にゃんズの母

「老猫。桐ちゃん17歳、青(せい)くん14歳」「あたし。お洒落大好き還暦」「母。87歳、方言と訛り×認知症要介護1」 ねこ、お洒落、母の認知症と日々のあれこれについてを綴っています。 泣いて笑って、ケンカして、人生一度きり。前向きに生きるためのブログ。

何歳になっても、母親が一番・・・?

昨日、デイケから帰って来た美代さんが、
何を思ったのか、いきなり以前住んでいた、マンションのことを喋り始めた。

「なぁ、あのマンションには3年ぐらい、いだが?」(居たのか)

実質、2年と3ヶ月だったけど、そんなものねと答えた。
自分の記憶が正しかったと喜んだ風の美代さんに、それならどこまで憶えているのかと訊いてみた。

「部屋の間取り、憶えてる?」

うっすらど、おべでる」(薄っすらと)

ならば、美代さんにとっては、なくてはならないトイレの場所を訊くと、そんなことは忘れたと。
じゃぁ、部屋は何号室だった?と、訊くと、何号室もなくてガランとした部屋だったと。

「3階の〇号室だったんだよ。エレベーターにも一人で乗り込めていたんだよ」

「ほう~3階だったのが・・・エレベーター?知らね」

薄っすらと憶えていたのは、何を憶えていたんだろ・・・
部屋がガランとしていた・・・これは、あながち間違ってはいない。
あたしは必要最小限の物で暮らせるタイプなので、確かにガランとしていたように感じていたのかもしれない。
結局、憶えていたことは、ガランとした部屋に3年間住んでいたということ。3年間ではないが・・・。

こうやって、いきなり思い出すけれど、記憶が残っているのはその時だけで、数分もすればマンションのことなどすっかりと忘れてしまう。

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今日はデイケ・デイサどちらにも行かない日。
それでも、7時過ぎには目を覚まし着替えようとしていた。
デイは休みであることを教えると、パッドを取り換えるついでに、パジャマの下だけを普段着に穿き替えベッドイン。
小一時間くらい寝ていただろうか、目が覚めた美代さんはパジャマのままで、ウロウロしていた。

「ねぇ、上も着替えたら?」

「は?したって今日はデイさ行ぐ日だ、どのふぐ着るのよ?いづも自分でふぐ出さね。誰がが出してくれでる・・・あれは、おっかぁが?」

デイのある日の、着ていく服のチョイはあたしがしている。
自分で出してはいない・・・ここまでは当たっているが、今日はデイに行く日だと言い始め、服は母親から出してもらっていると思い込んでいた。

「あのさぁ、いつもあたしが出してあげてるんだよ。あなたのおっかぁは、何十年も昔にあの世の人になってるのよ」

「そだ・・・おっかぁはあの世さいる・・・オレもおっかぁの傍さ行きてど思ってら」

「なら、行けばいいでしょ!」

「でもよ・・・死にがだ知らね・・・」

最近の美代さんは、よちよち歩きを通り越し、摺り足歩行で尺取虫歩き。
転んで、打ち所が悪ければ死んでしまうからと言い、一層歩きたがらない。
要は、死にたくないのだ。
なのに、死にたい・母親の傍へ行きたいと言う。

死ぬ気もないのに「死ぬ死ぬ」
これは認知症老人の常套句なのだろう。


オオカミ少年は、最後はどうなりましたっけ・・・
あたしのいないところで転んだのなら仕方がないけれど、目の前で転ばれては、あたしも後味が悪くなる。結局は、介護者がしっかりしとしていなければならない。

食後のデザートに、チョコアイスを2個も食べ、口の周りはチョコだらけ。
そして、コックリ・コックリ居眠り。
平和だ・・・。


噛み合わない話の内容・・・疲れるよね

今日も曇天。
雨が降ったり止んだりの、どっちつかずの天気。
35度超えの猛暑も苦手だけど、この、ジメジメした晴れ間の見えない天気も嫌ね。

今朝9時頃には、少しだけ青空が見えていた。
松山千春さんの『銀の雨』の歌詞に「いつの間にか降り出した雨」といフレーズがあるけれど、ホントさっきまで止んでいたのに、また降ってきたわ・・・もう、雨は沢山!という心境。

関西の梅雨明けは今週中頃で、関東は週末くらい・・・と、お天気お兄さんが言っていたけれど、ホントかしらね?
カラッと晴れて、真夏日程度で洗濯物が良く乾く~みたいな夏。
早くこ~い(笑)

昨日は、大好きな録画しておいた『鉄腕ダッシュ』を観て「寂しい」の言葉は出ていなかった。
夕方、4時を回った辺りにヨッコさんから着信。
少し離れていたので、音に気付かずかなり待たせてしまったけど、お待たせしました感で「もしもし」
誰が?美代さん・・・ではなくて、あたしが。
携帯を美代さんに渡し、あたしは自分のスマホでゲーム。

「もしもし、どしたの?」

どしたの?は、ないじゃない!
認知症のお姉さまの御機嫌伺で、わざわざ掛けてくれたのね・・・と、あたしなら思うけどね。
まぁ、今の美代さんにはそんな気遣いなどできないワね。

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色々なこと話していたけど、「それ違うでしょ!」と、ついつい電話の向こうの叔母に聞こえるように、わざと大声で美代さんが話したことを訂正。

「この家はあだらしくて、たでがだも良くて、すぎまかぜなどひとっつも入って来ね」
(この家は新しくて、建て方も良く隙間風も入らない)

・・・え?冗談で言ってるの?それとも本気でそう思ってるの?・・・
「違うよ、とっても古い家で隙間風も虫も入って来る家だよ!」


あたしの大声に、美代さんは何故だかいきなり大笑い。
ここ、笑うとこなの?

美代さんは、元来冗談話など言えるタイプではない。
たまに言うことがあるけれど、冗談には聞こえないような塩梅で、あたしはスルー。
その美代さんが言った「新しい家」冗談なのか本気でそう思ってのことなのか、判断できない。
でも、あたしが訂正したことを受けて大笑いしていたのだから、本人的には冗談のつもりだったのだろうか。
こういうところが、いまいち解らない。
暫く話した後に、美代さんから携帯を渡された。
話が終わったのなら切ればよいものを、何で?

「ヨッコが、おめど話してど」

いつもなら話し終えると「じゃあね~まったね~」と、お互い言い合っていたが、昨日は何故だかあたしと話がしたいと言ってきた。
遠く茨城に越してきて、弟妹たちとの行き来もなくなり、近況を教えてもすぐに忘れる美代さんとの会話に、つまらなさを感じたのかもしれない。
ヨッコさんは自分のことが話したかったようで、ああしたこうしたと言ってきた。
あたしも、美代さんの進行について愚痴りたかったので、丁度良かった。

「そだな・うんうん・そっかぁ・・・」

10分ほど話しただろうか、電話代が勿体ないからと言われ、じゃぁねと切った。
この間、トイレに行ったり座ったりで落ち着かない美代さんだったが、自分の事を言われているという認識があったのだろうか。
ま、いっか。たとえあったとしても、すぐに忘れるよね。
あたしも、話の内容は言わずに済ませた。

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願わくば、ヨッコさんからの電話が今後もありますように。
デイのない日に出る「寂しくてよ」
これを言われると、あたしはとてつもなく、やりきれなさを感じる。

・・・ヨッコ叔母ちゃん、見捨てないでください・・・


同じことを100回訊いても良いですよ・・・無理

「今朝は暑いな。この機械うごがさねのが?」

「機械?」

「ほれ、換気扇よ」

振り向くと扇風機を指している。
温度計は、28度。
母が言うほど暑くはなかったが、廻してあげた。

「これ、扇風機だからね」

「そだ、扇風機だ」

岩手生まれ岩手育ちの美代さん。
実家にエアコンが設置されたのは、5~6年前だったような。
いつもは室温が30度を超えないと暑さを感じないのに、今日は蒸し暑く感じたようだ。
エアコンの風は寒いと言い嫌うが、扇風機の生ぬるい風は美代さんには心地よいらしい。

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ここの所、めっきりご無沙汰しているお仏壇の父へのご挨拶を済ますと、もう一つの写真を観て、

「じっちゃの子どもは、おめどソノコだども、このおどごは〇〇だよな。これには子どもはいるのが?」(男)

仏壇には、父とあたしの夫の写真を立てている。
昨年、肺炎から退院したあとには、父の写真を観て「この男は誰だ?」と言っていた美代さんだった。
あれ以来、父の写真を観て自分の夫だと認識できない日もたまにはあったが、今朝はしっかりとしていた。その変わりと言っては何だが、〇〇と名前は言えてもあたしの夫であることは、すっかりと飛んでいた。

「その人はあたしの旦那さんだよ」

「ん~?したら子どもは誰よ?」

ユカとサキであると教えた。
ユカとサキが自分の孫であるという認識はあるが、写真の男性があたしの夫であり、娘たちの父親であることには結び付かない。

「そが、ユカどサキの父親が・・・」

たぶん、その内忘れる。
そして、間違いなくまた同じことを訊いて来る。
こういうことの繰り返しで、何れは写真にも興味を持たなくなるのかもしれない。
面倒くさいと思いつつ、毎回「こうだよ・ああだよ」と教えているあたし。
これが正しいのか、放っておけば良いのか正直判らないが、取り敢えず・・・たぶん、このスタンスは変わらないように想う。

そう言えば、あたしが以前通っていたパソコン教室のパンフレットに載っていた「同じことを100回訊いてもお応えします」の言葉。
仮に、100回教えて実になるのであれば良いが、100回聞いたところでその場で忘れる美代さん。
本人には毎回が初めてなので、100回も聞いているという意識もないのだろう。
人に教える知識があったとしても、あたしには向かないように想う。

今日も、何度も同じことを訊かれている。
この状態が、あと何年続くのだろう。


プロフィール
こんにちは、にゃんズの母と申します。 2001年、念願の実家脱出に成功。 2009年、最愛?の夫と死別。 以後、気ままな一人暮らし。 2017年、軽度認知症の母との生活が始まり、 介護と思しきバトルの日々でございます。 動物大好き、特に猫。 酒とお洒落を愛する、普通?の「おんな」でございます。
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