あたしはマウスを使っています。

年末頃からなとなく調子が悪く、嫌な感じでした。
教室の先生からは「コントローラーが利かなくなっているようですね」そして「消耗品ですから、仕方ありませんよ。バーを使えば動くのですからそちらでやってみてください」と。

電池交換だけで、一生ものと思い込んでいたあたしですが、コントローラーが壊れるということも知らずにいたのですから、無知は罪なりですね。

閉鎖された教室時代から使っていましたから、もう2~3年使っていることになります。
いちいちカーソルをバーまで移動させるのも面倒なので、新しい物を購入してきました。
購入品は、自分の手に馴染んでいたこともあり、前回と同じものです。

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あたしは思うのです。
人の記憶は経験値だと。
芸術家さんや作家さんなどのお仕事とはまた別の話ですので、そこはご理解頂きたいです。

あたしがコントローラーの事を知ったのはパソコンを使うようになってからのこと。パソコンを使わなければ、耳にすることがあってもちゃんとした記憶として残っていたかは定かではありません。
同じ様に母美代さんもそうです。

美代さんは一般常識が非常に少ないです(無い、とは流石に言えません)
85年の人生の中で、母にとっての必要不可欠なものだけで十分だった。それ以外の情報は要らなかった。それだけの事なのですが、今、あたしと暮らすようになり、知らない聞いたこともない言葉が次から次へと出てくる。

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例えて言うときりがないのですが、昨日こんなことがありました。
炬燵テーブルの上に、ある資料を置いていたのですが、それを目にした母が、

「これ何だ?なしてこごにおいでぐ?」(どうしてここに置いておく)

母には普段からテーブル上は綺麗にしておく様に言っているので、ここぞとばかりに注意を受けました(笑)封筒に入れ、投函するものだと言うと、

「は、そが」

きれいな返事に逆にあたしの疑問。

「ところで投函の意味、解るの?」

「知らね」

やっぱり・・・。投函の意味を教え、なぜわかったふりをするのか尋ねると、

「めんどくせ。それに、オレさ言うのだば始めがらポストさ入れるてひえばいいべ」(ひえば=言えば)

は~ん、なるほど。一理ある。その通りだ。
ただでさえ、訛りや昔言葉を使う母なのだから、難しい言葉を使うことは御法度なのかも。
専門書にも、認知症患者にはとにかく簡単な言葉で話すようにと記していました。

そうよねぇ~。
でも、ふと思う。簡単な言葉だけを使っていたら、あたしの脳がボケてしまうんじゃない?

使い分けすればいい・・・そうすることで更なる脳の活性化になる?
でも、同時にストレスも増える・・・ような気もする。

ストレスフリーは、あたしには夢のまた夢・・・なのかもしれません。


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