にゃんズの母

「老猫。桐ちゃん17歳、青(せい)くん14歳」「あたし。お洒落大好き還暦」「母。87歳、方言と訛り×認知症要介護1」 ねこ、お洒落、母の認知症と日々のあれこれについてを綴っています。 泣いて笑って、ケンカして、人生一度きり。前向きに生きるためのブログ。

2019年01月

何をするにも重い!全体重を任す母。お願い、痩せて・・・。

転倒で受診した際に受けたCTスキャンで、打ち付けた顔面右側に水の様な影が観えると言われ、様子観していたが、当日夜から鼻水に鼻血が混じって出ていたので、午前中受診してきた。


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診察前にレントゲン撮影があり、その後に診察室へ。
火曜日の医師は見た目70~80代に見えていたが、今日の医師は若い。
画像を観て、
「断裂ですね、1センチはズレています。全治2ヶ月です。4週間目辺りから骨が付き始め8週間目頃までかかります。もっと早く治したいのであれば手術もありますが、麻酔のことと年齢を考慮するとこのままで治していく方が良いでしょう。治ってもギュッと握ることは出来ないでしょう。握力も今より落ちることになります。左手に力を入れる動作はしないでください。今後、1週間ごとにレントゲンを撮りますので、来週また来て下さい」

・・・火曜日の診断と違う・・・重くなってる・・・
「あの、鼻血が出るのはどうしてでしょうか?」

医師から、鼻血に関しては脳神経外科に受診するようにと。今日は担当医はいないので次回にするように言われたが、脳神経外科なら、別の病院に主治医が居るので紹介状を書いてもらった。


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これまで、椅子に座ること・車のシートに座ること・ベッドの寝起きなど、時間は掛かるが全て母自身で出来ていたが、左手に力を入れられない状態の今は介助が必要。
母は全体重をあたしにかける。当たり前だが重い。

背中に赤ん坊を背負ったことがある人なら分かるだろうが、寝落ちした瞬間にずしっと重みが伝わる。母の体重の掛け方が正しくその状態。

体重増加で、足腰に負担になり痛みも出ている。その痛みを少しでも軽減させるためのダイエットだったが、あたしには別の思惑もあった。
介護ブログには体重の重い親御さんの世話が、どれほどの重労働であるかが多々記されている。
いつの日か、自分にも当てはまることだろうの認識はあった。
体力には自信はあるが、母の体重を支えるだけの自信があるかと問われたら、・・・。

あたしはギックリ腰の常習者だ。
一度やると癖になると言われているが、ほんにその通りで、これまでにも何度も起こしている。
重い物を持つことはもちろんだが、無理な体勢やクシャミでも起こる。
ある意味、いつ爆発するかわからない時限爆弾を抱えているのと同じように思う。

あたしがギックリ腰を起こしたら、大変なのは美代さんあなただよ。

お互いの為だよ。
お願い、痩せて・・・。



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骨折していることを忘れている時間。いつもの長電話。

母美代さん、骨折したのは左手。当然腫れている。

身体の下敷きになっていた右手も、数か所の青あざと腫れ。
なぜ、折れていない右手が腫れているのが、気になってしょうがない様子。


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転んだ際にアスファルトに打ち付けたことと、身体の下敷きになっていたからなのだと何度も説明。
聞いたその時は「そが」で納得するのだが、少しすると又同じことを訊く。
自分の中で消化しきれていないのかもしれない。
「いづになったら治るんだがなぁ・・・」

ぼやきが出るのも当然だが、敢えてのあたしの返答、
「あのね、転んだのは一昨日だよ。1ヶ月も経って治らないようならその言葉になるけど、まだ2日しか経ってないのよ」

「そだなぁ・・・」

一昨日の今日で、急激に治る訳はないのだからとの説明に、何となく納得したようだ。

包帯でグルグル巻きの左手だが、親指と人差し指は動かせるので、力が入らないにしても支えることは出来ると言い、母なりに工夫をしているようだ。
動かしたりしなければ痛みはないようなので、無理な体勢をしないように促している。

片手・片腕の生活・・・。
健常者として、当たり前のように暮らしてきているが、このような状態となり初めて有り難味に気付く。

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あたしも左手首、左肩には自信がない。
工場勤めの際、頚椎椎間板ヘルニア・上腕骨外側上顆炎(テニス肘)を何度も併発し、ペインクリニックを受診したこともある。
左手に関しては全く自信がなく、重い物を持ちあげる作業は辛いものがある。
今もときどき、左半身に鈍い痛みが出たり、力が入らないこともあるが、それでも使えている訳で母の辛さとは比べ物にはならない。

お喋りする口には異常がないので、いつもの定期便。
12歳下の妹「ヨッコさん」と、あの人・この人の話に花が咲いている。これもある意味ボケ防止なのだろう。このお喋りの時間だけは、痛みや辛さは飛んでいるようだ。

「むがし話してるどぎは、あだまが冴える。ヨッコど話すてるどぎはオレの脳トレだ」

今日のこの話の内容は、明日にはたぶん・・・忘れています。

まだらボケの母美代さん。
骨折したことが、嫌な記憶として残らないことを祈ります。

忘れるか・・・。


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通所リハビリ。要介護1の、母のリハビリ会議。

リハビリ会議。
前回は初めての会議でしたので緊張でしたが、今回は2回目なので要所だけを重点に15分ほどで終了でした。

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現在、
  • 要介護1だが、膝の改善は今まで通りのリハビリを続ける。
  • 認知度は、長谷川式スケール検査で、園での最近の結果は21点。受け答えもしっかりしているので、さほど問題はない。
これらを踏まえて、
施設医から
  • 骨折した左手の手首は動かさないでいると硬くなるので、痛みに耐えられるのであれば、出来るだけ上下に動かすようにとの指示。
  • 今飲んでいる物忘れの薬「レミニール」は、認知症を改善させるのではなく、症状を1~2年遅らせるだけの効果なので、一番良いのは普段から脳を使うこと。例えば、園でレクリエーションとして行っている脳トレ問題(間違い探し・塗り絵・簡単な計算)などをする方が進行を遅らせる効果としてはあるので、家でもなるべく考える生活をすること。
あたしからの問い。
  • これまで自分で出来ることはなるべくさせていたが、今後もそのやり方で良いのか?
これに対しては、骨折の痛みは3週間ほどは続くと思うので介助は必要ではあるが、徐々に引けてくるのでこれまで通りの生活で良いとの答え。

リハビリ担当医から
  • 今回の転倒は見守りがあれば防げたであろう事柄なので、今後の散歩はなるべくついて行くように。
  • 今は杖歩行だが、先を考えシルバーカーの様な歩行器の使用を薦めているが、本人(母)が両手が塞がることに恐怖を感じているようなので、強要はしないが、家族と話し合い何れは移行を考えてみるように。
この歩行器に関しては、母自身が園で動かしてみたようで、前後進行・ブレーキボタン等があり覚えきれず返って面倒と感じたと言っていた。加えて両手が塞がるので今回の様に風にあおられての転倒では、歩行器自体に押しつぶされるのではないかとの疑心も出ていた。

慣れたら楽なのでしょうが、新しい物を使いこなすことは、今の母にはハードルが高いようです。


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【散歩には見守りが必要】

前回も言われていますが、これに関してはあたしの気持ちと時間次第。
確かに一緒に歩いていたら防げたことかもしれません。これに関しては自己嫌悪ですが、母娘関係があるので、一番難しい問題。
気持ちの切り替えが必要です。

【認知度は21点】
先日のお風呂の件を施設医に相談したところ、自分たちでも一瞬判らなくなることもあるので、深く考えなくても良いと言われました。
一人で悩んでも仕方がないので流すことにします。

今更ですが、あたしは母に対する愛情が欠けているようです。
でも、愛情って何なのでしょう・・・。


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骨折しても、デイケアへは行きます。リハビリのためですから。

昨日の昼過ぎに転倒で、救急車で搬送された母。

今日はデイケア日。
いつもの様に出勤しました。
出勤?そう、母はデイケアに行くのは自分の仕事であると申します。
お金を払って仕事をする・・・おかしな考えですが、解って言ってるようですので、ま、いっか。です。

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昨日病院で、会計が済みタクシーの手配をしようとしていた際に、ケアマネさんからのいつもの電話。
事情を説明しデイケアを休むことべきなのかを訊いたところ、

「こういう時こそ行った方が善いのですよ。家で何もせずボーっとしていては益々悪くなりますから。園の方へは私から連絡しておきますので、気になさらずにいつも通りに行ってください」

ケアマネさんからの言葉を受け、家に戻ってからあたしからも電話を入れると、既にケアマネさんからの連絡があったようでしたが、事の経緯と母の状態を説明し、御面倒をお掛けしますがよろしくお願い致しますと電話を切った。

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年末年始帰省中、孫のトイレでのズボンの上げ下ろしや、入浴時の着替えをしてあげていたが、大人の着替えの介助は夫が癌で闘病以来なので、
約10年ぶり。
骨折した箇所に少し当たるだけで「痛い痛い」腫れ物に触るような着替え。トイレの際のズボンの上げ下ろし、尿とりパッドの交換。
自分で出来ることをいいことに、今まで見て見ぬふりをしてきたが、昨日からはあたしの仕事。

自宅介護をされている皆様は当然の如くやっていらっしゃっるのでしょうね。頭が下がります。

それでもズルい娘のあたしは、何とか自分で出来ることはさせようと思っており、左手を使わなくてもよい方法を教えています。
今回のことで、これまで出来ていたことが、あたしがやるのが当然・あたしの仕事になる、ということは避けたいと思っています。


まだらボケの母。
「なにくそ、まげね」の根性で乗り切ってほしいものです。


今日は、園で母のリハビリ会議があります。
行ってきます。


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強風に煽られて母転倒。そして骨折する。

午後1時過ぎ、散歩に出かけた母美代さんからの電話。
嫌な予感がした。
出てみると母の声ではなく、聴いたことのない女性の声。
「〇号室のKと申します。お母様が駐車場で倒れていらっしゃいます」

えっ、あの申し訳ありません。今行きます。のようなことを言ったと思うがはっきりとは憶えていない。母は、携帯を持っていたので、Kさんが母の電話からあたしにかけてくれたようだった。

慌てて出て行ってみると、母が右手を身体の下に入れ、左手を顔の下にした状態の半横向きで倒れていた。

Kさんの機転で救急車の手配が済んではいたが、動かすこともできずひたすら救急車の到着をを待っていた。その間、風が強く母に上着を掛けてあげようにも、あたしが上着無しの状態で何もしてあげられないまま数分。
「ぐるっと歩いで、着いだど思ったら風に飛ばされだよんた・・・気もぢはまげねど思ってらども、転んでしまった。・・・」
母の呟き・・・。

ピーポーピーポーの音。
やっと来た・・・。救急車に乗り込む前に、一緒に待っていてくれたKさんに、後ほど改めてお礼に伺いますと述べ、救急車の中へ。
救急隊員から、お薬手帳を持ってくるように言われ、部屋へ戻り手帳・保険証そして財布をバッグに入れ、救急車へ。
隊員が近隣の総合病院に電話。4件目の病院に搬送されることに。
3件目までの病院では手術中で空いている外科医が居ないと断られたが、ドラマと同じようだな・・・そんなことが頭の中に浮かんだ・・・。

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救急車の中で寒くもないのにブルブルふるえながら泣く母。血圧が上昇し、脈拍も普段の倍。気が張り詰めていたのだろう。

「おばあちゃん、寒いの?痛いの?」
隊員の問いかけに、
「寒くはないです。気ぃ付けで歩いでいだのに転んでしまって・・・申し訳ない・・・」
「大丈夫ですよ、その為の救急車ですからね」
「いや・・・そうでねくて、娘に面倒かげで申しわげなくて・・・」

この言葉を聴いたあたしが思ったこと、
・・・何言ってるの、この場であたしの事を言う?どれだけあたしが怖い娘かと思われるじゃない。第一隊員の方に失礼でしょ・・・

隊員の一人の方が
「東北の方は話し方が穏やかですね、西の方の方はキツイ話し方をしますから」と言われ、「訛りで聞き取れなくてすみません」と謝ると、「ちゃんとわかりますよ」と応えて頂いた。こう言うしかないでしょうね。
・・・KYな母で、すみません・・・

救急センターに着き、レントゲン・CTスキャンが終わるまでの間廊下でただ待つだけ。
40~50分程待っただろうか、救急隊員から「これで帰ります」の挨拶を受け「大変お世話になりました。ありがとうございました」とお辞儀と礼を述べた。

医師からの診断結果の説明。
「左手中指に脱臼、左手の甲に亀裂骨折が観えますね。脳には異常はないようですが時間が経つと症状が出る場合がありますので、しっかり様子を観ていてください。処置をギブスにするか固定にするかは整形外科で診察を受けてください」
お世話になりましたと言い整形外科へ移動。

整形外科医からは、ギブスでは生活に不便だろうと包帯での処置、グルグル巻き状態。脱臼した中指は痛がる母を押さえつけチョイとはめ込み、「ほらもう大丈夫ですよ、動かしてください」
蚤の心臓の母は、怖くて動かせず医師に無理矢理動かされ「ほら、動くでしょ!」叱られた・・・。


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骨折は年齢的なこともあるが、完治まではひと月ほどと。
1週間後に再診するように言われ会計を済ませタクシーで帰宅。

帰宅後すぐに箱菓子を買い、Kさん宅へお礼のご挨拶に伺い、
「大事には至りませんでした。ご迷惑をお掛け致しました。ありがとうございました」
「お気になさらずに。お大事にしてください」

長女と同じくらいの年齢に見受けられたKさん。本当にありがとうございました。

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入浴の許可は出ていたが、何かあると怖いと言い今夜は入らず、晩ご飯は左手が不自由なもののしっかり完食で就寝。

会計待ちの時間に母から訊かれた。
「救急車のおがね、どのくらいかがるんだ?」
「ただよ。救急車は無料なのよ」
「そだのが?」

これまで、自分のことは自分でさせていたが、流石に片手での衣服の脱ぎ着は無理なので暫くは介助が必要になる。
食事中、普段の左手は遊んでいることが多い母だが、今日からは使いたくても使えない。
何するても不自由だな・・・、しかだねな、転んだオレがわるのだ」
「なってしまったことは仕方ないよ。出来ないことはあたしが手伝うから落ち込まないで」

母は本気であたしに気を遣っているようです。
これまで、自分のことは自分で出来ていたという自負があるのでしょう。

転倒で、大腿骨骨折のことはよく聞きますが、今回は骨折とは言え大事には至らずひとまず安心です。
骨粗鬆症の薬のお陰?それとも母の運の強さでしょうか。

ズルい娘のあたしは、暫くは気が利く娘でいなければなりません。
できるのかしら・・・?

やらなきゃですね。


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プロフィール
こんにちは、にゃんズの母と申します。 2001年、念願の実家脱出に成功。 2009年、最愛?の夫と死別。 以後、気ままな一人暮らし。 2017年、軽度認知症の母との生活が始まり、 介護と思しきバトルの日々でございます。 動物大好き、特に猫。 酒とお洒落を愛する、普通?の「おんな」でございます。
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