にゃんズの母

「老猫、桐ちゃん18歳、青(せい)くん15歳」「あたし、お洒落大好き還暦」「母、88歳。方言と訛り×認知症要介護3で、田んぼの観える特別養護老人ホームに入居」 ねこ、お洒落、母の認知症と日々のあれこれについてを綴っています。 泣いて笑って、ケンカして、人生一度きり。前向きに生きるためのブログ。

親子間と夫婦間の介護の形・・・ある夫婦の介護

2021.6.4(金)

今日は雨ね。
雨の日の朝は、家の前の道路の交通量が多くなる。
今朝、ゴミ出しをしようと玄関の外へ出たが、車がひっきりなしに通るので、なかなか道路に出ることができなかった。普段は徒歩通学や通勤の人達が、家人に送ってもらっているのかもしれない。


母美代さんが特養に入居したことで、あたしの暮らしは変わった。
起きる時間はこれまでと変わっていないので、美代さんに費やしていた時間が、そっくりそのまま空くことになった。

変わったのは時間だけではなく、食費や洗濯もだ。
食材購入は一人分となり、美代さんが食べられるものをあれこれ悩むこともなく、買い物時間も短縮。
週に4日のデイサービスが無くなっことで、デイで使っていたタオル・バスタオルの洗濯をすることもなくなったため、水道代も考え、洗濯は2日に1回となり、ベランダの物干しざおも寂しがっているように観える(苦笑)

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一昨日の認知症の家族の会で、お隣に座っていたNさん。
夫様が要介護5で、特養に入所。
5の状態まで在宅介護をされていらしたことに、先ずは感服。

でも、Nさんが特養入所を考えたのは、夫様の暴力行為が原因だったので、暴力がなかったら、これまで通りに在宅介護を続けられていたかもしれない。

主催者のIさんは年上の妻様の在宅介護で、同じく要介護5。
最近は、ショートステイにロングでお世話になっていると仰っていた。

欠席されたKさんのお母様も要介護5で在宅介護だが、彼女の場合は連れ合いではなくて母親。
周りからは、一卵性親子と言われるほどの仲良し母娘なのだそうな。

想った。
Kさんの場合は置いておいて、親の介護と連れ合いの介護とでは、気持ちのあり方が違うのだろうか。
親と、夫婦とでは、介護に掛ける度合いも違うのだろうか。

親が子に注ぐ愛情と、それを受ける子の気持ちは、必ずしも100%一致するとは思えない。
子にとって親は、当たり前に何でもできていた存在で、その当たり前にできていたことができなくなってしまったことに、イラつきや鬱陶しさを感じてまうのかもしれない。

対して、妻・夫は、夫婦間にも因るだろうが対等の存在なのかもしれない。親と一緒にいた時間よりも、連れ合いとの時間の方が遥かに濃密になるだろう。
それ故になるべくなら自分の傍に置いておきたい・・・そんな風に想うのだろうか。
が、その想いも人それぞれだ。
あたしの両親は、父が認知症になった時には、母は認知症を理解することもなく、父に対してかなり辛く当たっていたらしいし、父も母に対しては暴言を吐いていたらしい。
両親はお互いがそんな仲でも、むすめ達の話として、父は孫であるユカ・サキには優しかったと言っていた。

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父は要支援で、入浴中に浴槽の中で亡くなった。
解剖を受けることもなく、変死扱いとなり病院には警察も来ていたらしいが、最終的には心不全という病名での死。

父の火葬中に、母は参列者用の昼食を平然として食べていた。
いや、心の中では悲しんでいたと想うが、観ている人にはその行為は悲しんでいるようには見えなかったはず。

そんな母でも、ここ半年は亡き父を生きていると想っていたり、とても心配する言葉が出ていた。
父が生きていたら、今頃は確実に介護度も上がっているはずで、母はもしかしたら認知症にはならずに父の介護していたのだろうか。

子が親を看る介護と、妻・夫がそれぞれを看る介護。
(親が若年性の子を看る場合もある)
何れにしても、一人での介護には無理が生じると想う。
受けられるサービスを確認し、頼ることも間違いではないと想う。

限界が来る前に、適切な判断を下すことが必要なのかもしれない。


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親の介護が終わったら、次は自分の番?

2021.6.3(木)

毎月第一水曜日は、認知症の家族の会が、近所のコミュニセンターで開催されます。
先月は岩手に帰省したために出席できなかったので、2ヶ月ぶりの参加でした。

5分前に会場に着いたのですが、既に長テーブルと椅子が並べられており、あたしは申し訳なくササッと空いている席へ(その前に、手の消毒と検温は必須)

主催者のIさんのご挨拶から始まるのですが、先月は開催しなかったということでした。緊急事態宣言により、急遽なしにしたとのことで、参加されている皆さんはあたしと一緒で2ヶ月ぶり。

今回は、あたしにすると初めて見る方がお二人いらっしゃいました。
どちらも男性で見た目70代。
あたしの参加は昨年の11月からですが、お二人とも以前は参加されていたそうで、昨日は久し振りだと仰っていました。

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要介護2のお父様をサ高住(サービス付き高齢者向け住宅)へ入居させていた男性のKさんですが、入居後に2からいきなり4に進行してしまったことでサ高住を引き払い、特養を探しながら現在は東京にあるデイサービスの、併設されているショートステイへ、ロングショートをさせているそうです。
何故に東京なのかは、訊けませんでした(そこまで突っ込めなかった)


義両親が認知症になり、義父様がお亡くなりになられ、義母様だけになった女性のKさん。
夫様の傷心が深く、未だに納骨できないでいるそうで、ご自身も辛いと。
そして、子どもを持てなかったので、もしもの時には甥っ子に全てをお願いしていると仰っていた。


お母様の介護が終了し、自分の今後を考えるために参加しているという女性のIさん(70代)
お仲間数人とボランティア活動をしているそうですが、その中のお一人が要支援の夫の介護をなさっているのだそう。

最近、その方の言動が明らかにおかしくなり、経験上から若年性認知症ではなないかと。
しかし、その方はそれを認めようとはなさらずに、周りからのアドバイスを受けることもなく、攻撃的な言葉を発せられていると。
息子さんがいらっしゃるそうですが、一緒には住んではおらず、たまに家に帰ってきても、その方のいい繕いで、認知症とは気付かずにいるのではないかと。

【いい繕い】
認知症患者は、話を合わせることができます。
毎日一緒にいたら「最近、何かおかしい・・・」と想うことでも、たまにしか会わなければ、いい繕いの言葉を信じてしまう。
Iさんはそのご家族に、どこまで介入して良いものかと悩んでおられた。


今回、あたしにとっては初お目見えのお二人の男性。
一人の方は、親の在宅介護中に介護らしいこともなさらずに特養に入所させたと仰られ、この会に出席し皆さんの話を聞くと、辛く悲しくなると仰っていた。

もう一人の方は、現在進行形なのかイマイチ判らなかったが、とても熱心に介護を学ばれているようで、Iパッドを検索しながら会話に参加されていたが、その中で気になったことを仰っていた。
5人に一人の認知症患者が居る日本で、介護保険を使っているのは、全体の2%くらいなのだそう。そして、将来的には二人に一人が認知症になるのではないかと。

介護保険を使っている人が少ないということは、介護する側の負担が大きいということだと想う。
デイサービスやデイケアに行きたがらないという話も多い中で、母美代さんは拒むことなく行ってくれた。本当に有難かかった。(モチベーションは、美味しい食事と入浴)


前回、古河市にある日赤の物忘れ外来が閉鎖になった話が出たが、これに対してあたしは、新しい医師を迎えればよいではないかと簡単に想っていたが、何やら決まりごとがあるそうで。

この物忘れ外来については、病院対医師の関係ではなく、厚生労働省対医師の関係なのだそう。
医師が辞めたいと言えば、病院側はどうすることもできず、新しい医師を迎えるという簡単なことではないのだそう。
大きな病院と個人医院との違いなのだそうだが、認知症が増えている現状で物忘れ外来が無くなるのは如何なものかと想ってしまう。

因みに、古河市近辺では栃木県小山市にある、新小山市民病院で物忘れを診てもらえるもらえるのだそうです。

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最後に、主催者のIさんの締めくくりの言葉が印象的でした。

「この会は今後も長く続けていきたいですが、会に参加している人達は70代が多く、10年後もと想うと、若い人達を取り込んでいかなくてはならないですね」

10年後はあたしも70代になり、母美代さん次第では、実家に戻っているかもしれないし、もしかしたらそれこそ若年性認知症に罹っているかもしれない。
そして、主催者のIさん含め、皆さんがどの様な状態でいられるのか。
元看護師で、介護を終えられているTさんの、

「死んでいるかもしれないわよ」

現実的な言葉でした。


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内職を選ぶ理由と人材派遣

2021.6.2(水)

今日は第一水曜日。

毎月第一水曜日の午後からは、近所のコミュニティセンターにて、認知症の家族の会が催されます。
先月は、実家帰省の為欠席しているので、今日は2ヶ月ぶりの参加になりますが、内容に関しては、明日以降にアップします。


母美代さんを特養に入居させたことで、1日の時間配分が判らなくなり、ボーっとして過ごす時間が多くなっていた。
こんな生活ではダメ!何かしなきゃ。
で、始めたのが内職でしたが、その内職も仕事が切れたということで休みになり、又もやボーっに戻ってしまっている。

昨日、ネット検索で見つけた内職を募集している別の会社に、電話をしてみた。
が、担当者から言われたのが、

「内職の仕事は現在はありませんが、工場内での仕事ならありますので、如何ですか?」

・・・そっかぁ・・・ないんだぁ・・・
「あ~、私は還暦を過ぎていますし、母の介護がありますので・・・」


「そうですか。では、仕事が出た際は連絡致しますので」

還暦を過ぎたことは嘘ではないが、母の介護は外で働きたくないがための、咄嗟にでた嘘・・・いや、嘘ではないか。

特養に入れたとしても、完全に介護から離れた訳ではない。
そう、在宅介護からは離れたということで、母に何かがあれば、仕事の最中でも駆けつけなければならないだろうから、言葉は悪いが母が生きているうちは、今後も介護が続くのだと想う。

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コツメカワウソのブランケットは、青くんがゲロを吐いたので洗濯


あたしは前職の工場勤務で、頸椎椎間板ヘルニアを患ったことがある。
余りの痛みに耐えらえず、ペインクリニックで首へのブロック注射を打ったこともある。
それから、肘を酷使したことで、上腕骨外側上顆炎(通称テニス肘)にも、何度も罹っているが、この時も、肘に注射を打っている。

どちらも、最初は痛み止めの内服薬や湿布で様子を観ていたが、完全に仕事を休まなければ、完治は難しいと言われていた。
仕事を休んだら、お給料が入らなくなるよね?
結局、痛みと格闘しながら仕事を続けた挙句が、ブロック注射のお世話になることに。

外で働きたくない理由はにゃんズのこともあるが、自分自身の体力的なことの方が大きいと想う。
左腕は今でも時々痺れることがあり、腕力は極端になくなってしまったので、重い物を持つ仕事はできない(フライパンを持つことも厳しい)
やはり細々ではあっても、内職で自分の身体と自問自答しながら稼ぐしかないと思っている。

それにしてもだ。
内職の仕事が切れているのなら、ネットの求人も外してほしいものだ。
「そうですか。では、仕事が出た際は連絡致しますので」これは社交辞令で、実際に連絡が来ることはないような気がする。

そう言えば、最初に受けた内職の会社。
別枠の検索では、人材派遣業と記されていたけれど、あたしは派遣社員なの?派遣なら、仕事がなくなったら切られるのは致し方なしかぁ。

今月中旬には、仕事が入るようなことを言われている。
あと2週間、身体を労わってボーっとして居ようか(苦笑)
(夕方の、ウォーキング&ジョギングは続けて居ます)


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プロフィール
こんにちは、にゃんズの母と申します。 2001年、念願の実家脱出に成功。 2009年、最愛?の夫と死別。 以後、気ままな一人暮らし。 2017年、軽度認知症の母との生活が始まり、 介護と思しきバトルの日々でございます。 動物大好き、特に猫。 酒とお洒落を愛する、普通?の「おんな」でございます。
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