今日から師走。師も走るほど忙しい月。そして平成最後の12月。

穏やかな、平成最後の「小春日和」な1日になるそうな。


母美代さんは「認知症」要介護1。腰痛と変形性膝関節症あり。
ときどき、「ホントに認知症?ボケたふりしているだけなんじゃない?」と思うときがある。まぁ、あたしの思い過ごし。てか、認知症を受け入れたくないだけかもしれないけど。
解ってはいるのですよ。でも、最近認知度が改善されて余計に不信感が募っている。

あたしもだが、美代さんは年齢によるドライアイの症状があり、眼科医処方の点眼液を使用。デイ専用に1本を連絡バッグの中に入れてある。
前回のデイケア日に、その目薬を母に渡すのを忘れたとの連絡を頂いたが、家での使用分はあるので、次回渡して頂くようにと伝えた。
この話を、まんま美代さんに伝えてある。

今日はデイケア日。今朝、出がけにこの件を話したが、

「ん?なんのごどだ?」

ちゃんと伝えてあるし、わかったの返事ももらっている。

「そが、まず行ぐじゃ」

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認知症は、昔の記憶は残っているが直近の記憶が徐々に無くなり、その内に全ての記憶がなくなってしまう病気・・・。
最近の母。
昔言葉が多くなると共に、子どもの頃~30代、40代の頃の出来事はスラスラ出てくるが、50代以降となるとまだらのようだ。

昨日、料理嫌いな母が定年まで勤めていた会社での弁当を、自分で詰めていた話になった。
昔の「土方弁当」(お若い方は知らないかもですが、アルミの仕切りの無い大きな弁当箱です)に、ご飯とおかずを仕切りも無しに、それも汁が滴るおかずをそのまま入れていたことがあったことを言うと、

「おめ、よぐおべでるな。〇〇会社だ。おめが小学校のどぎのこどだえ?」
(よく憶えているな、小学校のときのことだろ?)
いいへ。あたしが成人してからの話です。

母は、正社員として工場で働く前までは、それこそ土方仕事。あたしが保育園~中学に上がる頃まで。その頃から土方弁当を使用していた。
当時勤めていた会社名はさらりと出てきたのに、土方仕事をしていた頃と混同してしまったようだ。

「違うよ、あたしが次女を生んでからの話だよ。あたしは美代さんが27歳のときの子ども。55歳で定年だから、27を引いたら何歳になる?」

母は、あたしを何歳で生んだのかを時々分からなくなるらしい。それでいて当時保健指導を受け、今でいう「バースコントロール」をし次女の出産に至ったということを、はっきりと憶えている。


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ある脳科学者の話。
人の脳は、新しい情報が入ると旧い情報は自然と抜けていくらしい。その中で、大事だと思われるものだけが残ると。

目薬の件はどうでもいい情報だったようだ。
80代の年相応のボケとはどのような感じなのだろう。
美代さんは実際はどちらなのだろう。
この先も軽度認知症のままで過ぎていくのか。はたまた、いきなり症状が進行するのか。今のあたしには想像もつかない・・・。

いづれにしても、チンプンカンプンなできごとや会話が続くことは確かだ。


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