今朝のことです。

時は10時。日曜日の朝は遅いがそろそろ起きてもよいのでは?

なかなか起きて来ない母美代さん。
少し心配になりそ~っとドアを開け様子観。息をしているのか確認しようと一歩中へ。

わあっ

きゃあっ

ビビりの美代さんを驚かせてしまい、その驚いた声にあたしも驚く。それでも極力小さい声での「きゃあ」知らず知らずのうちに気遣いしてるあたし・・・不思議な感覚。

「いつまでも起きて来ないから心配で観に来たけど、生きてるね」

結局起きてきたのは11時近く。しっかり朝食兼昼食を摂った。

スポンサーリンク



小・中学校の同級生だった友人。当時51歳。
朝、起きて来ない息子を心配されたお母様が部屋を観に行ったが、既に布団の中で冷たくなっていたと。

職場の同僚のお父様も、夜コタツで寝ていたそうだが朝彼女が起きた時には冷たくなっていたそうだ。

あたしの父、79歳の誕生日の夜。
なかなか上がってこない父を心配した母がお風呂場を観に行ったが、湯船の中で息絶えていたと。

家族がいて、前日何事もない状態でも朝気付いた時には既に遅い。
父のように誕生日を有意義に過ごし、それこそ何事もなかったのに突然亡くなる。家に家族がいても、看取られることなく逝ってしまう悲しい現実。

デイケア日以外の朝は遅い。日曜日も遅いのはわかっている。
ゆっくりと寝かせてあげたいと思いながらも、もしかしたら・・・そんな不安にもなる。それは、父の事があったから余計にだ。

同僚や、あたしの家族のような経験をされている方。
少なくないのでは・・・。
だからといって、誰に責められることでもないと、あたしは思う。

だが、いざ自分が当事者となったら、たとえ責められることがなかったとしても自責は残ると思う。
母も、父の件では「もっと早くに観に行っていたら・・・」と暫くは後悔を口にしていた。

人の死は避けられないが、「天寿」を全うするという言葉がある。

『授かった寿命を生き尽くして死ぬ。十分に長生きして死ぬ』
(引用:Weblio辞書)

胃腸には自信のある母の天寿は・・・まだまだ先のようだ。