にゃんズの母

「老猫。桐ちゃん17歳、青(せい)くん15歳」「あたし。お洒落大好き還暦」「母。87歳、方言と訛り×認知症要介護1」 ねこ、お洒落、母の認知症と日々のあれこれについてを綴っています。 泣いて笑って、ケンカして、人生一度きり。前向きに生きるためのブログ。

2020年07月

大部屋女優から、主演女優へ

デイケ・デイサの日の美代さんの行動がパターン化してきた。

帰ってくると取り敢えず夕寝。
トイレタイムで起きてくるのは、午後8~9時過ぎ。
その後、パジャマに着替えさせ本格的な就寝。
晩ご飯を食べないため、翌朝食はしっかり完食。

以前もあったこのパターンが、ここの所続いている。
体重がガクッと落ちている訳でなないので、健康面は問題ないようにも思うが、このまま起きなかったらどうしよう・・・などと、ふと思うこともある。
まぁ、そうなったら老衰ということになるのかな。
でも、食べることだけは忘れていないので、まだまだ長生きするだろう。

最近、めっきり歩けなくなった美代さん。
摑まるところがあればなんとかなるが、何もない所では立っていられない。
昨日は、デイサのステップ付きのワゴンから降りられず、デイサ担当者を困らせていたので、あたしが介助して降ろした。

地面に足を着けられないのだ。
ステップから地面までの距離感が判らず、更には地面が沈んでいく感じになるらしい。
だから、出る言葉は「おっかね」
いつまで経っても降りられないことは解っていたので、強制的に降ろした。

「大丈夫だから、ちゃんと抑えているからあたしを信じて!」

デイサ担当者は苦笑していたけれど、これはあたしの仕事なのだろうか?
車から降りるまでは、デイサの仕事ではないのか。
勝手に出しゃばったのは、あたしの方だと判断されても仕方がないのか。
ドライバー含め3人のオジサマが担当しているが、介護士やヘルパーの資格があるのだろうか。疑問に思えた。

できることは自分で。
どれほど時間がかかっても、自分でやることが大事だと思い、させてきた。
でも、それにも限度というものがあるだろう。
どこかで見切りをつけなければ、美代さんの精神にも善くない。
手を貸す頃合いというものが、あると思う。

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今日の発見。
仏壇の父は、あたしの夫になっていた。
写真の人は、あなたの旦那さん・夫だよ。
あなたと結婚して、あたしが生まれたんだよ。
そうしたら、あたしはあなたの何?

「ん~?いどごが?(従姉妹か?)

あたしは、美代さんの母親になったり従姉妹になったり、何とも忙しい。

・・・そろそろ、主演女優の時期かな・・・

来月の帰省先も、生まれ育った美代さんの実家になっていた。
あなたとじっちゃんが建てた家は、どこ?
そこに帰るのよ。
それでもやはり、出て来るのは美代さんの実家の地名。

父と建てた家が何処にあるのか、すっかり忘れてしまっている。
まぁね、父のことを忘れることが多くなっているんだもの、しょうがないよね。

美代さんは、何を想い生きているのだろう。


感染しない・させない。コロナと生きる・・・?

昨日の夜7時過ぎ、TVに緊急速報。
台所に立っていたあたしは、ピロロン?の音に何か重大なこと?と、振り向いてみた。
字幕に岩手初の感染者の文字。

・・・とうとう出た・・・

と、その後すぐに次女サキからのライン電話。
サキの勤める歯科医院の診療時間は午後7時まで。
仕事を終わらせ車の中から電話してきたようだった。

「おかぁ、岩手にも、とうとうコロナが出たよ」

何処の地域の人で、年齢とかも昨夜の時点では分からなかったが、あたしも娘も出るのは時間の問題だと思っていたので、とうとうと思う反面、やっぱりな・・・の想いもあった。
先週の4連休中、県外ナンバーが溢れていたと言っていた。
それまでにもチラホラと県外ナンバーは見かけていたようだが、連休中は比較にならないほど多かったと、言っていた。

これまで、よ~く頑張ったと思う。
正直者の県民性もあり、第一号にはなりたくない一心で、皆必死になって頑張って来たのだと思う。
でも、娘曰く。

「無症状の陽性者も、もしかしたらいたのかもしれないけれどね・・・」

もう、誰が感染してもおかしくない世の中になっているように想う。
だから、この第一号の方を責められないでしょう。
最近は、家庭内感染も増えつつあるのだから。

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むすめ達は、県外からの帰省になるあたしと美代さんが、県外ナンバーの車で帰省することを嫌がり、迎えに来てくれる算段になっていた。

「おかぁ、どうする?迎え行かなくてもいい?自分の車で来る?」

いやいや、既に近くの駐車場を借りる手はずになってますって!
この借家には、軽自動車がギリギリ停められるスペースしかなく、近所にある駐車場を借りることにしていた。

「取り消しできないこともないだろうけど、せっかくだもの、来てちょうだいよ」

TVの速報とあたしとサキの電話の内容を聞き、岩手に感染者が出たことを知った美代さんは、

「岩手さ出だってが、やんたなぁ・・・こごさは、そのコロナて言うやづは出でねんだべ?」

毎日、日本中の感染者情報が流れているけれど、コロナという言葉を聞かない日はないけれど、美代さんの頭の中には入っていなかったようです。

「古河にも出ているんだよ。デイにはマスクして行くよね!コロナに感染しないためなんだよ」

「そだのが・・・」

最後の砦が陥落。
岩手の皆様、お疲れ様でした。
でもこれからは、感染拡大を防ぐために、なお一層、気を引き締めましょう。
あたしも、遠く茨城古河で、これからも気を引き締めて自粛の日々です。

でも、父と夫のお墓参りがしたいので、お盆帰省はさせてくださいね。
目立たぬように、過ごしますので。


娘を母親だと、思う日が来る・・・?

認知症が進行していくと、家族の顔も判断できなくなる。
よく聞くことですね。

仏壇に立ててある父の写真やあたしの夫の写真。
亡くなって11年が過ぎています。
解らなくなっても、仕方がないのでしょうね。

昨日のブログに、母美代さんがあたしを認識できなくなっているのではないか・・・と、載せました。
この家に越してきたのは今年の3月初めなので、5か月目となっています。

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    お刺身を食べている桐ちゃんの元へ

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    頭を入れ、ちょうだいするよ~

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     桐ちゃんは、すこしのあいだ我慢

母に取って、一番大切なトイレを間違えたことはないのですが、洗面所と自室を間違えたり忘れることは、しょっちゅうになってきています。
トイレから出て、自室に戻ろうとして洗面所へ。自室から洗面所へ入ろうとしてトイレへ。
洗面所と自室の地図が、頭の中で消えかけているようです。

傾眠が多くなってきています。
昨日は、晩ごはんの前に眠いと言い出しベッドへ。
お腹は空いていないのかと訊いても、空いていない眠いとだけ言い、そのままコテン。

2時間くらいでめが覚め「寝でいだ・・・」と言い、トイレへ。
もうそろそろお腹がすいても良いはずなのに、食べたくないと言いまたもや寝ると。
たぶん朝まで寝るのだろうと思い、パジャマに着替えさせた。
寝る前には、一応今日はデイケの日だと教えたが、いつものように「わがった」で、おやすみなさい。

今朝、トイレには美代さんが使用した痕跡はなかったので、熟睡できたようだ。
7時過ぎ。
そろそろ起こさなければと思っていたところへ、引き戸を開けた美代さんから声を掛かられた。

「目覚めだら、知らね家だど思った。オレは岩手さ居るのでねのが?こごはどごだ?」

ここは古河であることを教えたが、更に、

「おっかぁはどごだ?おめはおっかぁでは・・・ねよな?・・おっかぁど居だはずだ」
(お母さんはどこだ?お前はお母さんではないよな?お母さんと居たはずなのに)

このあと、少し考えていた風の美代さんに、今日はデイケなのでこのまま起きるようにと。
すると、美代さんは、

「オレはおっかぁのごどすぎなんだな・・・いづでもおっかぁど居てんだな・・・」(好き)

美代さんが20代半ばの頃、48歳で亡くなった母親。
病床に、つきっきりで介護をしたと言っていた。
認知症になる前は父親の話はもちろん、この母親の話など全く聞くことがなかった。
あたしは、この祖父母の名前も知らずに育った。

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着替えを済ませた頃には、いつも通りの?美代さんに戻り、昨夜食べなかった分朝食はきれいに完食。
迎えの時間は9時5分頃と教え、復唱していた美代さん。
この後も、何度も時間のことを訊かれた。

美代さんは、入浴と食事を楽しみにしているので、余程体調が悪くない限りデイケ・デイサを休むことはない。
帰ってくると「今日お風呂に入れた」と、言う。
「具合が悪くない限り、毎回入っているんだよ」と言うと「そだのが?」
晩ご飯の時間の頃には、今日行ったところ・・・行ったことさえも忘れる。

思うに。
今は「おめ」とか「〇〇」と、あたしの名前を呼ぶが、もしかしたら近い将来、本気であたしのことを「おっかぁ」と呼ぶ日が来るのではないか。
その時は、当然母と思って呼ぶのか・・・
いや、違うか・・・
親も娘も解らなくなり、身の回りの世話をしてくれる=親。
こういう考えか・・・

『自分でできることは、なるべくなら自分で』
こう考え、実践してきたけれど、親と娘の判断ができなくなったら、限界よね。
ズルい娘のあたしは思います。

・・・まだもう少し、今のままの状態が続きますように・・・


何歳になっても、母親が一番・・・?

昨日、デイケから帰って来た美代さんが、
何を思ったのか、いきなり以前住んでいた、マンションのことを喋り始めた。

「なぁ、あのマンションには3年ぐらい、いだが?」(居たのか)

実質、2年と3ヶ月だったけど、そんなものねと答えた。
自分の記憶が正しかったと喜んだ風の美代さんに、それならどこまで憶えているのかと訊いてみた。

「部屋の間取り、憶えてる?」

うっすらど、おべでる」(薄っすらと)

ならば、美代さんにとっては、なくてはならないトイレの場所を訊くと、そんなことは忘れたと。
じゃぁ、部屋は何号室だった?と、訊くと、何号室もなくてガランとした部屋だったと。

「3階の〇号室だったんだよ。エレベーターにも一人で乗り込めていたんだよ」

「ほう~3階だったのが・・・エレベーター?知らね」

薄っすらと憶えていたのは、何を憶えていたんだろ・・・
部屋がガランとしていた・・・これは、あながち間違ってはいない。
あたしは必要最小限の物で暮らせるタイプなので、確かにガランとしていたように感じていたのかもしれない。
結局、憶えていたことは、ガランとした部屋に3年間住んでいたということ。3年間ではないが・・・。

こうやって、いきなり思い出すけれど、記憶が残っているのはその時だけで、数分もすればマンションのことなどすっかりと忘れてしまう。

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今日はデイケ・デイサどちらにも行かない日。
それでも、7時過ぎには目を覚まし着替えようとしていた。
デイは休みであることを教えると、パッドを取り換えるついでに、パジャマの下だけを普段着に穿き替えベッドイン。
小一時間くらい寝ていただろうか、目が覚めた美代さんはパジャマのままで、ウロウロしていた。

「ねぇ、上も着替えたら?」

「は?したって今日はデイさ行ぐ日だ、どのふぐ着るのよ?いづも自分でふぐ出さね。誰がが出してくれでる・・・あれは、おっかぁが?」

デイのある日の、着ていく服のチョイはあたしがしている。
自分で出してはいない・・・ここまでは当たっているが、今日はデイに行く日だと言い始め、服は母親から出してもらっていると思い込んでいた。

「あのさぁ、いつもあたしが出してあげてるんだよ。あなたのおっかぁは、何十年も昔にあの世の人になってるのよ」

「そだ・・・おっかぁはあの世さいる・・・オレもおっかぁの傍さ行きてど思ってら」

「なら、行けばいいでしょ!」

「でもよ・・・死にがだ知らね・・・」

最近の美代さんは、よちよち歩きを通り越し、摺り足歩行で尺取虫歩き。
転んで、打ち所が悪ければ死んでしまうからと言い、一層歩きたがらない。
要は、死にたくないのだ。
なのに、死にたい・母親の傍へ行きたいと言う。

死ぬ気もないのに「死ぬ死ぬ」
これは認知症老人の常套句なのだろう。


オオカミ少年は、最後はどうなりましたっけ・・・
あたしのいないところで転んだのなら仕方がないけれど、目の前で転ばれては、あたしも後味が悪くなる。結局は、介護者がしっかりしとしていなければならない。

食後のデザートに、チョコアイスを2個も食べ、口の周りはチョコだらけ。
そして、コックリ・コックリ居眠り。
平和だ・・・。


噛み合わない話の内容・・・疲れるよね

今日も曇天。
雨が降ったり止んだりの、どっちつかずの天気。
35度超えの猛暑も苦手だけど、この、ジメジメした晴れ間の見えない天気も嫌ね。

今朝9時頃には、少しだけ青空が見えていた。
松山千春さんの『銀の雨』の歌詞に「いつの間にか降り出した雨」といフレーズがあるけれど、ホントさっきまで止んでいたのに、また降ってきたわ・・・もう、雨は沢山!という心境。

関西の梅雨明けは今週中頃で、関東は週末くらい・・・と、お天気お兄さんが言っていたけれど、ホントかしらね?
カラッと晴れて、真夏日程度で洗濯物が良く乾く~みたいな夏。
早くこ~い(笑)

昨日は、大好きな録画しておいた『鉄腕ダッシュ』を観て「寂しい」の言葉は出ていなかった。
夕方、4時を回った辺りにヨッコさんから着信。
少し離れていたので、音に気付かずかなり待たせてしまったけど、お待たせしました感で「もしもし」
誰が?美代さん・・・ではなくて、あたしが。
携帯を美代さんに渡し、あたしは自分のスマホでゲーム。

「もしもし、どしたの?」

どしたの?は、ないじゃない!
認知症のお姉さまの御機嫌伺で、わざわざ掛けてくれたのね・・・と、あたしなら思うけどね。
まぁ、今の美代さんにはそんな気遣いなどできないワね。

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色々なこと話していたけど、「それ違うでしょ!」と、ついつい電話の向こうの叔母に聞こえるように、わざと大声で美代さんが話したことを訂正。

「この家はあだらしくて、たでがだも良くて、すぎまかぜなどひとっつも入って来ね」
(この家は新しくて、建て方も良く隙間風も入らない)

・・・え?冗談で言ってるの?それとも本気でそう思ってるの?・・・
「違うよ、とっても古い家で隙間風も虫も入って来る家だよ!」


あたしの大声に、美代さんは何故だかいきなり大笑い。
ここ、笑うとこなの?

美代さんは、元来冗談話など言えるタイプではない。
たまに言うことがあるけれど、冗談には聞こえないような塩梅で、あたしはスルー。
その美代さんが言った「新しい家」冗談なのか本気でそう思ってのことなのか、判断できない。
でも、あたしが訂正したことを受けて大笑いしていたのだから、本人的には冗談のつもりだったのだろうか。
こういうところが、いまいち解らない。
暫く話した後に、美代さんから携帯を渡された。
話が終わったのなら切ればよいものを、何で?

「ヨッコが、おめど話してど」

いつもなら話し終えると「じゃあね~まったね~」と、お互い言い合っていたが、昨日は何故だかあたしと話がしたいと言ってきた。
遠く茨城に越してきて、弟妹たちとの行き来もなくなり、近況を教えてもすぐに忘れる美代さんとの会話に、つまらなさを感じたのかもしれない。
ヨッコさんは自分のことが話したかったようで、ああしたこうしたと言ってきた。
あたしも、美代さんの進行について愚痴りたかったので、丁度良かった。

「そだな・うんうん・そっかぁ・・・」

10分ほど話しただろうか、電話代が勿体ないからと言われ、じゃぁねと切った。
この間、トイレに行ったり座ったりで落ち着かない美代さんだったが、自分の事を言われているという認識があったのだろうか。
ま、いっか。たとえあったとしても、すぐに忘れるよね。
あたしも、話の内容は言わずに済ませた。

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願わくば、ヨッコさんからの電話が今後もありますように。
デイのない日に出る「寂しくてよ」
これを言われると、あたしはとてつもなく、やりきれなさを感じる。

・・・ヨッコ叔母ちゃん、見捨てないでください・・・


プロフィール
こんにちは、にゃんズの母と申します。 2001年、念願の実家脱出に成功。 2009年、最愛?の夫と死別。 以後、気ままな一人暮らし。 2017年、軽度認知症の母との生活が始まり、 介護と思しきバトルの日々でございます。 動物大好き、特に猫。 酒とお洒落を愛する、普通?の「おんな」でございます。
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