2026.7.29(水)
座敷の床の間横に据え付けられている、違い棚の整理をした。
直近で整理をしたのは、美代さんがまだ元気だった頃なので、10年以上も前になるかな。
取り敢えずこれはもう使わない。そう想えそうな物は処分し、あとはいずれまたやるからと、途中でやめてしまっていた。
先週、ベッドを断捨離できたことで座敷にスペースができ、違い棚の整理がしやすくなったのをきっかけに、さぁやるぞ!と意気込んで片付けを始めた。
出てきたのは昔整理した物だったはずだけれど、はて?これは初めて見る?とか、これは何?みたいな物に紛れて、美代さんの死装束が出てきた。
昔…何年前になるだろうか。
わたしがまだ茨城県に引っ越す前だから、26年以上前になるのか。
両親は地区主催の旅行で出羽三山にお参りに行っている。
出羽三山とは、羽黒山・月山・湯殿山のこと。

参拝先で揃えた装束だと思うけど、これを見せられたとき「自分とじっちゃんが死んだときに着せてくれ」のようなことを言われた記憶がある。
ある意味では遺言のようなものなので、わたしはこれをずっと頭に入れ続け、これまでの断捨離の際にも探し続けていた。
美代さんからは、どこどこにしまってあるから…みたいなことは教えてもらっていない。
各部屋の箪笥や押入れ、その他仕舞って置きそうなところをつぶさに探したけれど見つからなかった。
まさか違い棚の中に仕舞っていたなんて、想像もしていなかった。
父が亡くなったのは2009年の2月。
このとき父がこの装束を着ていたのか、正直言って記憶には残っていない。
父の死の知らせを受けた日は、夫の仕事関係でどうしても片付けなければならないことがあり、駆け付けたときには父は既に棺の中の人になっていた。

漢字が間違っているけれど、ご愛敬で。
自分の分は腰に、父の分は脚にひものあるものとメモが残っている。
箱に入っているのは腰にひもが付いたもので、脚にひもがあるほうは入っていない。ということは、父は自分の装束を纏いあの世へと旅立った?
そう、美代さんがちゃんと着せて旅立させたということなんだろうね。
以前のブログで、美代さんが旅立つときは遺影を写す際に着ていたブラウスにしようと載せている。
でもそれはこの装束が見つからなかったからで、これが見つかったからにはこれを着せるほかないよね。だって、遺言のようなもで父もこれで旅立ったのだからね。
仮に、葬儀店の意向でこれではダメとなったら、その時は棺の中に納めよう。
父が亡くなって17年。やっと出てきた死装束。
それにしても、何故に違い棚に?
座敷には普段は入らない。そしてあの棚に関してはマジで何が入っていたのかも忘れていたわけで、美代さんが違い棚に仕舞った想いが、全く想像できない。
まぁ何はともあれ、ずっと気にかけていただけに、わたしの気持ちは一段落(苦笑)。
さて、この装束をどこに仕舞うかよね。
場所は長女にも確認してもらい、仮にわたしに何かがあったときは、長女に責任を持って棺のなかに納めてくれるようにと、念押ししておくことに致しましょ。
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座敷の床の間横に据え付けられている、違い棚の整理をした。
直近で整理をしたのは、美代さんがまだ元気だった頃なので、10年以上も前になるかな。
取り敢えずこれはもう使わない。そう想えそうな物は処分し、あとはいずれまたやるからと、途中でやめてしまっていた。
先週、ベッドを断捨離できたことで座敷にスペースができ、違い棚の整理がしやすくなったのをきっかけに、さぁやるぞ!と意気込んで片付けを始めた。
出てきたのは昔整理した物だったはずだけれど、はて?これは初めて見る?とか、これは何?みたいな物に紛れて、美代さんの死装束が出てきた。
昔…何年前になるだろうか。
わたしがまだ茨城県に引っ越す前だから、26年以上前になるのか。
両親は地区主催の旅行で出羽三山にお参りに行っている。
出羽三山とは、羽黒山・月山・湯殿山のこと。

参拝先で揃えた装束だと思うけど、これを見せられたとき「自分とじっちゃんが死んだときに着せてくれ」のようなことを言われた記憶がある。
ある意味では遺言のようなものなので、わたしはこれをずっと頭に入れ続け、これまでの断捨離の際にも探し続けていた。
美代さんからは、どこどこにしまってあるから…みたいなことは教えてもらっていない。
各部屋の箪笥や押入れ、その他仕舞って置きそうなところをつぶさに探したけれど見つからなかった。
まさか違い棚の中に仕舞っていたなんて、想像もしていなかった。
父が亡くなったのは2009年の2月。
このとき父がこの装束を着ていたのか、正直言って記憶には残っていない。
父の死の知らせを受けた日は、夫の仕事関係でどうしても片付けなければならないことがあり、駆け付けたときには父は既に棺の中の人になっていた。

漢字が間違っているけれど、ご愛敬で。
自分の分は腰に、父の分は脚にひものあるものとメモが残っている。
箱に入っているのは腰にひもが付いたもので、脚にひもがあるほうは入っていない。ということは、父は自分の装束を纏いあの世へと旅立った?
そう、美代さんがちゃんと着せて旅立させたということなんだろうね。
以前のブログで、美代さんが旅立つときは遺影を写す際に着ていたブラウスにしようと載せている。
でもそれはこの装束が見つからなかったからで、これが見つかったからにはこれを着せるほかないよね。だって、遺言のようなもで父もこれで旅立ったのだからね。
仮に、葬儀店の意向でこれではダメとなったら、その時は棺の中に納めよう。
父が亡くなって17年。やっと出てきた死装束。
それにしても、何故に違い棚に?
座敷には普段は入らない。そしてあの棚に関してはマジで何が入っていたのかも忘れていたわけで、美代さんが違い棚に仕舞った想いが、全く想像できない。
まぁ何はともあれ、ずっと気にかけていただけに、わたしの気持ちは一段落(苦笑)。
さて、この装束をどこに仕舞うかよね。
場所は長女にも確認してもらい、仮にわたしに何かがあったときは、長女に責任を持って棺のなかに納めてくれるようにと、念押ししておくことに致しましょ。
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