にゃんズの母

「老猫。桐ちゃん15歳、青(せい)くん13歳」「あたし。お洒落大好きアラ還暦」「母。85歳、方言と訛り×軽度認知症」 ねこ、お洒落、母の認知症と日々のあれこれについてを綴っています。 泣いて笑って、ケンカして、人生一度きり。前向きに生きるためのブログ。

2018年05月

ジョギングの再開。膝の痛み・・・鵞足炎の再発?


連休前から、特に何という訳ではないけれどバタバタして休んでいたジョギングの再開。
 母美代さんの白内障のオペも無事に終わりましたので、そろそろと考えていました。

よし!今日こそ絶対に走る!午前中から決めていました。
昼頃、雨がパラパラ。

ええ~・・・なんで雨なのよ~、せっかく走る気になっているのに・・・

と、思っていたら何のことはないすぐに止んだので、

も~、ひやひやさせないでよ~

夕方、4時半過ぎ。
ジャージに着替え髪を束ねて帽子を被り颯爽と・・・歩きだしました。

「えっ、ジョギングじゃないんですか?」

と、思われました?

そうなんです、しばらくぶりなので、いきなりの走りはちとキツイなぁ~と、思いまして、行きはウォーキングに変更したんです。

毎回しっかりと準備運動をしてから出るのですが、1キロくらいの所で左膝の外側に少しですが痛みが出ました。
2年ほど前に、鵞足炎で2週間ほど走れないことはもちろん、アパートの階段の上り下りも辛い状態になったことがありましたので、一瞬その時のことを思い出し歩を止めたのですが、気持ちを落ち着かせ再度歩き出しました。
(鵞足炎は脚に負担がかかることで起こります)

折り返し地点に着き、呼吸を整えジョギングに切り替えゆっくりと走り出しました。
途中、2~3回休みながらの走りでしたがとても爽快でした。(いい汗かきました)

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鵞足炎とは
スポ―ツなどにより引き起こされる、膝の慢性的な炎症。鵞足滑液包炎(がそくかつえきほうえん)と呼称される場合もあります。 鵞足とは、膝の関節のすぐ下にある脛骨けいこつ(すねの内側の長い骨)につながっている※3つの腱(筋肉と骨をつなぎとめている線維組織)この形状がガチョウの足のようにみえることから「鵞足」と呼ばれます。
※3つの腱⇒縫工筋(ほうこうきん)・薄筋(はっきん)・半腱様筋(はんけんようきん)

膝は「曲げ伸ばし」を行う部位であるため、じん帯や腱が骨との摩擦によって傷つき、炎症を起こすことがあります。その結果、鵞足炎や鵞足滑液包炎を含む、さまざまな膝の障害が現れます。
鵞足炎や鵞足滑液包炎を起こすと、痛みを感じます。鵞足炎では鵞足に小さな損傷が生じることで、鵞足滑液包炎では鵞足の下にある「滑液包かつえきほう」に炎症が起こることで痛みを感じます。

原因
鵞足炎や鵞足滑液包炎は、下記のような原因によって引き起こされます。
●過度なスポーツや運動
●合わない靴、安定しない足元での運動
●膝の使い過ぎによる、鵞足・鵞足滑液包の過度な摩擦
●外傷など。

症状
鵞足炎や鵞足滑液包炎では、膝に痛みを感じるようになり、激痛を伴うこともあります。
主に痛みが現れるのは、足の内側の膝から、すねにかけてのあたりといえます。このあたりは、鵞足を構成している3つの腱(縫工筋・薄筋・半腱様筋)と、脛骨がつながっているところです。痛みは階段の上り下りのときに感じやすくなります。
(参照:Medical Note)

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あたしが走るのは現在のためは勿論ですが、健康寿命を見通して自分の足でしっかり歩くという目標があってのことなのです。

梅雨の時期は空と相談しながらの走りになるのですが、無理せず目標である週3日をクリアできるようにガンバしたいです。

有酸素運動は認知症予防にもなるようです。
ウォーキングとジョギング、その日の体調に合わせて今後も続けていきます。


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視力、0,5から1,2へと回復(あたしより見えるんじゃない?)


白内障右目オペも無事終了。(昼前に退院)

今朝の検査でも「順調です」と言われたそうです。

今後は1週間後の再診、2週間後の検査と続いて行きます。

【昨日の病室での会話】
鏡を観ながら
「しわ・・・増えだなぁ、シミもこったにあって・・・Σ(゚д゚;)」

「見えるようになっても、善し悪しだねぇ?( ̄ー ̄)ニヤリッ」

・・・85歳、いつまでもおんなですねぇ。良いと思います・・・

そう言えば、一緒にオペした紫のヘアーマニキュアを施したご婦人も、
「良~く見えるようになったわね~('▽'*)ニパッ♪」
と、仰っていましたわ。

逆に今までがどんな世界だったのか、あたしにしてみればそっちの方が気になりますけどね。

まぁ、とにかく良かったです。
*:--☆--:*:--☆--:*:--☆--:*:--☆--:


【病院を出て駐車場での会話】

「あれっ?車あだらしぐしたのが?なんだが色が違うぐ見える」

「変わってないよ。視力が回復したから綺麗に見えるんじゃない?」

(これは認知症ではないですよね?)

退院時に、看護師から今後の見え方についての説明がありました。

この1~2週間は、傷が残っているので乱視状態なのだそうです。
その後は、ピントをどこに合わせるかを医師との相談で決めていくことになるとのことで、その際、もしかしたらメガネを作り直すことになるかもしれないとのことでした。
(外出用&老眼鏡両方)
以前からある飛蚊症のちらつきも、濃くなるようなら診察が必要ですが、そうでなければ気にしなくても良いとのことでした。


家に帰ってきて

昼食を済ませて一息つくこともなく

「野菜だぢ観でくる」
「お水は今朝あげたから大丈夫だよ」
「そうでね、まだ挨拶してね」

ですよね~。一番の楽しみですものね~。

ミニトマトの花も増え始め、小さな小指の先ほどの実も生っています。
毎日が楽しみでしょうがないのでしょうね(⌒∇⌒)

因みに、あたしの視力は0,7と0,8なので今の美代さんの方がしっかり見えるということですよね?!

そのうち、あたしのシミやしわについても、何やら言い出すのかも・・・・。
怖いですね~・・・Σ( ̄ロ ̄|||)


「目にゴミや水が入らないように気をつけてよね~」

「わがってる!」


・・・ホントにわかっているのかしら?・・・



人は亡くなると美化される?生きている今の自分を大切に


亡くなった者たちへ想いを馳せるのは 、昔も今も変わりはないと思います。

夫の思い出話をすると、娘たちが「えっ!」と言います。
「人って死ぬと美化されるんだね・・・おとぅ(父親)て、まぁまぁのいい加減な人だったよね?!」
「おかぁ、散々苦労してきたよね?悪いことって思い出さないの?」

そうなんです。
あたしの夫、前のブログにも記しているように、ホントに自由奔放な生き方をした人で、良いこと悪いこと含めけっこう苦労してきました。
故人の名誉のため詳しくは記せませんが、時に警察にお世話になることもありました・・・。

事実は小説より奇なりと申しますが、ほんにその通りで夫と一緒になっていなければ、一生無縁であろうことも経験しています。

でもね~、亡くなって9年もすると嫌な思い出さえも愛しくなるんですよ・・・。

「俺はやりたいことは何でもやってきた」の夫の言葉。
日が経つにつれそれは、能力的なこともありますが、生きていくためにはできるだけ多方面にアンテナを張ることが大事・・・そんな風に解釈するようになってきたんです。

【日本の平均寿命】は、男性:80,98歳
           女性:87,14歳
        (参照:2017年日本経済新聞)

生きている「今」を大切にしたいです。だって、必ずお迎えが来るんですから(自分)。

美代さんとの日々のバトル、愚痴を言いつつ嫌な気分になりながらも、生きているからこそできることなので、もうしばらくはお付き合いして行きますわ。

でも、自分のできる範疇を超えそうになったときは、公的機関にお世話になることも考えています。
それも美代さん次第ですね・・・。

あたしは根暗ではありません・・・でも、時に落ち込むことや冷めた考えに陥ることもあります。
だって、生きているんですもの!

西の方では梅雨入りしたようですね。関東もそろそろでしょうか・・・?



亡き夫の、63歳の誕生日


今日は9年前に癌で他界した夫の、63歳の誕生日です。
(命日は、3月28日。2ヶ月後の誕生日を迎えることなく)

先日お亡くなりになられた、西城秀樹さんと同い年です。

夫が亡くなる2ヶ月ほど前に、父も心不全で亡くなっています。
(経度認知症、79歳の誕生日のその日)

回忌法要は父の命日に併せて済ませてきました。

今日は特に何もしませんが、お酒が好きでしたので仏壇にビールを供えました。

後で、あたしがいただきます。


死についての想いは、「西城秀樹さん、逝く」のブログに記しています。


夫は自由奔放な人間で、普段から死を恐れることはなく、

「俺はやりたいことは何でもやってきた~。この世に未練はない。ただなぁ、孫の顔を見られないのは心残りだな~」

そんな風に言ってました。



医師からの改めての告知はなく、

「手術をしても1年生存率は50%、5年生存率は10%」
そう言われ、

「おまえはまだ若いのだから、俺が死んだら、誰かいいやつがいたらそいつと・・・」

「何言ってるの!ガンバって治そうよ」

途中までの言葉を遮ったわたし・・・。


黄疸が引かず、結局手術をすることもできず、抗がん剤治療を進めることになったのですが、

「どうせ死ぬのなら、ここではなく家で死にたい」


夫の希望を叶えるべく、転院の手続きと民間の救急車の手配をし、明日転院という前の晩。

「俺は死ぬとき苦しむのかなぁ?」

それに対してのあたしの言葉、

「う~ん。それは神様だけが知ってるのかもしれないね・・・」

後悔しています。嘘でも、

「そんなことはないよ・・・大丈夫だよ」

どうして言えなかったのか・・・。

その夜急変、呼吸困難になり心臓マッサージを施すも、入院後約1ヶ月で亡くなってしまいました。



ひとが死を恐れるのは、この世に未練があるから・・・そんな風に思います。


夫の言葉の中にはどれほどの想いがあったのか、今となっては知る由もありません。

命あるものには必ず死が訪れます。

その日が来るまで、できるだけ健康でいたい。できるだけ人様に面倒はかけたくない。

母美代さんを見ていると、つくづく思います。



写真の中の夫は、いつまでも若いまま。わたしだけが年老いていく。

いつの日か、夫のいる場所へ行くことになるでしょう、それまでは夫の言葉ではないのですが、

後悔の無いような日々を送っていけたなら・・・そう・・思います。



認知症 or 貧乏性 この行動はどっち?


理解できない行動

1.【今朝の会話】


「美代さん、洗濯するからシーツとパジャマと枕カバー出してね」

少し時間を置いて

「洗濯機に入れできたがらな」

洗濯機を回そうとして中を見ると、パジャマが入っていないので美代さんの部屋へ取りに行いくと、ベッドの片隅、陽の当たる部分にオムツパンツが広げてあった。

「美代さ~ん、ちょっと来て」
「なぬよ」
「ねえ、これ何?汚れているよね?なんでここに干してあるの?」
「汚れでね、まだはげる(履ける)」
いやいや、けっこう変色していたので、
「あのね、このパンツはね赤ちゃんのおむつと一緒でおしっこを吸収するものなのよ。乾かして履くものじゃないんだよ!」
「わがってる!だども濡れでね」
「でも、こんなに汚れてるでしょ。いつから履いてるの?」
「手術したどぎがら履いでるのだ。汚ぐね」
(オムツパンツは夜のみ着用)

美代さん、嫌々ながら丸めてトイレに持って行きましたが、なんだか様子がおかしいので陰でそっと見ていましたが、部屋に戻ってきて敷きパッドの隅をそっと持ち上げて隠そうとしてる。

「何してるの?何を隠そうとしてるの?」
「なんでもね!布団の隅が曲がってるがら直そうとしるだげだ」
「じゃ、それは何?捨てるように言ったでしょ!」
「まだ使える、勿体ねべ、これだっておがね(お金)だべ」
「そうだけど、そこまで汚れていたら臭うでしょ?お願いだから捨てて」
「オレだって考えでるんだじゃ、物、大事にしねば」

経度認知症の美代さんは、過活動膀胱もあるので尿取りパットとオムツパンツを併用している。この行動は単に貧乏性で片付けていいの?
勿体ないのは解る。確かに安い物ではない。尿取りパットをギリギリまで使い、漏れたことも何度かあるがここまで意固地になるのは何故?

あたしの対応も悪かったと思っていますが、こういう会話は以前にもありました。
(美代さんがここで暮らすようになる前、実家でも似たようなことがあたしの次女間であった)

1.この場合は見て見ぬ振りをして、本人に知られないように捨てるのが善い。
2.でも、勝手に捨てることで本人が無くなったことで混乱する事になり兼ねない。

だとしたら本人が捨てるのが一番いいような気がするのですが・・・。
難しいです。

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2.【午後の会話】


明日、白内障右目のオペなので、2泊3日の入院のための準備を始め、母の部屋に入りクローゼットから新しいオムツパンツを出そうとすると、

「こごにある。出さねくていい」
と言い、ミニ箪笥の上の袋の中から一つ取り出したが、一つでは足りないので、もう一つ出すように促すと、

袋の中に手を入れて何やらモゾモゾしてるので、あたしが取ろうとして手を出すと今度は何とかして丸めようとしてる。

「何してるの?まだ汚れた物があるの?」
「汚れでね、今夜これ履いで明日もこのままで行ぐ病院で履ぎ替えるの、めんどくせ」
いや~、変色してましたよ。

「ねえ、周りの人たちに不快な想いさせちゃダメなんだよ!わかってるの?」
わがってる!大丈夫だ。・・おめは警察みだいだな・・オレのあどついで回って。そったにオレのごど気に入らねのが?
もう、何も言えません。
あたし・・・諦めました。
こういうの、善くないですよね。
フ~、ため息しか出てきません。

あたしも30年後にはこうなるのかしら・・・
辛いですね。

結局、認知症なのか貧乏性なのか判断付きませんでした。

今日も、朝からベランダに出たり入ったりの美代さんです。

単発シャックリのある美代さんですが、明日の右目のオペも無事に済むことを祈っています。


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プロフィール
こんにちは、にゃんズの母と申します。 2001年、念願の実家脱出に成功。 2009年、最愛?の夫と死別。 以後、気ままな一人暮らし。 2017年、軽度認知症の母との生活が始まり、 介護と思しきバトルの日々でございます。 動物大好き、特に猫。 酒とお洒落を愛する、普通?の「おんな」でございます。
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