美代さん流にアレンジして話してきたのだと思う。
その理学療法士から「乗ったのか?」と訊かれたらしいが「乗っていない。お墓に行くときも歩いて行った」と、答えたと言う美代さん。

確かにお墓には車で行き、降りてからは歩いてもらったが、それはアスファルト舗装されていない畑道の状態だったので、車椅子では厳しいからとの判断だったし、長い距離でもなかったので、手を引き歩いたもらった。

しかし、本来の目的は高速道でのトイレタイムでの利用。
往復で3回の利用だったが、そのこともすっかりと飛んでしまっている。
理学療法士は、美代さんの言葉をどれほど信じたのだろうか。

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家での美代さんは、ズボンの中にシャツを入れることが難しくなっている。
腕が、後ろに回らず筋力も減ってきているのでズボン自体を上げることも辛いようだ。
あたしの話を聞いたスタッフは驚き、

「デイではご自分でなさいますよ」

いい人ぶり・・・自分を良く見せたい心が「ひとりで、できるもん」になっているのだろうか・・・。

家では「忘れた・憶えていない」を連発する美代さん。
あたしはデイでの様子を知らない。
たぶん・・・「外面よしこさん」なのだろうな。

憶えていて欲しいことは忘れ、やってもらいたいことはやらず。
どうでも良いことはいつまでも忘れず、やってはいけないことをやる。
ユカが、岩手に帰る日の朝、

「祖母ちゃん、岩手に行ったら朝ご飯、こうして出てこないよ」

「は?今だって、出でこね」

あたし・・・ちゃんとやってますから!


数時間で消えた孫の存在と、憎らしくなったひ孫の存在

昨日、ユカが帰り4時間ほど経った辺りに、鶴巣Pでトイレタイムと、昼ごはんとしてパンを食べているとのラインが入った。
美代さんにそのことを伝えると、

「パン食べれるがらいいよな」

話はパンのことではなく、やっと休憩に入ったことだったが、パン嫌いな美代さんには休憩をしていることよりもパンの方が気になったようだ。
そしてその後に、

「こごさ来ていだのは、ユカとサキが?」

「えっ?サキは来ていないよ。ユカだけだったでしょ!」

「そう言えば、背のたがいおなごだったな・・・」(高いおんな)

ユカの身長は、168センチ。
美代さんの身長は140センチに満たず、腰屈みもあるので見上げるような高さに感じていたのかもしれない。

お盆帰省を終え、古河まで送って来てもらい1週間共に過ごした孫のユカ。
水曜日から土曜日までデイに通所していたので、一緒に過ごした時間は実質的には短いかもしれないけれど、ここに居たのがユカかサキかも判らなくなる・・・。

あんなに毎日「ユカ・ユカ」と言っていたのに。
認知症の記憶は、家族にも悲しみを与える・・・そんな気がする。

帰る前にも、一緒に岩手へ行きたいと言っていたが、岩手の家にはベッドがない。
床に直に座ることができない美代さんは、しゃがむこともできず、就寝や起た時には人の手を借りなければならない。
そのことは頭に残っていたようで、孫むすめたちには厄介を掛けられないとして、断念した。

あたしは内心、数日でもいいから居なくなって欲しいと思ったけれど、それはイコールユカとサキに投げてしまうことになる訳で、良心の呵責というか・・・できないことと思ってしまった。

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今朝、次女のサキからライン電話。
ユカの車のキズを観て、やはりショックを受けたようだ。
サキは、高校から専門学校卒業までの5年間を茨城で過ごしている。
学生時代の友人との交流が今もあり、あたし同様に残念で悔しいと言っていた。

ユカが「茨城が嫌いになった・・・もう、行かない」と言っていたと、伝えてきた。
正直な気持ちだと思う。
あたしがユカの立場となったら、同じ様に思うだろう。

犯人が誰なのか探しようもないが、願わくばキズを付けたその人間に何かしらの罰が下ってほしい・・・そう想っても罪にはならないだろう。

今日からまた、美代さんとの二人だけの生活に戻り、いつもの日常が始まりデイケアに行った。
迎えに来てくれたスタッフさんに手を引かれ玄関の外へ。

「引っ張らねくても、ちゃんと歩げる」

「誰も、引っ張っていないよ!そんなことを言ったら失礼でしょ」

「あのボンズが壊したがら、オレは摑まるどごろなぐなった」

あれほど会いたい可愛いと言っていたひ孫のハヤブサくんだが、自分の大切なものを壊されると「可愛さ余って憎さが・・・」になってしまうようだ(苦笑)

孫とひ孫、次に会えるのは果たしていつになるだろう。
そして、美代さんの記憶にはいつまで残っているのだろう。


プロフィール
こんにちは、にゃんズの母と申します。 2001年、念願の実家脱出に成功。 2009年、最愛?の夫と死別。 以後、気ままな一人暮らし。 2017年、軽度認知症の母との生活が始まり、 介護と思しきバトルの日々でございます。 動物大好き、特に猫。 酒とお洒落を愛する、普通?の「おんな」でございます。
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