母美代さん用の児童向け図書を借りに図書館通い。

ついでにと、介護に関する本も一緒に。
これまでに数冊借りてきていますが、その中で1番分かりやすかった本と
同じものを書店にて購入。


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12~13年前、父が認知症発症した際にも当時の最新版を購入し、取り敢えず完読。
2冊購入し、1冊は実家の母用としていましたが、「本を読む」という行為そのものが母にはなく、あたしが読んだ内容を電話で教える。を繰り返していました。
(読む。ことが苦手・・・苦痛だったらしい)

その父も9年前に亡くなり、もう本は必要ないと廃棄。
当時完読した内容は、恥ずかしい話大まかな部分しか記憶に残っていませんが、そのなかでも一番記憶に残っているのは、認知症患者に対して「女優」になり「演技」をするということ。
例えば、同じことを何度も訊いてくることに対して、「また?」とか「さっきも言ったよ」などとは言わず、その都度演技をすることが大事とありました。
母にもそう伝えていましたが、ガサツな母が「女優」になどなれるはずもなく、あたしが話した内容など右から左。
挙句、

「そったな病気、エイッ!ヤッ!て、気合で治すんだ」


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母は両親を20代で失くしています。
身近に認知症介護をしている者などおらず、また、60年も前のこと、認知症の言葉もなく「人は年を取れば誰でも物忘れや、おかしな行動をとる」それが当たり前だった時代の、ましてや農村部での生活。(認知症の言葉を使う以前は痴呆症)
仮に家族の中に患者がいたとしても、日々の農作業に追われての生活の中では、「とぼけて役に立たない年寄りはほっとけ」だったと思います。

介護の「か」の字も知らない母にとっては、父の介護など「未知の世界」
女優になり切るどころか、本を参考にすることもなく、
日々変わらずの毎日。
父と同じ病気となった今、自分が父に対してどのような態度をとっていたかなど完全に忘れ、もう少し優しく接してくれと言います。

「女優になる」
あたしが今一番の目標にしている介護の姿。
「さっきも訊いてきたよね?」「昨日も同じこと言ってたよ」
「またなの?」などと、度々の禁句使いたい放題で、言ってしまってから、
「ザ・後悔」(落ち込みます)
母の症状は半分以上は正気。このハザマの中で、どこまでの演技力が必要なのか。

「嘘」ではなく「演ずる」

初々しい新人女優でいくか、それとも母でもわかる大根役者?
あたしは大根役者・・・でしょう。

【大根役者】
演技のへたな役者。大根。へぼ役者。だいこやくしゃ。 〔語源未詳。大根の根の白いことを素人しろうとという語に通わせたとする説、大根はいくら食べても決して「当たらない」という洒落とする説、大根の鈍重な形からの連想とする説などがある〕
(引用:大辞林)

今のところは大根役者ですが、少しづつ力を付け何れは助演女優賞並の演技力をつける。

『鬼娘の介護日記』のあんず様は、
とても分かりやすく演じていらっしゃいます。参考になります。


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