母美代さんはときどき、根拠のない自信に満ちることがある。
その自信がどこから来るのか分からないが、あたしもその根拠のない自信があった。

その自信、それは美代さんのこと。
あたしの父が認知症であったことは何度か記しているが、美代さんが父と同じ病気になるとはこれっぽっちも思っておらず、絶対ならないものとの自信があった。

父が認知症となったとき、母は特に気に病むこともなく自由だった。
まぁ、症状が進むにつれ、少しは悩んだこともあったようだが、亡くなるその日まで生活を変えることなく過ごしていたようだ。

亡くなるその日を有意義に過ごし、晩に風呂に入るまでは元気でいた父が、まさか帰らぬ人となるなど、母は勿論むすめ達とて思いもよらなかったはず。
この父の死が、大きなきっかけだったのかもしれない。

それでもあたしは、その変化に気づくこともなくこれまで通りに大好きな野菜作りに励む母を見て、
・・・この母なら認知症になどならない・・・

そう、まるで根拠のない自信だ。

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母と一緒に暮らしているむすめ達は言っていた。
「祖母ちゃん、何かときどきおかしいんだよ。」

年齢からくるもと特に深く考えはしなかったが、腰痛や変形性膝関節症もあり畑仕事もほどほどにと、デイサービスに行くことを納得してもらった。

週2回のコースで、食事や身支度など全てを自分で行い、迎えのスタッフが来る時間まで玄関で待つ。という具合に、きちんとできていた様子を観ていたので(帰省時)まだまだ大丈夫。そんな風に感じていた。

でも、確実に病気は進行していたようで、2年目の介護認定は要支援2。
それでも、認知症ということばは頭の中にはなかった。
あくまでも、年齢に因るもの・・・。

一昨年の8月。
お盆での帰省時も、特段変化は見られなかったが、足腰の弱りについてはさらに進んだと感じていた。
そして、9月。
次女からの電話での様子や、母との電話で「これはおかしい。何度話しても要領が得ない」もう、一人では置いておけない・・・。
その想いで母との同居を選択。

あたしの根拠のない自信は、どこぞへと吹っ飛んでしまった・・・。

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・・・あぁ、とうとう来るべき時が来た・・・

それは、案じる気持ちからではなく、今後の大嫌いな母親との生活を思うやりきれなさ来る想い。

足腰は弱っても、家の周りの草取りくらいや、自分のことは自分でできる。そして、ある日突然ピンピンコロリ。
こういう人生を歩むんだと、漠然とそんな想いでいたのが、一転した瞬間だ。

根拠のない自信は粉々になり、瞬く間にどこぞへと吹き飛び、只今「介護」と思しき人生真っ只中。
それでもたまぁ~に思うことがある。
進行の度合いが止まり・・・いいへ、超スローペースとなり気が付いたら父の様にす~っと逝ってくれる・・・などと。

最近の美代さんは、思っている言葉や考えがまとまらず、更にトンチンカンが連発。

ケアマネさんは言う。
「できるだけ自分で考えさせてください、そうでなければ一気に進みますよ」

線引きが難しくなってきました。


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