にゃんズの母

「老猫。桐ちゃん16歳、青(せい)くん13歳」「あたし。お洒落大好きアラ還暦」「母。85歳、方言と訛り×軽度認知症」 ねこ、お洒落、母の認知症と日々のあれこれについてを綴っています。 泣いて笑って、ケンカして、人生一度きり。前向きに生きるためのブログ。

時間や曜日は、まだらボケの母には、重要ではない・・・?

毎日、朝晩飲んでいる薬。
ピルケースに変えてから、2ヶ月近くなる。

朝は3種類、夜は1種類の薬を、今朝は母美代さんに、自分で切って入れてもらった。
先に夜の分から入れ始め、それが終わると
「昼の分さ、どの薬入れるのだ?」

「あなた、昼も薬飲んでたっけ?」

「いや、忘れだがら訊ぐのだ」

昼は飲んでいないことを教え、次は朝の分を入れてもらうことに。
悩んでいた。
毎朝飲んでいる3種類が判らないと言う。
「ねえ、毎日同じ薬だよ。なんで判らないの?」

「入ってるの、ただ飲んでるだげだ」

そっかぁ・・・。
確認もせずそこにあるから、みたいな、惰性で飲んでる、そんな感じなんだね。


以前の飲み方に戻してみようかと提案したが、新しい飲み方を覚えるのは嫌だと言う。以前の飲み方も忘れているような感じだ。


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直近の記憶がなくなるということは、介護ブログを読ませて頂いて分かってはいたつもりだったが、昨日マジマジと感じたことがあった。

デイケア日は、朝8時過ぎに迎え時間の連絡が入る。
昨日の迎え時間は9時15分頃とのことだった。
毎回、母にはこの時間を教えるが一度で理解できず何度も訊いて来るので、昨日は少し厳しくした。
「迎えの時間、9時15分頃だって。わかった?」

「9時15分な。わがった」

この返事をもらって、再度確認。
「9時15分だよ。憶えてる?」

「おべでる」

この後5分後のことです。
「なぁ、何時に来るって言ったっけ?」

自分で、9時15分と言っているのに飛ぶのね・・・。
それも、たった5分後に。


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以前、何かの番組で脳の情報量についてをやっていましたが、脳は新しい情報が入ると必要でない情報は抜けていくらしいのです。
母にとって時間の情報はさして重要ではないようです。
それでいて食べるということは忘れない。
生きるためには当たり前の事なのですが、食事の前のお焼香や血圧測定を普通に忘れてしまうことも、食べることとは比較にならないということのようで。
でも、お焼香は?血圧は?と、声掛けをするとやるので、まだ大丈夫かな?とも思います。

可燃ゴミ出しについても、母の汚物(使用済み尿とりパッド)だけは自分で出させていましたが、もう、すっかり過去のこととなっています。
「ゴミの日は何曜日だか憶えてる?」

訊くと、あやふやながらも応えます。
ゴミの日は憶えているが、それが「ゴミを出す」には結び付かないようです。


今日も1日高座椅子に座り通し。
そして、可愛い孫むすめから送ってもらった「キャンディー」を次から次へと口の中へ。
「ブルベル、おいしい」

ブルーベリー、美味しいそうです。


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東日本大震災から何を学んだ?

8年の月日が流れたのですね。

「あの日」のことは、被災された方はもちろん、幸いにも被害に遭わなかった方にも、記憶として残っていることだと思います。

最近は、スマホの緊急地震警報の「異様な音」(音の表現ができずにすみません)もなく、落ち着いているようですが、人間は慣れる生き物のようで、あの音にも慣れ「ああ、またか・・・」の気持ちで聴き流してしまうことがあります。


日曜日。
日本テレビの朝の情報番組「シューイチ」で、あたしのふるさと岩手は三陸の「三陸鉄道」が前線開通になることを知りました。


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        イメージです。

kat-tunの中丸雄一くんがレポートしていましたが、懐かしさの中で「ほんとに良かった」との想いで観ていました。そして、出演された地元の方々皆さんが、明るい笑顔で対応されていたのが印象的でした。

あたしはまだ一度も三鉄に乗ったことがありません。
いつか近いうちに必ず乗ってみたい。そして三陸の美しい景色や、美味しい食べ物に舌鼓を打ってみたい。そう思っています。

今、地震が起きたら、あたしは母を担いで外まで行けるのか?
火事場の馬鹿力を発揮できるのか?
正直、判りません。

そして、大切なにゃんズを連れて行けるのか?
それも判りません。


「喉元過ぎれば熱さを忘れる」「備えあれば患いなし」
常日頃から必要最低限の蓄えが必要であると思います。


今一度、確認してみようと思っています。


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住所変更することで、自分の居場所がなくなるという思い込み。

「介護保険要介護(要支援)認定等申請書」

もう、2週間以上前に実家に届いていたが、娘に催促し先週末に届いた。

こちらのケアマネさんより、
「ご家族の煩わしさを省くために、あたしが代わりに申請できます」

と、連絡頂いていたが、住所変更していない母美代さんは、それをやってもらうことはできない。

土曜日のブログに、家で死ぬために住所変更をしたくないと記しています。

夜、住所変更のことを美代さんに迫った。
「住所変えだらオレはあの家の人間でなぐなるべ?そしたら帰れなぐなるべ?」

住所変更をすることで母名義の家も失い、今後実家に帰れないという思い込み、だから家で死ねなくなると思い込んでいたようで、そんなことはこれっぽっちもないのに、何故こういう考えになるのか?
これは認知症とは関係なく、単なる無知による思い込みのように思う。

「あのね、住所変更したら岩手に帰れないと思っているようだけど、もしそうならあたしはもう二度と岩手に帰れないことになるよ。これまで盆暮れ・ゴールデンウイークには必ず帰っていたでしょ?あなたの家でしょ!あなたも一緒に帰っていたでしょ!」

・・・ああ、めんどくさい!・・・
ホントにめんどくさい思い込みです。


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書類送付の煩わしさ、いちいちむすめ達に手を焼いてもらっている現実を懇々と説明し、何とか承諾してもらった。
どこまで解っているのかは疑問だが、取り敢えず変更手続きを始めた。

母の現住所のある市役所へ電話し、変更したい旨を伝えると、電話では事を進めることは出来ないとのこと。
変更の申請書を変更先の市役所でもらい、必要事項を記入後、母の身分証明になる物のコピーと、返信用封筒を同封し送ってもらいたいと説明を受けた。

友人は、電話で変更手続き書を送ってもらえたと言っていたが、各自治体・市町村で、違いがあるようだ。

母が住所変更することで、世帯主が自動的にあたしの長女となる。
これにより何か不都合が生じるかと言えば、そんなことはない。
家は母名義なので、税金関係の書類はこちらに送付されることを確認した。
そして、銀行を変えるわけでもなので、自動引き落としはこれまで通りということも確認。


特に何かが変わるということではないが、母には住所を変えるということが、生まれ育った町との永遠の別れの様に感じているようだ。
それでいて、ここの方が雪もなく寒くもなく住みよいと言う。
そして、週3回のデイケアにも慣れ、楽しみにもしている。

「なぁ、あっちで暮らすようになったら、あっちのデイさ行げるんだえ?」

「そうだよ」

ここでのデイケアを楽しみにしながも、想いはつねに岩手にある。
判らなくもないが、その都度手続きするのはあたしだ。

「5月、あっちさ行ったら盆まであっちさいるごど考えでるども・・・やんたぐなったらむがえさ来るのが?」

「新幹線乗れば?」

「オレは乗れね・・・」


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         東北新幹線E5系

この新幹線の話ですが
ここからは大宮か宇都宮まで送っていくし、岩手ではむすめ達が盛岡まで送り迎えしてくれるから大丈夫。と何度も言っています。
でも、今の美代さんはそれも難しいことを知っています。
ここでの暮らしの方が住みよいということを解ってもらうために、敢えて新幹線の話を持ちだすズルい娘のあたしです。

新幹線の件(くだり)今後も続くでしょう(悪しからず)


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プロフィール
こんにちは、にゃんズの母と申します。 2001年、念願の実家脱出に成功。 2009年、最愛?の夫と死別。 以後、気ままな一人暮らし。 2017年、軽度認知症の母との生活が始まり、 介護と思しきバトルの日々でございます。 動物大好き、特に猫。 酒とお洒落を愛する、普通?の「おんな」でございます。
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