にゃんズの母

「老猫、桐ちゃん18歳、青(せい)くん15歳」「あたし、お洒落大好き還暦」「母、88歳。方言と訛り×認知症要介護3」 ねこ、お洒落、母の認知症と日々のあれこれについてを綴っています。 泣いて笑って、ケンカして、人生一度きり。前向きに生きるためのブログ。

特養入所の母に面会 思いの外馴染んでいた

2021.513(木)

母美代さんが入所している特養へ、面会に行ってきました。
ガラス越し面会で、電話を使っての会話。
車椅子に乗せられ、あたしの顔を観ても表情一つ変えなかった。

「美代さん、あたしのこと、解かる?」

「わがるさ、まやだ。しばらぐ会えねがったども、なしてだ?」

「今はコロナだからね。コロナがなくなったら、何度も会いに来られるからね」

「そが」

入所させたその日にも、入所のことなど聴いていないと言っていたので、「どうして入れたんだ!」とか、「帰りたい」などと、言われるのではないかと、少々ひやひやしていましたが、家に居るときと代わりのない、いつもの美代さんでした。

「寒くない?ちゃんと寝られている?ご飯は食べている?痛い所はない?友達はできた?」

一度に訊いても聞き取れないので、これらのことを順番に訊いてみました。

ズボンが短く足首が出ていたので、下ズボンを穿いていなことが判り、寒くないかと訊くと、自分から脱ぎたいと言ったのではなく、誰かに脱がされたと。
施設内は冷暖房完備で季節感は解らないと思い、天気の良い日に脱がすように頼んでいたので、スタッフの配慮だと納得。
ひざ掛けを持たせたので、掛ける日もあると言っていた。

夜は熟睡できているようで、何より。

ご飯については、一番の悩みの種だったけれど、美味しく頂いているとのこと、これも何より。

膝の痛みがあると言っていたが、これについては家に居た時からなので致し方なし。上手にお付き合いしていくしかないね。

友達はできたそうで、男性も女性もいると。
部屋に入って話すこともあると言っていたので、そんなに親しくなったのかと少し複雑な心境(苦笑)

一番聞きたかったこと。
それは、帰りたいと思っているかということで、恐る恐る訊いてみたが、特養での暮らしに満足していると言っていた。
部屋からは田んぼが見え、農業の話をできる人はいないが、田んぼを観ながら世間話をしていると言っていた。

入所前には田んぼの見えない部屋に入居することになっていたが、こちらの特養を選んだ決め手は、周りを田んぼに囲まれていることで、土と共に生きた来た美代さんにとっては、サイコーの環境に思えたから。
そのことを強く押し出し、あたしの希望で田んぼが見える部屋に移して頂けた。


美代さんとの会話を終え、スタッフさんと話すことができた。
美代さんが居るフロアーは、比較的穏やかな人が多く話しやすい環境なのだそう。
山形出身の方がいらっしゃるそうで、「方言と言うか・・・お互いが判る会話をしていらっしゃいますよ」と。
男の友人とは、たまたまショートステイが隣のフロアーで、そこに居た人と話ができたのだそうで、お喋りができる環境であることも、何よりです。

「初めの頃は小食でしたが、この頃は沢山食べていますよ。そして、とにかく穏やかで手の掛からない方です。母の日に贈られたカーネーションは娘さんからだと理解していました。それから、一番は、帰りたいと言わないことです。これには驚いていますし、なぜ入所することになったのかを理解されています」

美代さんには「歩けなくなってきたので、家での暮らしは厳しくなってきたから」と、話していたが、このことを理解し「家に居ると危ないから」と、スタッフに話ているそうだ。

在宅介護の時は傾眠が多かったが、入所後はそれもなくなり、話をしていることが多いとのことで、話好きの美代さんにとっては、良い環境なのだと思った。

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本来なら、ドアを開けての面会はできないが、写真を撮るのでその時だけ開けて下さった。
もちろん、会話はしていない。
入所者は、普段からマスクはしていないのだそう。

友達と仲良くすること。何かがあったらスタッフにちゃんと言うように。
この二つをしっかりと伝えた。

帰りの際、あたしはバイバイをしたが美代さんはそのことに気付かずに、そのままスーッと行ってしまい、何だか拍子抜け。
面会中は、笑顔がなく淡々としていたが、寂しいとか帰りたいという言葉が出なかったことに、取り敢えず安堵した。

月に2回の面会が許可されているので、次回の面会は、月末の予定を申し込んできた。

PS
この施設に来たことがあるのか?知っているのか?
こんなことを言われました。

岩手みやげのお菓子ですが、渡すことができました。
おやつの時間に出してくださるとのことでした。



仕舞い込んだものの行方・・・お金が出てきた~

2021.5.12(水)

昨日、帰省先の岩手から戻り、夕方6時頃に着いた。

1日から11日までの滞在で、美代さんの物だけではなく、その他の要らない物も断捨離できたが、寝具や使わない物はまだまだ沢山あり、これはお盆帰省への宿題。

もし、美代さんがあの場所に居たら、捨てようと選別した物はことごとく却下されたかもしれない。
実際、未だ元気だったころに断捨離した際は、半分くらいを戻され、どこに置いたかと想えば小屋の中。

今使わなくても、いつか使える時が来る。
この精神で生きた来た美代さんの宝物を、今回は申し訳ないけれど捨ててしまった。

いつか使えると思いながら、何年が過ぎたのだろう。
たぶん、本人もどこに何を仕舞って置いたかを、忘れているに違いない。
結局、仕舞い忘れて新品を買う羽目になり、何でもない時にひょっこりと出てきたりする。

「何だぁ、ここにあったのかぁ」

こんなことは、美代さんだけではなくあたしにも言えることだ。
でも、美代さんの偉い所は、頂いた箱ものには必ずと言って良いほど、その方の名前・中身・年月を記していた。

両親は昭和一桁生まれで、兄弟姉妹も多く、比例して冠婚葬祭に呼ばれることも多かった。
昔は、今の様にカタログでギフトを選ぶ時代ではなく、全て自分たちで揃え一軒一軒手渡しをしていた。
頂いたものが何であるかを解るようにしていたのに、それらを使うこともなく、何故だか通販で買うことが多かった。
頂いたものよりも、自分が気に入ったものを使いたい・・・そんな心境だったのだろうか。
それとも、箱に記していても、仕舞い込んだことで探すことも億劫になっていたのだろうか。

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そう言えば、詐欺まがいの「ハイハイ学校」によく足を運んでいた。
日用品や乾麺・調味料などを、ただで頂けるのだから、毎日いそいそと出かけていたが、その内大物の金額的にも大きな物を購入させられる羽目になり、一番の大物は電気が通っていて血流が良くなるという布団。
その布団を使うことで、「足腰の痛みが取れる」と言われたようだったが、重さも重量級で20キロはあったはず。
寝汗をかいても簡単に布団上げが出いないので、敷きっぱなし状態だった。

あの布団は、あたしの軽自動車には積めない。(二つ折りにしかできない)
お盆にはレンタカーを利用するか、娘婿の車を借りるかして清掃センターへ持ち込むことを予定している。

身体の自由が利かなくなったら、何もできなくなる。そうなる前に、ある程度の片付けは必要だと、今回の断捨離でつくづく考えさせられた。

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品物だけではない。仕舞い込んで忘れていたと想われるお金も出てきた。
旧札(千円札・百円札)や旧硬貨・記念硬貨などだ。
預金をすれば善いのだろうが、旧札などは記念のつもりで仕舞って置いたものだろうから、むすめ達と相談し、あたしが預かりそのまま仕舞って置くことにした。

このお金は、何れは長女のユカに託すことにする。
換金して使うか、引き継いで仕舞って置くかはユカ次第。

60歳のあたし。
あと、20年は生きていたいと思っているけれど、少しずつ先のことを考えていかなければならない年齢になってきたのではないかと。
そう、いつかは自分も施設のお世話になるかもしれない。
それも併せて、先々を考えていかなければね。


おかえりなさいと言われることの、嬉しさ

2021.5.11(火)

帰省先の岩手を出たのは11時少し前。
途中睡魔に襲われ、このままでは絶対マズイと想い、Pで休憩。
熟睡してはいないけれど、何となく休めた感じかな。
にゃんズも助手席で、並んで寝ていました(かわいい)
夕方、6時前に古河に着きました。

ただいまー!
と、言っても誰も「おかえりー」とは、言ってくれない。

母美代さんが居るときは、ウォーキングから戻ったときなどでも、必ず「お帰り」と言ってくれた。
あたしはアマノジャクで、お帰りと言われると、「いちいち言わなくてもいから」などと、素っ気なくしていた。

茨城県に越してくる前は、「おはようございます」「おやすみなさい」「行って来ます」「行ってらっしゃい」は、必ず言っていた。
「おはよう」「おやすみ」ではなく、「ございます・なさい」と、少し他人行儀っぽいけれど、挨拶は人として最低限のマナーだと思っていたので、必ず最後まで言っていた。

認知症と言う、得体の知れない病気に罹った美代さんと同居するようになり、あたしは挨拶を疎かにしてきたように思う。
元々、母親らしいことはしてもらってはいなかったが、それでも岩手時代はもう少し素直だった気がする。

挨拶する相手が居ないって、寂しいね。つくづく実感してるヮ(苦笑)
にゃんズにも挨拶はするけれど、当然だけれど人間の言葉で返事はしてくれない。「ニャァ」と、言われるだけ。
ホンニャンはちゃんと、「おはよう」と言っているつもりだろうけれど、あたしには「ニャァ」としか聞こえない。

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生の声で挨拶をする相手が居るって、どんなに幸せだったことか。
美代さんと暮らす前は、ここまでは思わなかったのに何故なんだろう。
やはり、強制的に特養に入れてしまったことで、こんな想いになってしまうんだろうか。
まぁ、自業自得なのかもしれないね。

にゃんズは、それぞれがいつもの定位置で寝ている。
桐ちゃんは、クッションの上。青くんは電気の入っていない炬燵の中。
車中でも寝ていたけれど、ゆっくりとは寝られなかっただろうね。

いつも寝る前には「おやすみ」と、声掛けをし灯りを消す。
今夜はこのまま、熟睡モードなのかもね。


あ、ハヤブサくんが可愛いことを言ってくれたのよ。

「あーちゃん、ずっとこの家に居れば・・・」

今回の帰省で、ハヤブサくんと二人で居る時間を多く持てたことで、かなり親しくなれた感じ。
ハヤブサくんは、あたしのことを「おばあちゃん」と認識しているのかは分からないけれど、遊び相手としては十分だと思ってくれたみたい。

「おばあちゃん(美代さん)がお留守番しているから、あーちゃんは帰らないといけないのよ。お盆にまた来るからね」


明日は少しゆっくりして、明後日は美代さんとの面会。
おみやげのお菓子を、喜んでくれると嬉しいのだけれど。


プロフィール
こんにちは、にゃんズの母と申します。 2001年、念願の実家脱出に成功。 2009年、最愛?の夫と死別。 以後、気ままな一人暮らし。 2017年、軽度認知症の母との生活が始まり、 介護と思しきバトルの日々でございます。 動物大好き、特に猫。 酒とお洒落を愛する、普通?の「おんな」でございます。
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