にゃんズの母(認知症と猫とわたし)

「老猫、桐ちゃん20歳(2023.7.14没)、青(せい)くん20歳。琴ちゃん5歳。黒(こく)ちゃん5歳。常くん5歳。連くん3歳。子猫の陽くん」「わたし、お洒落大好き前期高齢者」「母、92歳。認知症要介護5で、地域密着型の特養に入所」 ねこ、お洒落、母の認知症と日々のあれこれについてを綴っています。 泣いて笑って、愚痴満載(苦笑) 今生は一度だけ、前向きに生きるためのブログです。

母親を嫌う娘の心境

あたしが母を嫌うようになったのは、いつからだった・・・。

10代の頃は気にも留めていなかった。
20歳。長女を生んだときもそんなには感じていなかった。
25歳。次女出産時は、5歳の長女の面倒を見てもらっていた。このときもさほどではなかった。むしろ有難いと感謝の気持ちでいた。

夫が会社を辞め自営の職を選んだとき、経理を手伝うためにあたしも会社を辞めた。
その頃から母と過ごす時間が増えたように思う。

自宅兼職場の、同じ屋根の下に主婦二人。嫌でも母の雑な家事が見えてきた。
そして、「どこに行くの?何しに行くの?何時に帰るの?」の3点セットが頻繁になった。
本当に嫌だった。もうすぐ40になろうとしている女に、毎回この言葉。
・・・いい加減してほしい・・・いつも思っていた。

元受けの会社の傾きで夫の仕事にも影響が及び、あえなく倒産。そして転職から転勤。
このとき、心から親元を離れられることを嬉しく思った。
・・・やっと自由になれる。やっとこの母親から解放される・・・


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のちに、このときの気持ちを母に伝えたことがあったのだが、母の中であたしの想いなどはこれっぽっちも感じていなかったという。大げさだと、自分が幼い頃から親に言われてきたことを、単に娘に言っていただけ。それだけのことだったと言っていた。
母は、20代半ばで両親を亡くしている。以後誰にも言われることはなかったはずだ。
母とは状況がまるで違うではないか。いつまでも若いお姉ちゃんではない。大人として扱ってほしかった。


親元を離れてからの8年間、夫のギャンブルで生活苦に陥り、母にお金の工面をしてもらったことが何度もある。(母娘関係に記しています)
申し訳ないとは思った。それでも実家に戻りたいとは微塵も思わなかった。

この間の両親はいつも一緒の行動で、口の悪い母のこと、時に喧嘩になりながらも毎日農作業に勤しんでいたらしい。
そして、父の他界。
火葬の最中の母の信じられない様子(これも記しています)と、会食の際の座ったままの梃子でも動かぬ母の態度には情けない気持ちでいっぱいになった。
母はあの当時から変形性膝関節症の症状があり、正座椅子を使っていた。
お酒を飲めない父だったので、お酌の経験もなく76年。
参列頂いた方々へのお酌周りは一度もしないまま、自分の席でただ黙々と食べるのみ。どんなに膝が痛くても自分の夫の葬儀だ。多少の気遣いがあってもいいのではないか。
この気遣いの無さ。あたしには考えられない。
このこともあり、余計に母を疎ましく感じるようになった。


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唯一の話し相手である父を失ってからのこの9年。母の生活は365日農作業。
もともと、家事嫌いなのだから、家の中の汚れを注意する父が亡くなったこともあり、一層外仕事に拍車がかかった。
母は、人の話に耳を傾けない。これまでにも母の身体を気遣い、農作業も週休二日制として、1日は家仕事、もう1日は休日として身体休めをするようにと何度も助言をしたが、「わかった、やってみる」と言いつつ「畑の草は1日も待ってはくれない」と結局何も変わらずの9年。

膝の痛みや腰痛は、農作業で身体を酷使したせいだと、体調を崩した際に医師に言われたことがあり、身体と相談しながらと念押しされたことも無視。

今ここでの生活で、やっと身体を休めることができている母だが、新たな問題がでてきた。
そう、体重増加問題。
ご飯が美味しい、食べて食べて、動かない。膝が痛くて腰が痛くて動くと辛い。悪循環。

長文。
お読み頂きありがとうございました。

続きは次回にて。


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数量限定「赤ワインとレモネード」お酒のはなし。

今日は水曜日。
そうです、母美代さんのお出かけ日。
いつものように、いそいそと出かけて行きました。

一緒にいないことがこんなにも落ち着く。雑音が入ってこない。
ありがたやー。

きのう、近所のスーパーで数量限定品を購入。
あたし、「期間限定」とか、「数量限定」とか、が大好き。
ついつい、手を出してしまう。
だって、その時期・そのときしか手に入らない訳でしょ。
とんでもない金額なら無理よ。でも、100円200円のものなら後ろめたくはないわよね。
で、なにを買ったかと言いますと、


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赤ワイン大好きなあたしですが、レモン酎ハイも好きなので、とてもお得感。
味は・・・ワインよりもレモネードの方が強いかな・・・。
アルコール度数は3%なので、お酒に強い人にとってはジュース感覚かも。
あたし?・・・んー、ジュー・・・スかも(笑)
でも、いくらジュース感覚でも飲み過ぎはよくありませんよ!
「お酒は飲むもの。飲まれるものではありません」

母と暮らすようになって、お酒の量が減ったの。
以前は、ビール350缶を最低2~3本は飲んでいた・・・。調子のよい日はそのあとに赤ワイン。
今は、ビール1本と赤ワインを少し。
(年のせい?誰かが言ってる。・・・かもね)
晩酌だから、もし夜中に母の具合が悪くなったら当然運転はできないけど、あたしがべろんべろんになっていたら、母の看護は誰がするの?って話よね。ま、程度にもよるけど救急車を呼ぶのが一番と思うわ。
「飲んだら乗るな。乗るなら飲むな」
これ、100%守りましょうね。

ブログにも記しているけど、お風呂で眠りこけた時は冷や冷やものだったわ。食事前だったので、お酒を口にしていなかったのが幸いだったけど。

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父も母もお酒は飲まない。
特に父は、コップ半分程度で真っ赤になってた。
「酒は百薬の長」だからと頑張って飲もうとしていたけど、身体が受け付けない。お酒の弱い人は無理して飲んではいけませんわ。
母も、甘酒くらいだわね。
あたしは誰に似たのかしら???物心ついたときには父方のばあ様だけだったから、よくは分からないけど、ま、どちらかの隔世遺伝?でしょうね。

誰にも気兼ねせずに気持ちよーく酔って、
        バタンキューて、眠りこけたいですわ。


性格の不一致。ケアマネさんさんからの提案。

ケアマネさん、10月分のサービス利用結果票と 、12月分サービス利用予定票届けと近況伺いの来訪。
玄関でのお出迎えは母にしてもらい、テーブルに着いての雑談。

ケアマネさんより、

「1ヶ月過ぎて大分慣れたのではありませんか?お友達は出来ましたか?」

母美代さん、いつものように身振り手振りでのおしゃべりの始まり。
~~~長くなるので割愛。


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肝心なこと。
先日の検診で認知度が改善されたことの説明。
改善されたのは、環境が良くなったからではないかと仰って頂いたのですが、医師からは「薬の効果に他ならない」と説明を受けたと伝えますと、「いくら薬を飲んでいても一気に進む方もいますよ」

検査を受けたいきさつに、
母の電話での会話があまりにもまとも故に、そのことであたしの頭が追い付かない状態にあると。
これを聴いていた母の逆襲。

「いもうどだじどは話が合う。むがしの言葉で喋っても、どったに喋ってもわがるし、気ぃ遣わねくてもいい。おめは、『すりどる』みたいたせいかぐだがらオレどは合わねんだ」

解説致します。
~妹たちとは話が合う。昔の言葉でどんな風に喋っても通じるし気を遣わなくて済む。お前は『一升マスに入った米をスリコギでキッチリ擦り落した』ような性格だから、自分とは合わない~

『すりどる』例の如く、初めて出てきた言葉です。
意味を訊くとちゃんと答えてくれるので、初めから分かる言葉で言ってくれればいいのにと、何度も言っているのになかなか分かってもらえない。口に出るのは昔言葉。
英語なら何となく分かる。でも、中国語・韓国語のように学んだことのない言葉を聴いている感じ。難しい・・・。

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少しズレましたね。
そう。性格の違いなのです。母もあたしも血液型はO型。まぁ、血液型は関係ないでしょうね。
あたしも四角い部屋を丸く掃いたりします。ですが、何度も記しているように母の「人として、女性としての気遣いのなさ」の、違いなのです。
これは認知症どうのではありません。
幼いころからの性格。「三つ子の魂百まで」でしょうか。(以前ことわざに載せています)
母はお喋り、面倒なことは嫌い。あたしはあまり喋りたくない、細かな作業が好き。

性格の違いは、わが家だけではなくよそのご家庭でもあるそうな。それは、近すぎるからのようで、離れていたなら心配も案じもするが、近すぎるが故にお互いがお互いをけむたく思う。
確かにケアマネさんの言う通り、一緒に暮らす前の母に対しては帰省の都度優しい言葉を掛けられていた。今は顔を観るのも嫌になることがある。

ここで、ケアマネさんからの提案。
① デイケア及びデイサービスでもいいので、日数を増やすこと。
② 一緒にいる時間をなるべく少なくすること。

これらのことで、お互いの気持ちも穏やかにはるのではないかと。

今受けているデイケアの日数を増やしてみるか、他のデイサービスを受けてみることも善いのではないかと。
介護保険は今受けている倍までは使えるらしいので、母の気持ちを一番に考えてみることにした。


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プロフィール
こんにちは、にゃんズの母と申します。 2009年に夫を亡くし、現在は独身の長女と5にゃんズとの7人暮らし。 人生も残り三分の一となり、イマを精一杯生きている60代です。
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