何度もなんども同じことの繰り返し。
聞き訳がなく、ついつい今しがたのことも憶えていない。

頭では分かっている。でも、気持ちが追い付かない。
何でできないの!何で判らないの!
たった今言ったことなのに、もう忘れたの!
毎日、心の中で叫んでいる。

美代さんは、まだらボケ。
と、思っているが、実のところはどうなのか。
先月19日、かかりつけの脳神経外科で受けた、
長谷川式認知症スケールでの結果は21点。
そこまで悪い結果ではなかった。
むしろ、まあまあかな・・・の点数。

あたしは祖父母と暮らしたことがない。
生まれた時に居たのは父方の祖母のみで、その祖母と触れ合った記憶もないままに、小学校6年生の時に他界した。
年寄りのこと、年寄りが認知症になっていく姿も知らない。

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あたしが認知症の世界を知ったのは、亡き父が初めて。
でも、当時のあたしはここ茨城で暮らしていたので、強く残っている症状はなく、亡くなるひと月前の、暮れからお正月にかけての5~6日間が最後の会話となった。
その時も、今の母ほどの進行は見られなかったが、一緒に暮らしていた母には、訳分からずの世界だったようだ。

当時の父に対する母の邪険な態度を話しても、既に母の記憶からは遠ざかっているようで、
「ああだった・こうだった」と話すあたしの横で、
「そが・・・そだのが・・・おべでね・・・」こんな返事が返ってくる。

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もう、半年以上前になるがケーキを買ったことがあり、一緒に食べようと誘ったが「甘いものは嫌いだ。これからはオレの分は買ってくるな」こんなことを言われた。
それ以来母の分は極力買わないようにしていたが、昨日はお祝いだからと買ってみた。
「美味しな~、こんなに美味しいものは生ぎでるがら食べれる・・・死んだら食べれねべ。そのどぎは、ぶづだんさ、あげもすてけろ」(仏壇、上げ物=お供え)

甘いものは嫌いだと言っていた母の口から出た言葉に、あたしは嫌味を言ってみた。
「どこの誰だっけ、二度と買わなくていいと言ったのは!」

キョトンとしていた。
自分がそんなことを言ったことなど、すっかり忘れている母に追い打ちをかけた。
「じいちゃんの好きだったもの、憶えてる?お供えしたことある?」

果物・洋菓子・和菓子と甘党だった父。認知症になる前は、実家のお仏壇にしっかりとお供えしていたが、それさえも憶えていない。

「おめは、オレみでになるなよ・・・」(みたいに)

悲しげにボソッと呟いた母。
が、次の瞬間にはケロッとして、さっきまでの会話が消えていく。
こんなものと解っていても、出るのはため息。

少しづつ、少~しづつ症状が進んでいますが、暴言を吐くまでには至っていないので、このままおとなしく進行してくれることを希望しています。

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     こんな空が、早く観たいです

今日は美容室。
デイケアで、母のヘアーマニキュアを楽しみにしていると、利用者さんから言われているそうです。(こんなことは憶えている(* ̄∇ ̄*)エヘヘ)

後で迎えに行きます。さて、どんな風に変身してくるか。
あたしも、楽しみにしています。


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