10年前に亡くなった父。
亡くなったのは、79歳の誕生日。

亡くなる2~3年前に認知症の症状が見え始め、総合病院の脳神経科を受診し、アルツハイマー型認知症と診断を受けた。
病院へは、母・あたし・長女と付添い、診察室にはあたしと長女が入室した。

何となく分かってはいたが、いざ病名を聞くと「ああ・・・やっぱりか」少し愕然とした。
医師の勧めで日記を書くことが症状を遅らせることに繋がるということで、帰りに書店で日記帳を購入。

が、それまでの人生で日記をつけることなど一切なかった父にとって、日記帳は無用の長物。
その日食べた物だけでもいいから書いたほうがいいよ、とアドバイスするも「欲しくて買ったのではない。お前たちが勝手に買ったのだろう」と言い、2日目以降二度とページを開くことはなかった。

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当時受けた介護認定は要支援2。今の母より軽い。
デイサービスの利用を勧めたが、お喋りが苦手な父は、母と一緒でなければ行かないと頑なに拒否。
一度も介護サービスを受けることなく農作業で、一日を費やしていた。

冬の時期は農作業はない。
父はパチンコが好きだった。
一人でパチンコ店行き、出玉を何箱も積んだが、店員に勝手に持って行かれたと怒りながら帰ってきたことがあった。

父の言っていたことが本当なのか、認知症の症状であるもの盗られ現象なのかイマイチ判らず、今後の事を考えパチンコ店へは母について行ってもらうように頼んだが、お金大好き賭け事大嫌いな母はそれを断固拒否。(まぁ、解らずもないが・・・)

その当時、あたしとの電話で母は「お風呂になかなか入ってくれない・いつも同じ服ばかりを着る」と、嘆いていた。
母の周りには認知症の家族を抱えている知り合いはなく、母の両親も若くして亡くなっているので、認知症に対する知識は全くなく、母自身もどうしてよいのか分からなかったのだろう。

本を買い与え、少しでも勉強するようにと言うも、母もまた本を読むという行為のない人生で、本に対する拒否反応。重要な部分に付箋を貼り、そこだけで読むようにと渡したが、果たしてどうだったのか・・・。

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父のためにと買った日記帳は、開かれることもなく戸棚の片隅へ。
そして、父が亡くなった年の夏辺りからか、その日記帳は母のものへと移った。
新品同様の日記帳。

母は毎日の農作業を日記につけていた。
種まき・苗植え・収穫時期や収穫物など、こと細やかに書いていた。

父が亡くなり、それまで二人でしてきた農作業が母だけとなり、誰と話すこともなく一人での作業。
寂しかったのかもしれない。
いつも「じっちゃ」と一緒だったのが、突然死の様な形で逝ってしまったのだから、辛かったに決まっているが、父の死後約2ヶ月で夫を亡くしたあたしには、母の気持ちを推し量る余裕はなかった。

その日記帳を、最近は読み返していることが多くなってきている。
10年前に自分で書いた字が読めないと言い、悩んでいる。

今日はデイケア日。
連絡帳は母自身で記入させている。
今日の日付・曜日を訊くと、
「今日は15日、月曜日だ」

13日、土曜日である事を確認させ、訂正させたが、その後も今日は月曜日と何度も言う。あたしも土曜日だと何度も言う。
「ん?したら、今日は20日が?」

1週飛んでしまった・・・。


迎えに来たスタッフさんはいつも訊く。
「何かお代わりありませんか?」

「今日の日付と曜日を15日の月曜日と言い張っています」

「そうですか」

サラッとかわされた。

あたしも見習わなくてはならない。
聞き流す、そして、さらりとかわす。


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